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初デートは鉄の味

「あ、おはようございます。とおるさん」


 彼女の予想外の姿に見とれていた俺を見つけると、アヤメは側へと駆け寄ってきた。


 キャップを被った髪は後ろに一つに束ねており、長袖のシャツにレースカーディガンを羽織っていた。

何より目を引くのは、かなり脚が長く見えるデニムのショートパンツ。真っ白なスニーカーと、かなりスポーティーな格好。


 心配していた親同伴や来てくれなかったらという不安とは違う意味で、心を揺るがす。


「あの……変ですか? 私の格好?」

「い、いや。凄く似合っているよ。ただ、意外と活発的な格好もするんだね」


 その姿は、制服ではわからなかった豊かな胸の膨らみや、細い腰にキュッと締まったお尻から伸びる美脚と、体型をハッキリと写し出す。

また、クォーターだからか、自然と似合うのだ。


「あの、昨日はありがとうございました。あのジャージ、まだ乾いてなかったので、またお渡ししますね」


 自然と次の約束をしてくれて俺は、彼女から見えないように、小さくガッツポーズを取る。


「それじゃ、ちょっと早いけど行こうか」


 駅の改札に向かう為、階段を登る。アヤメは嬉しそうにニコニコしながら、先に階段を登って行く。

俺は後ろからついていくが、気まずくなり急ぎ階段を駆け上がって彼女の隣に並ぶ。


(真後ろは、危険だ)


 先を行くアヤメを見ていた俺は、歩く度に揺れる彼女のデニムのショートパンツに目が奪われてしまう。


「どうかしたのですか?」


 不思議そうに俺の顔を見上げるアヤメに、俺は「何でもない」と、誤魔化すのであった。


 電車に乗り込むと彼女の姿を舐めるように見てくる男性が多い。俺がそいつらに睨み付けると、顔を青くして立ち去っていく。


「そう言えば、アヤメは親の同意書……とか貰ってないよね?」


 機種変更するのに必要な書類なのだが、彼女は知らないと言わんばかりに、小首を傾げてくる。


(うーん、新規のやつを俺名義で買えるだろうか)


