何で俺はデートに誘った!?
俺が告白した事を思い出したアヤメは、頬を赤く染めて恥ずかしそうに顔を手で隠そうとしていた。
「あの……私、こういう経験なくて。男の人から告白されるのも初めてで……」
意外だった。彼女の周りの男性は何処に目を付けているのだろう。同じ学校の男子生徒は、何故彼女を放っておくのか。
はにかむアヤメは、とても可愛らしく、もう一度告白して更に照れさせたい嗜虐的衝動にすら駆られてしまう。
「お友達……じゃ駄目でしょうか?」
アヤメの言葉にショックを受ける。それは「友達」止まりの言葉。恋人に昇格の資格すら奪う言葉。
「それは、こ、恋人にはなれないってこと?」
アヤメの顔は益々赤くなる。普段の俺なら絶対に聞けない。しかしショックで茫然自失となった上、嗜虐的衝動も相まって、ヤケクソ気味になっていたのかもしれない。
「あの、それはわかりません。だから、お友達からじゃ駄目ですか?」
「お友達から?」
アヤメは小さく頷いた。どうやら小声過ぎて大事な部分を俺が聞き取れていなかったようだった。
これじゃ、本当に嗜虐的な性格だと思われかねない。
「そ、そう、お友達からか。うん、それでいい」
「お待たせしました。ブレンドのホットとアイスティーで御座います」
気まずくなりかけたタイミングで白髪白髭のマスターが割り込んできてくれた。
マスターは、よく磨かれたシルバーのトレイに乗せてソーサーに乗せたブレンドのコーヒーを俺の前に、コースターを敷いてアイスティーをアヤメの前に置く。
「ごゆっくりどうぞ」
マスターは、トレイを自分の太もも横に持っていくと、斜め四十五度の角度で一礼して去っていく。
俺は置かれたブレンドに手を付ける前に、グラスに水を注ぎ一気に飲み干す。俺もアヤメみたいにアイスにすれば、よかった。
彼女を前にすると、緊張で喉がやけに渇いてしまう。
それは、俺がアヤメのことを好きなのか、それとも人殺しを前にしているからなのか。
「そうだ、ライーンのID教えてよ。俺も教えるから」
「ライーン? ああ、クラスメイトが良く話題にしている……。あの、このケータイじゃライーンは出来ないってクラスメイトに言われたのですが……」
アヤメは鞄の中から取り出したケータイを俺に見せてくる。ピンク色の二つ折りの携帯電話。
ストラップにはシルバーの十字架が付いていた。
「スマホじゃないの!? うわぁ、久しぶりに見たわ、このケータイ」
中にはスマホでなくともライーンが出来るものもあるが、彼女の持っている携帯電話は、かなり古い。
よく使用出来ているなと、感心すらしてしまう。
「これじゃ、無理だね」
「そうですか……初めては、とおるさんが良かったのですけど……」
俺は思わず口元を隠す。アヤメは初めてのライーンは俺がいいと言いたいのだろうが、別の意味にも捉えられてしまい、口元が緩む。
「そ、そうだ。明日、日曜日だろ。良かったら、アヤメのスマホ、買いに行かないか?」
寂しげに落ち込むアヤメは、だんだんと晴れやかになっていく。
「是非、お願いします! わぁあ、今からすっごく楽しみです!」
勢いよく立ち上がってテーブルに体を乗り出して俺の手を取ると、自分の両手でがっしりと掴んで離さない。
その力強さから、心底嬉しいのだと感じることが出来た。
カラカラカラーン
喫茶店の扉のカウベルが俺達以外の来客を告げると、俺とアヤメはパッと離れて押し黙ってしまった。
誤魔化すように、俺は顔を俯きブレンドのカップに口を付けながら、アヤメの方をチラリと目線を上げると、彼女は右手でグラスを持ちながらストローを左手で添え、無音でアイスティーを飲んでいた。
ついつい、その薄桃色の潤んだ唇に目が行ってしまう。
お互いに視線がぶつかると、俺達は目を逸らすのであった。
長く感じる沈黙に耐えられず、俺から何か話題はないかと探る。
「あ、あのさ。アヤメって……ハーフ?」
彼女のブルーの瞳に染めてないであろうブロンドの髪を見て、俺から話題を切り出した。
「私の母の祖母がロシアの人なのです。ですから、クォーターですね。私は日本生まれの日本育ちですから、ロシア語は話せません」
彼女はそう言うと、癖の全くないストレートの金色の髪を指で弄ぶ。
「あの……変、ですか? 昔から、コンプレックスで……」
「そんなことない。日の光で輝く髪も、吸い込まれそうなほど美しい宝石のような瞳も、白い透き通った肌も、とても綺麗だ!」
自分らしからぬ、歯の浮くような台詞が次々と口から湧いて出る。
彼女は、ちょっと困ったような顔をして「肌は、コンプレックスじゃないです」と白い肌を赤く染めながら消え入りそうな声で話す。
俺は不覚にも他の客やマスターがいることを失念していた。
振り返ってみると、マスターともう一人年配の男性が、俺達から視線を逸らして聞いていないフリをする。
俺の顔に熱が籠っていく。
(うわぁー! すげぇ、恥ずかしい!!)
