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人魚は地上で星を見る

人魚は地上で星を見る ~ 番外編 料理 ~

作者: 廿楽 亜久

「食事、ですか?」


 クリソの確認にローズが頷く。

 いくら姿が似ているとはいえ、クリソたちは人魚。異なった文化も多い。

 特に、食生活は大きく違う。

 料理は、人間が生み出した新しい文化といわれるだけあり、人間同士ですら文化圏ごとに多種多様な料理が存在する。


 食事姿を見ている限り、人間と同じ食事を取っているようだが、海では火が起こせないのだから、料理の幅は少ないだろうし、魚は丸呑み・丸かじりに近いものだろう。


「もちろんコーラルに合わせています」

「人間の姿の時は、生魚とか食べないんですか?」

「そうですね。時折食べますが、ちゃんと捌きますよ」

「あ、捌くんだ……」

「はい。人間は頭から丸ごと食べることはないと言われまして」


 かつて、包丁を使って内臓や頭を取り除くと言われた時の事を思い出して、眉を下げてしまう。


「人間の状態でも、噛み砕けるんですか?」

「えぇ。口はほとんど変えていませんから」


 興味深い新たな人魚の真実に、ローズが目を輝かせる。

 もし、人魚という単位があったなら、文句なしでSをくれてやると、魔法生物学の講師が言うのも納得するほど、ローズの人魚に対する知識と知識欲は凄まじいものだった。

 最近の矛先は、専ら人魚であるアレクとクリソだが、少なくとも表立って強く出ないクリソと話すことが多かった。それに、アレクは興味が無いらしいが、クリソは人間の作った人魚の伝承に少しばかり興味があった。


「そういうのってコーラルさんの、えっと、使用人から、習うんですか?」

「いえ、人の一般的な知識は全てコーラルに教えてもらいました。料理もですね」


 それで、ここまで人の生活に馴染んでいるのだから、住む場所という問題がなければ、案外人に近い存在なのかもしれない。


「じゃあ、ある意味、母の味的存在なんですね」

「母の味……? 母なる海、でしたっけ?」

「あ、いや、海じゃなくて、なんていうんだろ……生まれた時から食べ慣れた味というか、ふと恋しくなる味というか……」


 おいしいものはあるが、それとは別に存在する安心する味のようなものだと説明すれば、クリソも納得したような納得していない表情をする。


「私は、昔、お母さんに作ってもらってた”人魚クッキー”ですね! 実際、魚の骨をすりつぶした粉が入ってるだけなんですけど、コンビニでカルシウムクッキーを買うのとは別で」

「なるほど」


 確かに、アレクがたまにコーラルに料理を頼んでいるし、気まぐれに作っているのは、ふたりで出来上がるのを後ろで今かと待っている時がある。


「それにしても、人魚クッキーですか。人は本当に人魚を食べたがりますね。永遠の命なんて手に入らないというのに」

「そ、それを言われると困る……」


 寿命が延びることもなければ、老化しないということもない。なので、人魚に食料以上の意味はない。ないのだが、ローズ自身、頭では理解しているが、口にしてみたいかと言われれば、即決で頷くだろう。


