クリスマスイブに天使は舞い降りる②
壁を背後に背負いつつ、私はブラちゃんを構えながら目標の建物内を進んでいく。
私の武器では、近接されるのが苦手になる。
背後から奇襲をされない為には、こうして壁を背中にしていくしかない。
「アヤメくんどうした?」
「あ、いえ。大丈夫です」
いけない、とおるさんが入院した時の事を思い出してしまった。あの時、私がもっと背後に注意していれば。
物音一つしない建物の内部。慎重に、慎重に廊下を確認する。その時──カタンと何かの音が聞こえた。
上の階。
私は進行方向にブラちゃんの銃口を向けながら階段を上がっていく。
階段を上がり終えると、廊下を見渡す。
(誰もいない!? でも、音は確かに……)
ヴァリアブル結界内において、音は重要。
生き物はもちろんいないし、時計の針を刻む音すら無い。
つまり、廊下に居ないということは、部屋への扉を開ける音がするはずなのである。
ヒトが身を潜めるところも、廊下にはない。
私は仕方なく、一つ一つ部屋を確かめていこうかとした時、廊下の窓の外にドローンが通過するのが目に入る。窓ガラスに映る私、そして背後に迫るヒトの姿と同時に。
「いつの間に!」
私は間一髪しゃがむことでヒトの拳が頭上を通り抜ける。
そのまま、私は水面蹴りを繰り出すが、ヒトの足を払うことは出来なかった。
(足が無い! それに……これは!?)
そのヒトは足はなく、宙を浮いていたのだ。長年ヒト殺しをしてきて初めて遭遇するタイプ。
ヒトの追撃を床を転がり横をすり抜けることで、躱すことに成功すると立ち上がってブラちゃんを構え直す。
(速い!)
想像以上の速度で迫ってこられ、私は咄嗟に大きく仰け反り、後ろに二三歩後退した。
「あっ……」
更に迫ってくるヒト、私は階段に気づかず足を踏み外してしまった。
ダンッと、一発の銃声と同時に私は階段を転がり落ちていく。頭を守るように腕で押さえ転がり落ちていく私は、踊り場の壁に激突して、肺の空気を目一杯吐き出す。
私は足元をふらつかせながら、立ち上がり頭を振る。
全身が痛い。ヒトからの攻撃なら痛みも激しいが、傷の治りも早い。
けれども、普通の怪我には当てはまらない。
痛む体を押して私は、階段を一段ずつ上っていく。
上がりきると、そこには横たわり頭が吹き飛んだヒトの姿が。
(良かった……命中していた)
私は、これでこの建物の探索を終えようと階段に足を踏み入れた時、ふと卜部さんの言葉を思い出した。
卜部さんは、ドローンの映像でこの建物にヒトが入るのを目撃したと言っていた。
けれども、今襲ってきた足の無い宙を浮くヒトだとは、一言もなかったのだ。
初めてのタイプのヒトだから、卜部さんだったら言っているはず。
まだ一体いる。
私は身体を休めることなく、廊下に戻り部屋を一つ一つ確かめていく。
ダンッ!
廊下の端の一室に入るなり、女性のヒトに襲いかかられたが、冷静に腹に一発撃ち込み、腹を抉るように吹き飛ばした。
むせかえるような血の匂いが部屋に広がっていた。
ヒトの体液等ではない。
人がヒトに成り果てると、体の成分は変化して血ではなく、赤い体液と変わる。
松島さんから、私はそう聞いていた。
部屋はヒトの体液で赤くなっているが、それだけではなく、床に転がる人の両足を中心に広がる血溜まりが原因であった。
(さっきの足の無いヒトのもの……ね)
つまりこのヴァリアブル結界内に引きずり込まれた人がここでヒトに襲われた事を意味していた。
(また、助けてあげられなかった……)
私は部屋を出て廊下の隅で踞る。一人でやることの限界を感じて。
(とおるさん……私……)
とおるさんが居てくれたら助けられたのだろうか。二人で効率よく探して助けられたのだろうか。
(とおるさんに逢いたい……)
「アヤメくん! どうかしたのかい?」
インカムから卜部さんの声がして、私は現実に戻される。
「いえ。巻き込まれた人を発見しましたが、救出はなりませんでした」
「そうか。こちらでヴァリアブル結界の崩壊の始まりを確認した。建物の外に出てくれ。迎えに行く」
「はい」
建物の外へと出ると建物との間に身を隠す。ヴァリアブル結界が崩壊して疑似空間と元の空間が重なり合う。
人々の雑踏、車の走る音が聞こえ出す。
私を迎えに来た職員と共に、私は卜部さんの待つヘリへと戻るのであった──次の現場に向かうために。
◇◇◇
「終わったぁ……」
クリスマスイブ、つまり一日目の出動を終えた私はホテルのベッドで大きく伸びをする。
毎年のことではあるが、今年は少し違った。
出動と終わったタイミングに合わせて、とおるさんがライーンを送ってくれた。
何気ない一言“頑張れ”“お疲れ様”と。
あまりにタイミングが良すぎるから、恐らく卜部さんか松島さん辺りが、とおるさんに教えているのだろうけど……。
その一言で私の心が落ち着いていくのがわかった。
「電話したいなぁ」
スマホに送られてきたライーンのコメントを眺めがら、私は呟くと、突然“ライーン♪”と音が鳴る。
“おやすみ”
たった一言、時計を見ると夜中の三時を回っている。
こんな時間まで起きてくれていた。
“おやすみなさい、とおるさん”
私はライーンを送ると、スマホを胸の上に置き、そのまま二時間ほど仮眠を取るのであった。




