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ド緊張のクリスマスアフター 四弐神Ver.

 寒空から吹く風が肌剥き出しの頬に触れる。

刺さるような痛みを感じながら、いつまでもアヤメと抱き合っていたくとも、お隣さんから睨むような視線が寒風より冷たく突き刺さり、やむを得ず部屋へと誘導する。


「とりあえず、中に入ろう」


 窓を開けて俺はアヤメを先に部屋へと誘い入れると、その服装に目のやり場を何処に置けばいいのか困惑してしまう。


 ライダースーツにも似た黒色のつなぎ。

キュッと締まったお尻からウエスト、そして胸の形までハッキリとボディラインが現れている。

ジロジロと見るわけにいかず、視線を泳がせる先にいる天井のシミと目が合う。


(ニヤニヤするな!)


 荷物を適当に置かせて座らせようとするが、このままだとマトモに顔も見れないので、なるべくなら着替えてもらいたい。


「あの……とおるさん?」


 アヤメが俺の顔を覗き込むかのように前屈みになり声をかけてくると、俺の視点は一点へと注がれる。

心臓がバクバクと激しく音が高鳴り張り裂けそうだ。


「な、な、ななな何かな?」

「あの……シャワー借りてもいいですか?」

「ああ、しゃ、シャワーね。どうぞ、どうぞ」


 気が動転してしまい分かりやすく動揺してしまった俺に対して、アヤメはきょとんとした顔で小首を傾げる。


 風呂場に案内した俺は、部屋へ戻ると(うずくま)り頭を抱えて声を殺して心の内で絶叫する。


(うおおおおおっ、ナイスだ俺!! よく風呂場を掃除した)


 風呂場掃除は自分でもグッジョブだとは思うが、それよりも俺の家でアヤメがシャワーを浴びている事実に、邪な考えが駆け巡る。


(想像するな、想像するな、想像するな! 俺の家の脱衣所に敷居やカーテンなどはないから、今偶然を装ってトイレにでも行くフリをして……って、何を考えているんだ、俺は!!)


 ここまで聞こえてくるシャワーの水音が、より一層リアリティを感じさせる。

シャワーの音など聞こえないと自分に言い聞かせながら、何も考えないように部屋を闊歩する。


「痛ぇええええっ!!」


 ベッドの脚で脛を思いっきりぶつけてしまい、脛を押さえながら苦悶の表情で耐える。


「とおるさ~ん、どうかしましたかー?」と、浴室に反射した声が聞こえ、脛の痛みなど忘れてしまい、俺は部屋のドアノブに手をかけた。


(開けちゃだめだ! 開けちゃダメだ! 開けちゃダメだあああぁ!)


 ドアノブがガチャリと音を立てて動く。


「へっ!?」と俺は間抜けな声を出して、急に開かれた扉に押された(・・・・)形で後ろに倒れる。


 ガツンと物凄い音と共に後頭部に強烈な痛みが走る。


「のぉおおおおおおっ!」


 ベッドの金属フレームに頭をぶつけた俺は、呆然と立ち尽くしているアヤメの足元で転がり続ける。


 うっすらと開かれた視界から覗くアヤメは、シャワーを終えてピンク色の可愛らしいパジャマのような部屋着に着替えていた。



◇◇◇



「大丈夫ですか、とおるさん?」


 テーブルの前に座っていた俺にアヤメは近づくと、膝立ちで覗き込みながら後頭部にそっと触れる。

ピンク色のショートパンツから伸びる白い肌の生足、上着の隙間からちらりとおへそを覗かせる。

何より、少しでも動けば触れてしまいそうな位置にある胸が、俺の顔のすぐ横に。

[375884094/1562249210.jpg]

 他の女性で同じ状況になっても劣情など抱かない自信はある。

アヤメだからこそ──だ。

諦め切れなくなる……これ以上、俺の心を揺るがさないでくれ。


「だ、大丈夫、大丈夫!」


 俺は一歩分アヤメから距離を取ると、手土産にとアヤメが卜部から持たされたシャンメリーを箱から取り出す。


「ごめん、シャンパングラスみたいなおしゃれなもの無いから」


 出してきたのは、普段使いのグラス二つ。俺はシャンメリーの栓を抜くべく力を込める。

壁に向けて抜こうとしていたが、栓が抜け始めると俺は方向を変えて天井のシミにボトルの先を向けた。


 ポンと小気味いい音がすると、栓は天井に向かって飛んで行く。


「ちっ、避けやがった」


 シミは、見極めてギリギリでほんの少し横へと移動したのだった。


「動けるのかよ……」


 後で覚えていろよと内心思いつつ、俺はグラスにシャンメリーを注ぐと、互いにグラスを持ってチンとグラスの先を当てて乾杯した。


「メリークリスマス、アヤメ」

「メリークリスマスです。とおるさん」


 一日遅れのクリスマス。それでも自分が惚れた女性と過ごせることに幸せを噛み締めながら、俺は口にグラスを付ける。

ツンとした匂いに手を止めた。改めてグラスの匂いを嗅ぐ。

ほんのりとするアルコールの匂い。


「アヤメ、待ったぁ!!」

「どうしたのですか、とおるさん?」


 既にアヤメのグラスの中には半分以上のシャンパン(・・・・・)が失われていた。


「何ともないのか、アヤメ?」

「平気ですけど?」


 俺は改めてグラスの中のシャンパンらしきものを飲む。

やっぱりうっすらとだがアルコールが入っている気がするけど、卜部に持たされたと言っていたし、警察関係者が未成年にアルコールを持たせるはずはないだろう。

多分気のせいだと、ボトルのラベルを見ると“アルコール度数11%”の文字が。


(おい! 卜部!! アヤメに何を持って来させるんだ)


