最悪なデートの終わり方
「ぐぅわぁあああああああああっっ!!!! 痛ぇえええええええっっ!!!!」
掠めただけなのに……信じられないほどの痛みが俺の頬を襲う。
この強面な顔だ。過去、絡まれて殴られたこともあった。
しかし、そんなものは比較にもならない。
鈍器で殴られたような鈍い痛み、剣山で刺すような鋭い痛み、皮膚を焼かれたような痛み、更にその上に塩を塗り込まれたような沁みる痛み。
このまま目を瞑って気を失えば、どれだけ楽であろうか。
皮肉にも痛みがそれを許してくれない。
全身の穴という穴から脂汗が吹き出す。
「とおるさん、大丈夫ですか!? 痛いのですね? やっぱり痛いのですね!?」
「な……なぜ、嬉しそうに……笑、う……」
慌てて駆け寄って来たはずなのに、微かに開いた瞼から見えたのは、満面の笑みを浮かべて嬉しそうにしているアヤメの姿。
「あ。ごめんなさい、つい……。今治療しますから。ちょっとチクッとしますよ」
左腕にチクリと針を刺す痛みが走るが、頬の痛みに比べれば大したことではない。
少し経つと頬にある痛みのうち、塩を塗りたくったような沁みる痛みだけは無くなってくる。
痛みを堪えて顔を歪ませ僅かに開いた視界の中で、彼女がワンタッチで刺せる注射器を地面に投げ棄てるのを見えた。
俺は口の中に残っていた折れた奥歯と溢れた血を吐き出す。地面は赤く染まっていく。
なんでこんな目に──俺は自分に殴りかかって来た女性の姿を思い出した。
(そうだ、アレは、まだ近くに!)
カチャリ──隣で聞こえた音に反応した俺は、いつの間にかアヤメが右手に持っている物に驚く。
「け、拳銃……」
警察官が持つ拳銃より少し銃身が長く、リボルバー式の鈍く光る拳銃を慣れた手つきで構えたアヤメは、躊躇うことなく引き金を引く。
ダンッ!!
初めて生で聞く耳をつんざく音にたまらず耳を塞ぐ。
最初の一発は見事に眉間に命中するも、俺を襲った女性は倒れることなく、こちらへ近づくスピードを上げる。
続けて引き金を引いたアヤメは、女性の体に次々と命中させ、五発目に命中した右腕は、派手に血飛沫を巻き上げて吹き飛んだ。
「この弾ね」とアヤメは呟き、薬莢を地面に落とすと、自分の服を突然捲り上げる。
決め細やかな白く透明な肌、に不釣り合いなガンベルトが巻かれており、多くの銃弾が見えた。
(すべすべしてそうな肌に、腰細いな──じゃなくて、どんな所にしまってるの!?)
そして再び装填すると、今度は両手で拳銃を持ち、斜に構えて狙いをつけると、再び引き金を引いた。
女性の眉間に当たった瞬間、その威力は半端なく破裂するように頭が吹き飛び、女性は声を上げることなく、地面に倒れた。
(アヤメが……本当に人を殺した!?)
アヤメは次に、足首の無い男性の方に体を向ける。
男性は、速度を上げてこちらに近づいていた。
ダンッ!!
再び銃声が静かになった街中に響く。胸の辺りに命中した男性は、体を五体バラバラにして激しく血が宙へ舞い上がった。
「あと、二匹か……。立てますか、とおるさん。移動しますよ」
聞きたいことは山ほどあった。しかし、直感が彼女の指示に従わなければならないと呼び掛ける。
俺は、少しもたつきながらもアヤメの後を追いかけるしかなかった。
◇◇◇
ビルの谷間の路地へと入ったアヤメと俺は、身を隠すようにして両隣のビルの壁を背に通りを見ていた。
通りには先ほどの男女のように、ふらついて歩く男性の姿が一人だけ。他に人もおらず、相変わらず静かな街並み。
「なんなんだ……アレは」
アレと呼ぶしかないほど奇妙な光景。ふらつきながら男性は何をするわけでもなく、宛もなくさ迷っているようにも見えた。
「何って、ヒトですよ、ヒト。人の成れの果て。あれ、とおるさんもヒト殺しなんですよね?」
「えっ……いや、それは──」
最悪のタイミングだった。彼女が通りから目を離して、俺の方に気を取られた瞬間、通りにいた奴とは別のアレが彼女の背後にあったビルの陰から現れ、覆い被さるようにアヤメに襲いかかってきたのだ。
「アヤメ!!」
無我夢中だった。
その瞬間だけは、頬の痛みも無くなっていた。俺はアヤメの体を掴みくるりと回して、自分の体を盾にした。
『俺も人殺しだから! 何があったのか知らないけど、俺が君を守るから!』
口から出任せだった。あの時、何とか彼女を振り向かせようと必死だったから出た言葉。
でも、今は違う。体が勝手に反応したのだ。
心の奥底から、彼女を、アヤメを守りたいが為に──。
「とおるさん! ダメぇええ、直撃受けちゃ──」
俺の背中に衝撃が走る。声も出ず、肺の中の空気を全て吐き出す。ゴキッと何かが折れた音が聞こえる。
アヤメの顔が視界に飛び込んできた。
初めは何かを叫んでいるようだったが、目を大きく開いて驚いていた。
彼女の顔に俺が吐き出した血がかかる。
彼女は瞬く間に溜まった涙を溢れさせ、頬を伝わせていた。
不覚にも俺がその時思ったのは、泣いた彼女も可愛いなと、それだけ。
──俺の意識が暗転した。