俺は顔の熱を取り払うべく、水をがぶ飲みするが、一向に涼しくならない。
アヤメの方も、既にアイスティーは空になっているにも関わらず、唇からストローを離さない。
「こちら、サービスとなっております」
いつの間にか俺達のテーブルへと来ていたマスターが、新しいアイスティーと、俺にはアイスコーヒーを置く。
(マスター、イケメン過ぎるだろおお! 何、この気遣い!?
普通出来ないぞ。だけど、同じ気遣いなら、このまま聞いていないフリを貫いて欲しかった!)
俺達二人はそれからというもの、気もそぞろで、他愛のない話しか出来なくなってしまった。
彼女の学校や年齢、俺の職業や年齢など。
たまに同じ質問を繰り返しても、互いに気づかず、そのまま答えることもしばしば。
彼女の年齢は十七歳で、俺より十歳年下。都内にある私立で清愛高等学院の高校二年生。
俺でも知っているほど有名な高校。やはりというかお嬢様やお坊っちゃんも通う。
しかし、ボンボンが積極的に通うような高校ではない。
さらに言えば共学。
アヤメの話を聞く限り友達も少なそうだし、男子生徒に迫られたこともないみたいだ。
(何故、こんないい子放っておくのだろうか。俺としては、助かるけど……あ、忘れていた。この子、人殺しだったわ)
クラスでも浮いているのだろう。俺に対して心開いて見えるのも、俺が人殺し仲間だと思っているからで………。
騙しているようで、心が痛む。実際、自分も人殺しだと嘘付いて騙しているのだけれども。
彼女も俺の事を聞いてきたが、会社名を言ってもキョトンとしていた。
当然と言えば当然だ。
知っている人がいたら、その人は同じ職種の人にほぼ間違いないくらいマイナーな会社だからだ。
一体どれくらいの時間話をしたのだろうか。
ただ、どれだけ質問をしても、俺も彼女も“人殺し”の件については、触れようとしなかった。
「そ、それじゃあ、明日朝十時に、この駅で」
待ち合わせる時間を決めて俺達二人は会計を終えて喫茶店を出る。すっかり外は暗くなっており、人通りもあまりない。
少し肌寒く感じる。
彼女の家まで送ろうかと思ったが、今日ほぼ初めて喋ったような男に送られる方が身の危険を感じるのではないかと思い、躊躇う。
親にも遅くなったことを怒られないか心配するが、彼女はにこやかに手を振って別れようとする。
「待って!」
俺は鞄の中から仕事用の黒いジャージの上着を取り出す。
「これ。その、ちょっと臭うかもしれないけど綺麗だから。その風邪引いたらいけないから……」
俺は彼女の肩にジャージを羽織らせる。
「ありがとうございます」
彼女は深々と頭を下げて嫌な顔一つせずジャージに袖を通す。
俺は、ここしかないと思った。
「夜道、大丈夫? 送っていこうか?」
「大丈夫ですよ。途中街頭もありますし、人通りも少ないけどありますから。今日は、とても楽しかったです。その……明日も楽しみにしてますね」
そう言うと軽く会釈をした後、彼女は走り去ってしまった。