 俺が飲むしかないと、すっかり冷めきってしまったオードブルに手をつけながら、横目でアヤメを見る。

空になったはずのグラスにはシュワシュワと泡たてるシャンパンがなみなみと。

手元には半分以上減ったボトルが、いつの間にか置かれていた。


「あ、アヤメ……大丈夫か?」

「大丈夫ですよ」


 ぐいっと再びグラスの中のシャンパンを飲み干した後、こちらを向いたアヤメは、へへへと笑って見せる。

そして、ふにゃりと力なく首を傾げるのであった。


 やはり酔っているのだろうか、俺は早めに先手を打つ。

冷蔵庫からケーキを出すと箱から取り出して、そのままテーブルの上へ。

クリスマス仕様の生クリームのホールケーキ。


「ふわぁああ~、とおるさん! 丸ごとですよ、丸ごと!」


 子供のようにキラキラと青い瞳を輝かせると、視線はケーキに一点集中、言葉は凄い凄いの一点張りだ。


「残ったら、持って帰ればいいよ」


 俺はアヤメにフォークを一本手渡す。何処から食べようか悩むアヤメは、ついにホールケーキにフォークを突き刺した。

一口大に切り分けて、目一杯口を開いて放り込む。


「ん~~~~~っ」


 体を小刻みに震わせて全身で喜びを表現するアヤメ。


「美味しいです、とおるさん!」

「それは、良かった」


 俺はアヤメの隣に座ると、ベッドにもたれかかりアヤメが二口目を食べるのを眺める。


「甘いの好きなんだね」

「はい! 大好きです、とおるさん!」


 一瞬、俺はドキッとする。ケーキの事なのだとわかっていても、面と向かって「大好き」と言われれば、俺の心の臓も高鳴るってもんだ。


「とおるさん」


 脳内で「大好き」という台詞を何度もリフレインしていた俺は、名前を呼ばれて瞑っていた目を開く。

そこには、俺にフォークで刺したケーキを差し出すアヤメが。


「はい、あーん」


 俺は戸惑う。いや、別に恥ずかしいとかではない。

入院中、体を動かせなかった時に散々やったことだ。

問題は、明らかに俺が開けた口より大きなケーキ。

これでもかと顎が外れるくらいに口を開けたところに、ケーキが突っ込まれる。


「あはは、とおるさんの鼻に生クリームがついてる」


 そう言うなり俺の鼻にアヤメの指が触れると、その生クリームを指ごとパクリと、口に入れた。

薄桃色の唇から細い指が離れる。


 段々と俺の顔に熱が籠っていくのがわかる。

それを気にすることなくアヤメは、嬉しそうにケーキを食べ続けたのだった。


 冬だというのに顔が暑い。暖房が効きすぎているのかと手で扇ぐ。

視線は自然と部屋の隅へと移動し、俺の視界にあるものが入ってきた。


「そうだ」


 俺は立ち上がると、隅に置かれたクリスマス仕様の包装紙に包まれた箱を取る。


「はい、アヤメ。クリスマスプレゼント」

「ええっ! あ……ごめんなさい。私ばっかり……」

「いいよ、アヤメ。アヤメと一緒にクリスマスが過ごせる、それで十分だ」

「とおるさん……」


 箱を受け取ると、青い瞳をこちらに真っ直ぐ向けて、開けていいか訴えてくるので、俺は一つ頷く。

包装紙を丁寧に取り外して、箱のパッケージで何かすぐに気づいたアヤメは、手が早まり箱からビニール袋に包まれたサンタクロースがモチーフの人形を取り出した。


「わあああっ、ありがとうございます!」


 例のアーマーゾ~ンで取り寄せた人形。ショーウインドウを物欲しそうにアヤメが見ていた物。


「見て見て、とおるさん! 可愛いでしょ!」


 俺に向けられたサンタクロースは顔が真緑で苦悶の表情を浮かべて苦しそうにしている。

可愛いというより、可哀想だ。

商品名のサンタ・苦シミマースに恥じない表情をしている。


「あ、これ、背中にスイッチがある」

「うん、ああ乾電池か、ちょっと待ってくれ」


 俺が新しい単3の電池を渡すと、アヤメはサンタ・苦シミマースの背中を剥いて乾電池をセットしスイッチを入れる。


 ブブブブブブと振動し始める。まるで毒でも飲まされて、苦しみから震えているかのようだ。


「可愛い!! ありがとう、とおるさん」


 アヤメはギュッと抱き締めて離さない。サンタ・苦シミマースは、アヤメの胸に顔を埋めて苦しそうに震えていた。

別に羨ましいとか、そんなものはない。


 俺は大きく一つ欠伸をする。アヤメも同じだろうが、昨日あまり寝ていない。適度に入ったアルコールのせいもあり、俺は目を擦ってやり過ごす。


 結局、アヤメはホールケーキの残りを全て食べきった。

隣に座る俺に、サンタ・苦シミマースを抱きながら、満面の笑みを見せる。


「とおるさん……?」


 アヤメの声が聞こえた気がするが、不覚にも瞼が重くなり俺はそのまま眠りに落ちた。

眠りに落ちた瞬間、アルコールの匂いが頬に触れた気がした。

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