プロローグ
午後一時。給食を終えた小学校児童たちの体育の時間。
遠めに見ると普通にドッジボールをしているだけだが、近くならドカッ、バキッという骨の折れる音やパンっという破裂音が耳に入るはず。
公式試合で認定された重さ約1キロの、試合用重量2号級ボールを両手で抱えた子供たちの体操服姿は血濡れていて、異常な雰囲気を醸し出している。
「ごめんな、タケ!」
申し訳なさそうに叫ぶと、一人の体格のいい児童がボールを思い切り、タケと呼ばれた貧弱そうな少年の胴体に叩きつける。
ボゴッ、という異音と共に、腹部に重い一撃を受けたタケは後方へと描き吹っ飛ぶ。
ぴくぴくと痙攣した後、動かなくなった彼の姿を見て周囲からはひっと一斉に悲鳴が上がった。
「郷田……おまえ! タケを殺したんだぞ!」
「だって……だって!」
束の間競技を止める児童たち。
「ああ、もう見てられない!」
試合を監督していた年配の女教師がヒステリックに叫ぶや、ドッジボールのコート内に走りこんだ。
「ドッジボールってのはこう殺るのよ!」
女教師の投げた剛速の超重量2号球(重さ5キロ)がコート内の男児の一人の脳天を直撃する。
飛び散る黄色と黒の脳漿。大地を濡らす砂利の混じった深紅。
「きゃあああああ!」
「うぇぇぇ!」
小学生たちは一斉に悲鳴を上げ、あるいは嘔吐する。
「先生……顔を狙うのはルール違反じゃ……」
一人の生徒が気丈に抗議を申し出るが、女教師はまともに相手をしない。
「人生と同じでエクストリームドッジボールにはルールなんてないの! 殺るか、殺られるか、二択よ!」
人生殺るか、殺られるか。
それは一面の真理であるが教育者の言葉としては狂っている。
そう、狂っているのだ。
誰も彼も社会も時代も。
エクストリームドッジボール競技における児童の死に関して、政府はこの責任を取らない。
地球連合政府が定めた『児童体育法』に提示されたこの一文は、ドッジボールによる児童同士の殺害を認めた法律である。
西暦2029年。
少子高齢化を恐れた時の政府による少子化対策の数々……児童手当1億円や育児休暇最長20年制……により出生率は大幅に急増。結果、子供は増えすぎた。
『破滅の世代』と呼ばれる、現在小学1年生から6年生に在籍する子供の数は人口比10%を越えており、10人のうち9人は必ず無職となる可能性が判明。遠くない未来に社会の基盤は崩壊すると、政府は試算した。
「増えすぎたなら減らすべきでしょう」
政府の出した答えはこの発言に代表される。
相手にボールを当てて内部に残った人間の数でスコアを競うのではなく、ボールをぶつけて殺害した相手の数でスコアを競う狂気のドッジボール=エクストリームドッジボールを小学生に強要し、互いに殺し合わせるという恐るべき法律が制定されたのは、間もなくのことである。
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