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孤独な天使と迷う死神

 人を排除──俺は卜部からアヤメのしている事を聞いて愕然とした。

まさか彼女が、警察関係者で裏で暗殺者みたいなことをやっているのだと知り、『私、ヒト殺しだから……』と言った彼女の言葉が真実だったのだと。


「なんで……なんで、警察は彼女にそんなことをさせるのですか!」

「アヤメくんにしか出来ないからだ」


 興奮してベッドから動こうとした俺を素早く押さえつけた卜部は、冷酷なまでに淡々とそう言った。

納得出来なかった。


「どうして……人殺しなんか、誰でも出来るでしょう!」

「いや、ヒトを排除──ちょっと待て、四弐神くん。もしかして君はアヤメくんから何も聞いていないのか? 俺は君がヒトを殺したとアヤメくんから聞いていたのだが……」


 卜部の言葉に俺の身体が、表情が固まってしまった。まさか彼女の気を引こうとして出た口から出任せだったなんて。


「い、いやそれはそのぉ……なんと言いますか……」

「一つ忠告しておくが、君は警察の裏事情ではなく、今、日本……正確に言えば世界の隠し事を知ったのだよ。その意味、わかるかい?」


 それはつまり、俺に逃げる場所はないぞとの警告を意味していると言うことで……助けなど何処にもない。


「あの……笑わないでくださいね。それと、アヤメには秘密で……」

「安心しろ。笑いなどしない」

「実は……」


 俺は彼女に告白した時の一部始終を話す。彼女を繋ぎ止める為に吐いた、男としては随分と女々しい嘘を。


 ブフーッと、卜部が吹いて顔を背ける。


「おい!」

「す、すまん。なるほど事情は、わかった……ププッ、君には人とヒトの違いから話さねばな」


 身体を小刻みに震わし笑いを堪える卜部。俺は、怒りと気恥ずかしさで一杯になる。


「君は、アヤメからアレ(・・)を何と聞いている?」


 卜部の言うアレとは、俺にこんな怪我を負わせた奴らのことだろう。


「確か……人の成り果てだとか、なんとか……」

「そうだ。恨み、つらみ、妬み……人の持つ負の感情。それらは、人の元を離れて空をさ迷い、やがて大きなうねりとなって、一人の人間に集まる。そして、その人間は人としての終着点へと辿り着く。それが、俺達が言っているヒト(・・)だ」


