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義人の月  作者: 柚須 佳
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AB

 次の日の散歩でも、また不思議なことがおこった。

 私たちが、いつもの場所まで来ると、遠くに見えるもう一つの橋の方から、なにやら得体のしれないものがヨタヨタと近づいてきた。

 季節外れのロングコードを纏い、顔にはサングラスとマスク、髪の長さからは女性に見えるが、歩き方の不自然さが際立っていた。

 私は警戒し、その謎の人物を注視していると、私の前でピタリと止まった。

 傍らでは、私の犬が牙をむき出し、勢いよく吠えだしている。

 私は恐ろしくなり、ゆっくりとしゃがみ込み、犬をなだめ始めた。

 すると、サラリと一筋の風が吹き、ロングコードの裾をはだけさせた。

 ちらりと覗く太腿。

 しかしそこに肌はなかった。銀色の機械がむき出しになり、なにやらピストンのようなものが一定の間隔で上下していた。

 私は驚き奇妙なうめき声をあげ、その場にしりもちをついた。

「どうされました、大丈夫ですか?」

 抑揚のない声と共に、銀色の手が差し出されたが、その手は精巧な機械時計のようで、指のフレームの中にはいくつもの歯車やワイヤーのようなものが見えた。

 私は、指の挙動を見据えつつ、傍らの犬を抱き抱えて、ゆっくりと立ち上がった。

「あの……あなたは……ロボットですか?」私は、恐る恐る尋ねた。

すると、ロボットは「私は人間です」と、さらりと答えた。

「人間って……では、高度な義手とか義足ですか?」

 私は、後ずさりしながら、尚もロボットを警戒した。

 するとロボットは、コートの胸元に手をやり、覚束ない手つきでボタンを外しはじめた。

「何をしているのです」私が尋ねても、ロボットは無言で続けた。

 胸元のボタンを二つ三つ外すと、ロボットはおもむろに襟元を掴み、勢いよく左右に開いた。そこには、艶々と銀色に輝く車のボディのようなものがあった。

「義手や義足ではありません。体が機械です。脳以外の全てが機械です」

 ロボットがそう言うと、今度はサングラスとマスクを外した。

「体と言っても、頭部も含みます。人体全部ですね。まあ、目や鼻なんかはありませんが……」

 のっぺらぼう……機械の顔を見て、妖怪の名が心に浮かんだ。

「これでも、あなたの顔は見えているのですよ。匂いも感じますし、聞くことだって、話すことだってできます。ただ、食べ物は無理ですけどね」

ロボット流の冗談なのかもしれないが、私にはまったく笑えなかった。

「それでも、私は自分を人間だと思っています。だって脳は人間のまんまなんですよ。脳はあなたと同じです。あなたが感じることは、私にも感じられますし、あなたが思うことは、私に

も思うことができます。あなたが愛しいと思えば、私にも愛しいと思えるのです」

 そこでロボットは一拍おいて続けた。


「だからです。だから……あなたは、人として、私を、愛することが、出来ますか?」


 私は何も答えられなかった。言っている意味は分かる。頭では理解できる。昨日までの状況を考えれば、目の前にロボットが現れたとしても不思議ではない。

 脳だけが人間で、体が機械。はたしてこれは人間なのだろうか?

 外見は紛れもなくロボットだ。しかし、考えや思いは私と同じ?

 本当にそうだろうか……

 食べ物はいらない……では、空腹という概念はないのだろうか?

 人間は空腹になれば、何かを食べる。何かを食べていかなければ、死んでしまう。

 では、痛みは?

 あの繊細な機械時計のような指先に、痛みを感じることはあるのだろうか?

 では、疲労は?

 あのピストンの太腿に疲労を感じることがあるのだろうか?

 羞恥心?

 人間の女性であれば、ロングコート一枚で出歩くだろうか?

 たとえ機械の体だからといって、胸元を見せたりするだろうか?

 やはり違う。何かが違う。

 肉体を持つ私と、そうでないロボットでは、根本的に何かが違う。

 私は目の前のロボットを見つめた。そして……


「私は、あなたを、人として、愛せないでしょう」


 ロボットはそれを聞くと、驚いたのか、一瞬のけ反ったように見えた。

 そして、私は続けざまに、先ほど思ったことを、ロボットにぶつけたが、ロボットは何も言わなかった。いや、何も言えなかったのかもしれない。

 私は、その後も暫くロボットの返答を待っていたが、一向に何かを言う気配はなかった。それどころか、まさに電池が切れたように、ピクリとも動かなかった。

 私は犬を抱き抱えたまま、小走りでその場を後にした。

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