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義人の月  作者: 柚須 佳
2/6

AL

 次の日も私は同じ時間に、犬の散歩に出掛けた。

 すると、昨日と同じ場所で、今度は車いすに乗った高校生くらいの制服の少女に出会った。

 顔つきは昨日会った女性に、どことなく似ていたが、髪は少しだけ短かった。

 ただ、美人であることには変わりなかった。

 その少女を見たとき、私はハッとした。また、いきなり昨日のような質問をされるのではないかと思ったからだ。

「あなたは人として、私を愛することが出来ますか?」

 少女は、なんの躊躇いもなく言った。

 私は、昨日ほど驚きはしなかった。心の準備が出来ていたのか冷静であった。

「なぜ、あなたは、私にそんなことを尋ねるのですか? 昨日もこの場所で、あなたと同じ質問をしてきた女性に会いました。これはどういうことでしょう?」

「分かりません。ただの偶然では?」と言うと、少女は少し俯いた。

私は納得出来ず、もう一度聞き返したが、少女は、ただ一言「分かりません」と言うだけだった。

「そうですか……あの、脚どうされたのですか?」と私は無理やり話題を変えようとした。

 しかし、私は初対面の相手に、いきなり、こんなことを言ってしまったことに、少し後悔した。

 私は少女の脚を見ながら、次の言葉を探した。

「小さい頃……」

 突然、少女が話し出したので、私は少女の顔を見た。

「小さい頃に、病気で失ったのです」無表情で、少女は、そう言った。

 私は尚も言葉が見つからず、少女の顔を見続けていた。

「この脚は義足です。義足を付けたからといって、歩けるわけではありません。体裁です。見た目の問題です」と言うと、その少女は膝の辺りから義足を外し始めた。

 私は、その様子を、ただ黙って見ていた。

 左脚を外し、その脚を車いすの傍らに置くと、今度は右脚に取り掛かった。

「両脚ですか?」と私が訪ねると、義足の留め金を外しながら、少女は小さな声で「ええ」とだけ言った。

 そして、両脚の義足を外し終えると、垂れ下がった前髪を整えて、私の方を見た。

「これが、本当の私です」そう言って、少女は少し笑顔を浮かべて続けた。

「昨日のことは知りません。ただ、今の私を、この私を、人として愛することが出来ますか?」

「人として……ですか?」

 私は、そう聞き返しながら、まじまじと脚のない少女を観察していた。

「そうです。人として、です。なにも恋愛が出来るのかを、尋ねているのではありません。ただ、人として、人として私を愛することが出来るのかを、聞いているのです」

 私は少し考えた。車いすの上に、チョコンと置かれている彼女を愛せるのかと……

 率直に言えば、脚がない姿は少し異様に感じるが、それは私の主観にすぎない。また、少し可哀そうだと思うが、それは本人がそう思っていないのであれば、これもまた私の主観になる。

 愛せるかどうか……

 まさに主観の問題だが、理性的に言っても、たかが脚がないだけで、愛せなくなるとは思えない。人間は中身のはずだ。見た目云々は二の次だ。心が豊かで人間味があれば問題ないではないか、そうだ、分かっていたことだ。考える必要なんてない。車いすがなんだというのだ。そんなもの、世界には五万といる。

 私は彼女の目を見つめた。


「私は、人として、あなたを愛することが出来るでしょう」


 私がそう言うと、少女は先ほど外した義足を、そそくさと付け始めた。

 私は慌てて、車いすの横に置いてある、もう片方の脚を取り、義足の装着を手伝った。

「ありがとうございます。」

 少女は、それだけを言うと、頭だけで小さなお辞儀をした。

「あっ、いえ……しかし、いったい、どういうことなんですか?」と私が言い終えるか否かのタイミングで、少女は車いすをクルっと回転させた。

 そして、何の前触れもなく、そのまま走り出した。

「えっ、ちょっと、待ってくださいよ」

 私が呼び止めるも、少女は聞く耳を持たず、スルスルと走り去って行く。

 腑に落ちない私は、急いで犬を抱き抱え、後を追ったが、車いすのスピードは予想外に速く、日ごろ運動不足の私には追い付くことができなかった。

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