クリスマスイブに天使は舞い降りる
バリバリバリと、空気を切り裂く音が私の鼓膜へ直接響く。
寒空の中、警視庁の屋上へ移動した私達は、目立たないように黒塗りされたヘリに搭乗する直前だった。
ヘリが撒き散らす寒風が頬に刺さると目が冴えてくる。
真夜中の日付が変わると同時に作戦行動を開始予定。
クリスマスイブということもあり、屋上から見渡す街のイルミネーションの明るさに、不夜城という言葉を思い出した。
(とおるさん、私、頑張りますね)
対ヒトの衝撃軽減の真っ黒なボディスーツに身を纏った私は、今までは無かった新たな決意を秘めて胸元のチャックを閉めた。
(ん……ちょっと、胸が苦しい)
体に密着するボディスーツ、新しく寸法し直さなくてはならないかもしれない。
「アヤメくん! 行くぞ!!」
卜部さんに呼ばれた私は、ヘリから送られる風に負けないように近づいて、乗り込んだ。
バリバリバリバリバリバリと、プロペラの速度が増していきヘリは宙へと舞い上がる。
「雪か……」
卜部さんが開きっぱなしの扉の向こうを見てポツリと呟いた。
ホワイトクリスマス。今まではなんとも思わなかったのに、今日は、私の心がトクンと跳ねた。
ヘリが舞い散る雪を切り裂くように進んでいく。現場に近づくに連れて皆が真剣な顔つきに変わる中、私は長い髪を一つに束ねてピンクのヘアゴムで留める。
集中する為に、目を瞑り瞑想を始める。この二日間、毎年だが激戦になる為に緊張感も、使命感も強く感じていた。
キャリーバッグから白いタオルを取り出して、私は顔を埋めて大きく息を吸い込む。
(とおるさんの匂いがする……)
イメージトレーニングの為の瞑想だけど、今年はとおるさんの顔ばかりが思い浮かぶ。
普段のちょっと強面の顔、私が入院した時に見せてくれた泣き顔、そして……耳たぶまで真っ赤にしながら私に告白してくれた時の顔を。
「アヤメくん、もうすぐ着くぞ!」
「はい」
卜部さんからインカムを受け取ると、首に固定する。そして、背中にパラシュートを背負うのであった。
「上空に着きました。ホバリング開始します!」
「アヤメくん!」
「はい!」
“ライーン♪”
私がフライトしようとした瞬間、緊張感漂うヘリの中に、気の抜けたライーンの呼び出し音が鳴る。
「四弐神くんからだな」
「読んで下さい、卜部さん」
私はいつでも飛び立つ準備をしたまま、卜部さんへお願いをした。
「いいのか? それじゃ読むぞ」
“アヤメ、頑張れ”
「行きます!」
私はとおるさんの言葉に背中を押されてヘリから飛び出した。
「位置情報確認! ヴァリアブル結界接触まであと五秒!」
「小型ドローン、飛ばします!」
「アヤメくん! 聞こえるか? あと三、二、一、ゴー!」
私の体を何か違和感が通り抜ける。
私は無線インカムから流れてくるヘリの内部の慌ただしさとは、別に不思議と落ち着いていた。
卜部さんのゴーサインのあと、パラシュートを開くと体は一瞬大きく浮き上がるが、一定の場所まで浮き上がると跳ね返されるように、私の体は降下していく。
広い建物の屋上へ誘導しながら、私は着地まで数メートルの所でパラシュートを外して受け身を取りながら着地した。
「卜部さん、着きました!」
「こちらも確認した。ヒトはヴァリアブル結界の大きさから数体いると思われる。くれぐれも注意してくれ」
「はい!」
私はブラちゃんを構えて、まずは屋上から下を見下ろす。
人の気配は全くなくヒトも確認出来ない。
動かず道路のど真ん中に置かれた車、誰かが乗っていたのであろうストッパーもかかっていないのに倒れない自転車。
ヴァリアブル結界の典型的な現象。
ヒトが人を襲う時に、ヒトが作り出した一定の広さの疑似空間。それがヴァリアブル結界。
生物は入れない空間。ヒトとヒトが襲うと認識した人、そして高度な純度を持つ者、つまり私のみ。
卜部さんが引退をした決定的な原因がこれ。
Bランク以上と決められている原因がこれである。
「アヤメくん! 目的は二つ。一つは、襲う対象にされた人の救出とヒトの殲滅だ、いいな!」
「はい!」
私は屋上の出入口を蹴破る。ヴァリアブル結界にある無機物は、比較的脆いのも特徴。
所詮は模造品だ。硬度まで考慮していない。
階段を降りていき、廊下を覗き込む。
誰もいない……静かな空間。私は廊下を進み、一つ一つ部屋を確かめていく。
「卜部さん、そちらはどうですか?」
「ドローンからの映像では見当たらないな。建物に潜んでいるかもしれん、くれぐれも注意しろ」
「はい!」
慎重に慎重を重ねて階数を降りていく。
(次は二階ね)
同じように廊下を進みながら、一つ一つ部屋を確かめる。
(ここは、倉庫?)
積まれて段ボールの山に、未使用のロッカーやパイプ椅子まで置かれている。
いつでも脱出出来るように、私は廊下への扉をパイプ椅子を立て掛けて開きっ放しにしておくと、中を調べ始めた。
それほど広い空間ではないが、死角が多い。
積まれた段ボールが突如崩れ落ち、目の前に現れた男性のヒトに焦ることなく、私はブラちゃんを突き付ける。
ダンッ! ダンッ! ダンッ!
眉間に三発、段ボールに押されて尻餅をつきながらも命中させる。三発目でヒトの頭は破裂するように吹き飛んだ。
(プラス弾ね)
私の純化能力で作り出した弾は、プラス弾、マイナス弾、波状弾の三種類。それぞれ、ヒトのタイプによって効果が変わってくる。
だから、最初の遭遇時には三種類別々の弾を撃ち込む必要がある。
そして、私の経験上、ヴァリアブル結界には同じタイプしかいない。
私はブラちゃんのハンマーをハーフロックにしてシリンダーゲートを開くとエジェクターロッドを押し下げて弾を抜き、新たにプラス弾に全弾を変更した。
「卜部さん、初遭遇しました。これで、行けます!」
「位置情報確認した。それと、ドローンが一体捉えて追尾している。今いる建物の二時の方向のビルの中だ!」
「はい!」
私は指示通り、今いるビルを一階まで降りていき、次の標的を目指して走り出した。