 最近は、犯罪利用を防ぐ対策として、かなり厳重に審査をしているという。

俺がどうするか未だに悩んでいる間に、目的の駅に到着する。


 かなり街の方へと出てきた。携帯ショップは、もちろんのこと、他にもデートで行けそうな所が多々ある為だ。


「いらっしゃいませ」


 まずは当初の目的の為に携帯ショップに入ると、店の入り口付近に立っていた女性が恒例の決まり文句を言ってきた。

アヤメと横並びでどれにするか陳列されたスマホを見ていく。


「アヤメは、どれがいい?」

「私は、とおるさんとライーンが出来るやつが欲しいです」

「いや、全部ライーンは出来るからね」


 真剣な眼差しで訴えてくるアヤメに、店内からはクスクスと笑い声が聞こえるので、ちょっと睨み付けてやると、お通夜のように店内は静まりかえる。


「うーん、私には何が何やら……とおるさんのは、どれなのですか?」

「俺? 俺のは……これだな」


 最近機種変更したばかりの最新機種。比較的他のやつに比べて画面も大きい。


「じゃあ、私もとおるさんと同じやつにします。えーっと色は……このサクラピンクがいいです!」

「えっ、もう決めたの!?」

「はい。とおるさんと同じやつがいいです」


 CPUとか、写真や動画のクオリティとか、彼女にはどうでもよく、俺と同じ物にしたいというだけで即決する。

一応、他の物も薦めてみたが、アヤメは一度決めたら頑として譲らなかった。


 俺とアヤメはカウンターに並んで座り手続きをお願いする。担当の女性がアヤメの古い携帯をパソコンに繋げて手続きを開始した。


 カタカタとパソコンを弄っていた女性が、一度店内の奥に消えて行く。

俺はいつ、親の同意書の話が出るかとちょっとドキドキしていたのだが、一応俺の印鑑と通帳は持ってきている。

いざとなれば俺が新規購入で買うことも考えて。


「お待たせしました。この機種で間違いないでしょうか?」

「とおるさんと同じやつなら、間違いないです」


 アヤメの回答に担当の女性は困惑の表情で、俺の方を見る。それはそうだろう、この女性は俺が何を持っているか知らないのだから。

俺は、黙って頷いてあげた。


 再びカタカタとパソコンを触り始めて、その間にオプションサービスなどを勧めてくる。

しかし、一向に同意書の話が出ない。

俺は気になりだして、女性に小声で聞いてみた。


「問題ないですよ」とだけ、答えが返ってくる。


 いや、そんなはずはないだろう。一応昨日、必要なものは他にないかと調べておいた時に、確かに未成年だと親の同意書が必要なはずなのだ。

女性が忘れているだけなのか、後からごちゃごちゃと言われるのも困るし、もう一度尋ねてみた。


「彼女、未成年ですよ?」

「問題ないです。上司も了承しております」


 返って来た答えの意味がわからない。上司に報告済みなのか。アヤメを見ても、可愛くこちらへ小首を傾げるだけ。

一体全体どうなっているのか。

手続きは滞りなく進み、アヤメはスマホを受け取った。


「ありがとう御座いました」


 店を出ると、アヤメは嬉しそうに両手でスマホを持ちながら歩く。俺は隣で狐にでもつままれた気持ちになりながら、アヤメを見ていた。


「あの、とおるさん。ライーンって、どうやるのですか?」

「そうだな……ちょっとお昼には早すぎるけど、マックにでも行って教えるよ」

「マック? 私、知ってます。クラスメイトが話をしていました!」


 マック・ドナルド。何処にでもあるチェーン店のハンバーガーのファストフード店。

アヤメは、どうやらマックに行くのも初めてらしく、少し興奮していた。


 店内に入ると注文カウンターへと向かい、アヤメはいきなり「キャラメルフラペチーノください」と注文する。


「待て待て待て。あはははは。冗談ですよ、冗談」


 俺はアヤメを注文カウンターから口を塞いで引き離し、後ろの人に順番を譲る。


「それ、店が違うから!」

「そうなんですの?」

「ほら、あそこ見て。ハンバーガーの写真あるだろ? キャラメルフラペチーノはコーヒーショップ。ここはハンバーガー屋なの」


 まさかここまで世間知らずとは。私服の姿からはそう見えないが、やっぱり良いとこのお嬢さんなのかと、思ってしまう。


 改めて注文を終えた俺達は、二階席へと向かうが、どのテーブルも一杯で、仕方なく空いていたカウンター席に横並びに座る。


 彼女は、席に着くなりハンバーガーを珍しがりながら、食べてはスマホを危険なものを触るかのように、ビクビクしながら、人差し指一本で触っていた。

俺は自分のライーンのIDを教えるも、入力がわからないというので、彼女のスマホを借りて入力する。

そして、これくらいいいだろうと、彼女と俺のライーングループを作ってしまった。


「アイコンはどうする?」

「アイコン……? とおるさんは、猫の写真ですね」

「実家のね。そうだ、アヤメこっち見て」


 俺は彼女がこちらを向いた瞬間にカメラ機能でアヤメを撮る。


「とおるさん、ちょっと!」

「まぁまぁ。いいじゃないか。アヤメのスマホなんだし」


 俺は今撮った写真をアヤメのライーンのアイコンに変更する。これで、俺はいつでも彼女の顔が見れるのだ。


 ちょっと膨れっ面のアヤメも可愛く、俺は自分のスマホでライーンを送る。


 ライ~~~ン


 店内に気の抜けた音が鳴る。アヤメに送ったのは、これからもよろしくねの簡単な一文。アヤメも返信しようと一文字ずつ声に出しながら指一本で不器用にメッセージを打っていく。

隣に俺がいることに気づいていない様子に、俺は笑いを堪えた。


 ライ~~~ン、ライ~~~ン、ライ~~~ン


「わ、わ、わ、一杯来ましたわ!」


 スタンプが次々送られてきて慌てるアヤメ。俺は隣で再び笑いを堪えていた。そして、よっぽど慌てたのか、彼女からの返信は“こちらこそ、よ”だった。


「も~ぉ、とおるさん。意地悪しないでください」


 彼女は、俺の腕を掴んで体を揺らしてくる。まるでじゃれあいをする恋人のような雰囲気。

これで、彼女の方は全く気がないのだから、ナチュラルで小悪魔なアヤメに、俺は心臓の鼓動が大きくなっていた。


 スマホの操作を一通り教え終えると、俺とアヤメは店を出ようと自動扉を通った、その時、アヤメのスマホが鳴る。


 アヤメは、電話を取り話を始めるが、様子が一変する。

アヤメの目付きが今まで見たことがないくらいに、真剣で鋭いものへと変わったのだ。


「はい……はい。大丈夫です。とおるさんもヒト殺しらしいですから」


(俺の事を話している!?)


 どういう事か聞こうとした瞬間、奇妙な感覚が体をすり抜ける。まるで目の前の世界がぐるりと回転したような、自分が回転をしたような。


 先ほどまで聞こえていた音が聞こえなくなる。店内でかかっていた音楽、人の話し声、車の走る音……街が静寂に包まれる。

振り返ると店内にいた、多くの人間の姿は全くおらず、外を歩く人も姿を消して、車も放置され置かれたまま。


 今、この場にいるのは、俺とアヤメの二人だけ。


「アヤメ、これは一体──」

「来ました」


 アヤメが向いた視線の先には、一人の若い男性が酔っているのか、千鳥足でこちらに向かって歩いていた。

何か、おかしい……、と良く見ると、その男性には足首から下が無い。

ふらつきながらも、顔色一つ変えない男性に恐怖を覚えた俺は、一歩後退る。


「とおるさん! 後ろっ!」


 俺は背後の人にぶつかり振り返る。そこには明らかに正気でない目をした女性が立っていた。

次の瞬間、突然女性が殴りかかってくる。

俺はアヤメに服を引っ張られて、ギリギリ頬を掠める程度で済む。


「う、嘘だろ……」


 間違いなく掠めただけなのに、俺の奥歯は折れ口の中が鉄の味で満たされるのであった。

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