しにがみくんには、やはりよく似合う
「何をやっているのだ、キミ達は」と、唖然とした表情の松島に大きな溜め息を吐かれてしまう。
「こうか?」
「惜しいです、とおるさん。こうです」
俺とアヤメは向かい合いながら、両腕を真上に上げて、くねくねと身体を揺らしていた。
なんとかアヤメの言うことを理解しようと始めたら、ついつい楽しくなってしまう。
「そうです! そのタイミングと角度です、とおるさん!」
「よ、よし」
よしとは言ったものの、正直わかりかねる。
ただ、アヤメのワカメ踊りはマスター出来たみたいだ。
そう思い振り返ると、そこには松島ただ一人椅子に座って俺達を眺めていた。
いつの間にか松島以外は誰も居なくなっており、急に恥ずかしくなった俺は、思わず隠れる事が出来そうな場所を探す。
「いいから、キミ達早く帰れ」
仲良く二人して部屋を出ていくと、背後からガンッと何か激しい音が聞こえた。
警視庁を出ると、身体が寒気を感じて思わず両手を擦り合わせる。はーっと息を吐くとうっすらと白いもやが出た。
タクシーを拾うべく、少し歩くと既にクリスマス商戦が始まっており、赤、緑、白の鮮やかな彩りで街を染めている。
「ちょっと、散歩するか?」
「はい」
アヤメと並んで街を歩く。ショーウインドウの中は、既にクリスマスムード一色。
立ち止まったアヤメが興味深くショーウインドウ内のコートを見ると、俺も隣に並んで見るふりをする。
俺が見ているのは、ショーウインドウの窓ガラス越しに写るアヤメの顔。
ブルーの瞳にしゅっとした鼻筋、かといって外国人のように彫りが深いわけではなく、日本人っぽい幼さも兼ね備えている。和洋折衷、良いとこ取り。
ふと、窓をとおしてお互いに目が合う。俺が商品ではなく、アヤメの顔ばかりを見ていたことに気づいたようであった。
アヤメは背筋を伸ばして佇まいを整えて、横目で俺の方を見てくると、今度は直接に目が合う。
「い、行こうか」
気まずくなり無言に耐えきれず声をかけると、アヤメは小さく頷いて、再び並んで歩き出す。
俺が上着のポケットから手を出して、何度か擦り合わせていると「とおるさん」とアヤメが手を差し出してくる。
ボンボンが付いた白い毛糸の手袋をしたアヤメの手。
じっと少し潤んだ青い瞳でこちらを見てくる。
頬には少し赤みがさしていた。
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今までとは少し違う。相手を励ますためや、安心させるためにと、何かしらの理由があった。
しかし、今はその理由が見当たらない。
俺は、生々しくゴクリと喉を鳴らしてしまう。
アヤメの手に俺の手を乗せると、彼女の方から指を絡ませ腕を降ろす。
自然と並んでいた間の距離は縮まっており、俺とアヤメは、少し俯きながら、病院までの二駅を一言も発することなく歩いたのだった。
◇◇◇
この日、俺は病院の受付で退院の手続きを済ませていた。
支払いは全て国が持ってくれており、俺の出費は0とありがたい反面、これで後には引けなくなったなと、自嘲する。
しかし、後悔なんてものは、隣にいる彼女を見ると全て吹き飛ぶ。
「しにがみさーん、しにがみとおるさーん」
自然と他の患者の視線が受付に集まる。病院というシチュエーション、そこに現れる死神、縁起でもないという視線が。
行かない訳にもいかず、俺が受付に向かうと患者達の視線が見てはいけないものを見てしまったと一斉に逸れた。
「四弐神です」
「えっ……あ、ごめんなさい。フリガナちゃんと振ってましたね」
俺の顔を見て明らかにビクッと震わせる受付の女性。別に怒ってなどはいないのだが。
「そ、それではお大事に……」
受付の女性は、明細を俺に渡すと逃げるように棚の後ろに行ってしまった。
だから、別に怒っていないし、むしろ今は……。