 人とヒト。また随分とややこしい言い回しをする。だから、俺みたいに勘違いする奴が──。


「そうか、隠語……ですね」

「あぁ。さっきも言ったがこれは世界の隠し事だ。悪魔、モンスター、未確認生物、もののけ、妖怪……昔は色々な呼び方をされていたからな」

「だからって、片仮名でヒトはないでしょう」

「そうでもないぞ。ちゃんと意味はある。君は片仮名の由来を知っているかね?」


 突然国語の授業が始まる。いや、古文になるのか、これは。どちらにしても俺はあまり得意ではない。


「えぇーっと、確か、漢字を崩したのが平仮名で、片仮名は……なんだっけ?」

「文字通りだよ。漢字の片方を取った字だから片仮名。それではヒトの“ヒ”はどんな漢字からなのか。それは、比較するの比なのだよ」


「はあ……」と、気のない返事をしてしまう俺。それでも卜部の講釈は続く。


「そして、比較の比だが、これは人が二人並んだものを表している」


 プズプスと、俺の脳のコンピューターはショート寸前。


「そして、人が二人いて比べられると、そこに生まれるのは恨みや嫉妬だ」


 俺の脳はこの時点で早くもスリープモードに入ってしまっていた。


「そして、“ト”。これは止まるという漢字から来ている。つまり比較されたり、比較したりして生まれる負の感情を受けて人として止まる。どうだ、ピッタリだろう」

「先生、すいません聞いてませんでした」

「誰が先生だ! 君は松島の影響を受けすぎだ」

「それは遺憾の意を表明する!!」


 顔全体を見開いて断固拒否の意思を卜部に見せつける。


「まぁ、ヒトに関しての詳細は、松島から聞きたまえ。彼女は、ああ見えてヒトの研究者だ」


 俺には只のマッドサイエンティストにしか見えないあの人が。是非これに関しても遺憾の意を表明したいところだ。


「俺も君が今思っていることと同意見だが、今はどうだっていい。話を戻すがな。今やヒトを排除出来る者は、アヤメくんを含めて日本には三人しかいない」

「三人!? それってかなり少ないんじゃ……」


卜部は、よりいっそう険しい表情をして頷く。


「少ない。それにだ。俺は今排除出来る者(・・・・・・)と言った。だが、今現在動けるのはアヤメくんだけだ。他の二人は一年ほど前から、意識不明になっている」

「なッ!?」


 卜部から言われた言葉に耳を疑う。本当だとしたら、アヤメは今、たった一人で……。

卜部へ怒りをぶつけたくなったが、俺は踏みとどまる。

彼自身、自分の無力さに悔しさに溢れているのだろう、先ほどまでの冷静さは影を潜めて、悲痛な表情をしていたのだ。


「その……ヒトというのは、どれくらいいるのですか?」

「四弐神くん。君は日本の年間行方不明者がどれくらい居るか知っているか?」

「いえ」

「年間およそ八万人。我々は、理由なく行方不明になった者や失踪した者が、ヒトとなった者達に含まれていると考えている。その数、実に一割!」

「い、一割って、八千人も……」


 それをアヤメはたった一人で立ち向かっている現実に言葉を失う。


「君がな……恐らくアヤメくんに告白した日の夜だろう。嬉しそうに俺に報告してきたよ。『仲間が出来た』って……」


 心が痛む。俺の邪な嘘で彼女が喜んだのだと思うと。彼女が嘘だと知った時、どれだけ悲しむか。

今よりもより孤独感に苛まれるのが、容易く想像出来る。


「俺が……、俺がアヤメにしてあげられる事はないのですか?」


 自然と涙が溢れ出す。自分の浅はかさと、愚かさを思い知った。


「ある! それは君にはヒトと戦う力が、資格を得ている!」

「お、俺が……?」

「そうだ。君はヒトから攻撃を受けた時、相当痛みを感じたと聞いている。間違いないな?」


 俺は大きく頷く。確かに掠る程度の攻撃に死ぬかと思うほどの痛みを感じた。しかし、それが一体何だと言うのだ。


「ヒトの攻撃は、一般人ならほぼ痛みを感じない。まぁ、それが厄介な所でもあるのだが、それは松島から聞けばいい。問題は、痛みを感じる理由だ。アヤメくんを見てみればわかるが、彼女は恐ろしく純真無垢だ。妬みや嫉みを知らない。それ故、ヒトに攻撃されると大きな痛みを感じる。だからこそ、彼女は戦える。それは君も同じだ」

「俺が純真? いやいや、そんなはずは……」

「そうか? 君は今までの人生で嫉妬や人を恨んだりしたことは?」


 そんなはずはないと、俺は目を瞑り今までの人生を振り返っていく。強面な顔のせいで、人からよく怖がられたりしたし、不良やチンピラに絡まれたりもした。


「あれ? だからと言って恨んだり妬んだりした記憶がないな」

「だろう。人は生きていく上で何かしら負の感情が芽生えるものだ。俺もそうだ。だけど君は違う!」


 卜部が突然、俺の手を握り頭を下げてきた。振り払おうとも思ったが、顔は伏せていて見えないが泣いているような気がして出来なかった。


「頼む! これはアヤメくんの上司としてではなく、両親の居ない彼女の父親代わりとして接してきた男としてお願いしたい!!」


 ゴツゴツした卜部の手。単純な腕力では俺は勝てないだろう。彼は自分の無力さにどれだけ心を痛めてきたのか。


 それでも俺は……。


「すいません。少し、少し考えさせてください」としか言えなかった。



◇◇◇



 卜部は、それでいいと言ってくれた。松島も話があったようだが、松島自身が俺が決断してからでいいと、卜部と共に帰って行った。


 沈黙に包まれた病室で、アヤメはいつものように俺の手を握る。

彼女の事情を知った今、彼女の表情は、どこか寂しく悲しそうで。



『俺も人殺しだから』と吐いた嘘。



『俺が君を守るから』と言った言葉まで、俺は嘘にしたくない。



「アヤメ。俺が君を守るから。だからそんな不安そうな顔をするな」


 俺はギュッと力強く彼女の手を握り返した。

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