「でも、人魚を食べたっていう伝承には、怪しいのもあるんですよ」

「怪しい?」

「はい。飢餓の村で、首だけが残っていて、ついに人肉を食べたのか問い詰められた人が、アレは人魚の肉だったって無罪を主張したって記録もあるんです」

「…………あぁ、そうか。人は、人を食べないのでしたね」


 人は人の肉を食べないし、殺害すれば罪だが、海において、魚の食事は魚。共食いなんて日常的に起きることだ。

 ローズも、クリソの言葉に、そのことを思い出し、何とも言えない表情になった。


***


 まな板に乗った魚の鱗を、包丁で撫でれば、鱗の弾ける小気味いい音。


 その昔、権力者は永遠の命を、朽ちない肉体を求めて、人魚を食した。

 それが世間に広がり、最終的に、海の生物たちとの戦争に発展した。

 嘘だとわかっていても、人間たちは引かなかった。

 むしろ、嘘だと分かったからこそ、海を爆発させたり、電気を流したりしたのかもしれない。

 死んでも、腐っても、自分たちにとって大したダメージではないから。

 養殖も難しい人魚など、食料価値もない。


 それでも、まだ人魚の伝説を信じる人間はいる。

 もはや、実験なのだろう。ローズと同じ。火のないところに煙は立たない。なにかしらの理由があったのだろうと。好奇心だけが突き動かしている。


「なぁに、考えてんの?」


 ふと現れたアレクは、落とした頭を取り上げると、口に放り込む。


「それで出汁を取るつもりだったのですが……仕方ない。足りない分は粉末を使います。でも、食べた罰として、手伝ってください」

「えー……コーラル手伝ってー」

「一応、主人なのですから、キッチンに立たせるのはどうかと思いますよ」

「でも、昔はコーラルだって作ってたじゃん」

「あれは、僕らが料理なんて知らなかったからですよ」


 掃除も料理も、人間らしい生活も、使用人としての仕事も全て、コーラルから習った。

 貴族の令嬢、しかも婿入りさせる側の家の当主である彼女が本来知らなくていいことだが、どうやら彼女の付き人が教えていたらしい。それが、いつ没落してもいいように、なんて、普通ならクビどころか殺されかねない。


「今はお前たちの方が料理うまいんだから、お前たちだけで作りなさい。アイスティーくれる?」

「上手下手はともかく、たまにコーラルの料理が恋しくなる気持ちはわかります」


 アレクがアイスティーを渡すと、コーラルが何か不満そうに眉を潜めている。


「母の味」

「やめろ」

「おや、嫌ですか?」

「誰の入れ知恵だ」

「ローズさんです。なんでも、魚の骨入りクッキーを人魚クッキーと呼んでいたそうですよ」


 呆れた。というように、アイスティーに口をつけて、コーラルは戻っていった。

 コーラルはあまり若い姿のままがいいとも、大人になりたいとも言わないが、美しいままでいたいとか、漠然な思いはあるのだろうか。

 野菜を手に取っているアレクの足へ目をやれば、心底嫌そうな視線がこちらに向く。


「なに? すっげーヤな予感がするんだけど」

「いえ、ただ……人魚の肉って、コラーゲンたっぷりなんですかね?」

「……は?」

「ほら、一時期話題になってたでしょう? コラーゲンでお肌プルプルって。人魚の肉にコラーゲンが豊富なら、確かに若く見えていたのかも」

「…………俺、コーラルと遊んできていい?」

「ダメです。手伝ってください」


 少し離れたところで、渋々手伝うアレクに、切り身をひとつ渡す。


「人魚って、どうやって解体するんでしょうね」


 切り身を齧ったままアレクが固まり、まるで噛むのが忙しいから返事をしたくないというように、いつもよりもゆっくりと切り身を噛んでいる。


「首を切って、血抜きは必要ですよね。首が残っていた伝承があるんだったら、上半身も問題なく食べていたということですから、海獣と扱いは同じとして、問題は内臓ですよね。人は寄生虫で体調を崩しますから、加熱か冷凍を――」

「コーラルー! お茶のおかわりいるよねぇ!? 持ってくねェ!!」


 切り身を飲み込むのと同時に、キッチンから出ていかれてしまった。


 黙々と口に運ばれ、飲み込まれる魚が、少し羨ましく思えた。

 コーラルに食べられて、肉体の一部になって。


「ダメでぇす」

「おや……アレク。まだ何も言ってないですよ」

「どーせ、さっきの続きだろ。コーラルは、俺との話で忙しーから、ダァメ」


 食事中だというのに、抱き寄せようとするアレクを拒否したコーラルは、また食事を続ける。


「コーラルに、新鮮な僕の肉を食べてほしいというだけなのに……」


 大袈裟に目元へ手をやれば、アレクが心底嫌だという表情でこちらを見ていた。

 肝心なコーラルはといえば、


「傀儡魔術なら、足を落としてから、次に利き腕と逆、利き腕って順番ね」


 とても魔術師的だった。


「参考になります」

「参考になったなら、この話は終わり。見てみなさい。お前の片割れの顔」


 もはやアレクが、心底嫌を通り越して、威嚇と怒りに似た表情をしていた。


「どちらかといえば、僕よりもコーラルのせいかと思いますよ」

「え?」


 心底意外だと、コーラルがついアレクに振り返れば、ばっちり目が合い、不思議そうに首を傾げた。


「コーラルのそーゆーとこマジでキラい」

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