「退院おめでとうございます、とおるさん。だけど……どうしてそんなに寂しそうなんですか?」
そう、今はどちらかと言うと寂しい気持ちが強い。入院していたからこそ、アヤメは毎日のように側に居てくれた。
それが失われるのが、寂しいのだ。
今日も松島からお呼びがかかっている。退院だというのに少しは休ませて欲しいものだ。
「いや。どちらかと言うと、松島に会うのが憂鬱なだけ」
「もう、とおるさんたらっ」
本当の気持ちを誤魔化す為に松島をダシにする。
アヤメは笑いながら俺の肩を叩いてきた。
気のせいか、前に警視庁から病院まで歩いて帰った時から、アヤメが俺の身体に容易く触れる頻度が増えた気がする。
「あっ、これお返ししますね」
俺のスマホをアヤメが差し出してきた。受け取ろうと手を伸ばすが、アヤメは直前でスマホを持った手を下げて、俺の手は空振りする。
「あの、とおるさん。これから……その、ライーン、一杯しても良いですか?」
「えっ、うん。それはもちろん……」
「それと……また、お出かけもしたいです。この間は途中だったし……」
モジモジと俯き加減のアヤメの頭を軽く撫でてやり、俺が頷くと、ようやくスマホを返して貰えた。
明日にでも会社に連絡しないとな。
◇◇◇
いつものようにタクシーに乗り込み、警視庁へ。地下へ降りていき第三特殊犯の部署に向かう。
「おっ、来たな。松島が訓練所で待ってるぞ」
エレベーターを降りるなり卜部に捕まり、訓練所に向かう。
だだっ広い空間のど真ん中に腕を組みながら、中指で眼鏡を上げたままの態勢で固まっている松島の姿が。
「ようやく来たね、しにがみくん。アヤメくんと離れるのが寂しいのはわかるが、人をダシにして誤魔化すのはどうかと思うぞ」
「盗聴機でも仕掛けてんのか!?」
何故か、先ほどの病院の受付前のやり取りを見ていたかのように話す松島。
俺は誤魔化す為に声をあらげてみるが、松島は冷静に指を立てて甘いなと指摘する。
「しにがみくん。今や何処にでも監視カメラや盗聴機なんてあるのが常識だよ」
監視カメラはわかるが盗聴機なんて、そうそうあってたまるか。大体盗聴機なんて病院の何処に仕掛ける……。
「俺のスマホか!」
「当たりだよ、しにがみくん」
俺は共犯かとアヤメを見るが、彼女は首を激しく横に振り否定する。
「わ、私はとおるさんのスマホ、松島さんに渡してないです」
ならばいつ……まさか!?
「アヤメ! 俺のスマホ、誰から預かった!?」
「え……あっ、松島さんからだ!」
「ハハハ。大当たりだよ」
何故か胸を張る松島。いや、普通に犯罪だろうと卜部へアイコンタクトを送るが、卜部は無理だとジェスチャーで返してくる。
頼りにならない警察だ。
「まぁ、スマホの盗聴機はあとで外してやるから、まずはこれを受け取りな」
松島が俺に向かって放り投げて来たものを慌てて取ると、それは一本の真っ黒な棒だった。
長さは50センチくらいか、見た目よりずっと軽く手にしっくりくる太さ。
「白い線が引かれている方を自分に向けて振ってみるがいい」
言われたように白い帯の線でマークされている方を自分に向けてバッターのように振ってみる。
すると先端が伸びていき、一本の長い棒になると今度は棒の内側に仕込まれた刃が二段階で伸びる。
完成したのは一本の大鎌。先端に行くほど赤黒く刃の部分は真っ赤になっていた。
「試作段階だが、カーボン製の大鎌だ。軽い上にコンパクトにしまえるようになっている。キミの通勤鞄にも入るぞ」
確かに軽い。軽すぎる。
「これ、刃までカーボンなのか?」
「うむ。刃を付けると重くなってしまうからな。やっぱり、キミには大鎌がよく似合う」
「いや、それってもしかして、ヒトを倒せないんじゃ……」
しかし、松島はニヤリと余裕の笑みを見せつけてくるのであった。




