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俺も人殺しだから

 必死に彼女への想いを伝えようと、咄嗟に嘘をついてしまった。


「俺も人殺しだから」と。


 確かに俺は、その目付きの悪さや不機嫌そうに眉間に皺を寄せている外見から「絶対、あいつ一人や二人は殺しているよ」と、よく噂されたりもした。

しかし、まさか自分で言ってしまう日が来るとは思いもよらなかった。


 彼女は、ただただ驚くのみ。普段は切れ長な目を、文字通り丸くしながら。


「ほ、本当なんですか……?」


 ここが俺にとって嘘だと告白出来る唯一のチャンスだった。

だけど、嘘だと言ったら彼女に嫌われる。何度か挨拶する程度の仲の人間に嘘を付かれるなんて、激怒してもおかしくない。

ましてや、自分に良い印象を抱かせる為だけに、嘘を付いたのだとバレてしまえば、怒るどころか軽蔑されてしまうだろう。


 だから俺は一縷(いちる) の幻の光を掴む為に、嘘を付き続けるという泥沼へ飛び込んでしまった。


 この泥沼から脱出出来る方法は彼女次第。彼女が一言「ヒト殺しなんて、嘘です」と笑って誤魔化したあと、俺も嘘だと告白すれば丸く収まってくれるはず。


 彼女の言葉を待つ。きっと、そう言ってくれると信じていたのに、彼女は意外な行動に出た。


 彼女の手から鞄がすり抜けて地面に落ちると、俺の側に駆け寄り俺の右手を包み込むように両手で握る。


「本当に! 本当に、貴方もヒト殺しなんですか!?」


 彼女が否定するどころか、同意を求めてきたことに俺は戸惑う。しかし、それ以上に戸惑ったのは、少し潤んだ瞳で真っ直ぐ俺の顔を見てくる彼女の姿だった。

通学中、車内の扉の側に立ち窓の外を眺める物憂げな表情と重なる。孤独や寂しさを感じさせる。


 包まれた右手のぬくもりや、側にまで寄って来た彼女の顔に完全に気を取られて、気づけば頷いてしまっていた。


「嬉しい! 仲間がいたなんて!!」


 彼女の顔はパーッと晴れて、青い瞳をキラキラと輝かせながら俺をジッと見て、俺の右手を包む手の力が強くなり、より彼女の手の温もりが伝わってくる。

それだけで終わらず、彼女は俺の高鳴る心臓の鼓動が聞こえるのではないかと心配してしまう距離にまで近寄り、俺の右手を自分の胸元へと引き寄せていく。


 このままじゃ当たると思い、俺はどぎまぎしながら彼女に声をかける。


「あ、あのさ。時間ある……かな? 何処かで話さないか。えっ……と、ここは人目もあるし」


 彼女が近寄る度に少し体を反らす俺は、帰り道を急ぐ人々の視線が気になり始める。今は彼女から迫ってくる形で助かっているものの、これが逆なら即通報だ。


「あ、そ、そうですね。そこに喫茶店がありますから、そこでお話しましょう」


 彼女は、俺の右手を繋いだまま引っ張っていく。到着喫茶店は昭和の香り漂う古めかしい建物。

窓には、観葉植物が乱雑に陳列され、扉を開くとカウベルが来客を知らせる。


「いらっしゃいませ」


 これまた、ザ・喫茶店のマスターのイメージにピッタリな初老の白髪白髭の細身の男性がカウンター内から俺達に声をかけてきた。

他には客はおらず、彼女は俺を引っ張り店内の一番奥へと連れていく。


 アイボリー色した艶のある木製のテーブルに、同じような材質の椅子に互いにテーブルを挟んで座る。


「ご注文は?」

「あ、えーっと、俺はブレンドのホットを」

「私はアイスティーでお願いします」


 注文を取り終えた初老の男性が立ち去ると、俺は彼女の顔を見る。まだ、彼女の瞳はキラキラと輝いていた。

それほど俺が同じように人殺しであることが嬉しいのだろうか。

水が注がれているコップには、暖房が効いている店内が故に水滴が浮かんでいる。

俺は一気に水を飲み干すと、水の冷たさで頭が冴え、少し冷静さを取り戻した。


(そういえば、彼女は自分が人殺しである事を否定しなかったな)


 俺の背筋にゾッと寒気が走る。


(これって、まずくないか? もし本当に彼女が人を殺したのなら、俺の話が嘘だとバレた時……殺される!? どうやって殺したのかは分からないが、今警察に捕まっていない以上、まだ公になっていないってことで……彼女にとって一人殺すも二人殺すも大差ないんじゃないのか!?)


 浮かれていた自分を殴りたくなる。改めて彼女の顔を見る。本当に人を殺したのだろうか、虫も殺せず汚れも知らず、裏表などないように見えてしまう。

駄目だ、彼女を見てしまうと鼓動が速くなる。これが恋なのか、それとも身近に迫る死を恐れてなのか、もう俺にはわからなかった。


「その……君は本当に人殺しなの?」

「ちょっと! 声、大きいです。もう少し小さくして下さい。それと、本当ですよ、ヒト殺しなのは」


 彼女はテーブルに身を乗り出して俺に耳打ちするように小声で話す。

彼女の顔がすぐ側にまで寄り、俺の耳に吐息がかかりくすぐったくなる。

今俺は、耳まで赤くなっているだろう。彼女にバレないように取り繕うことで精一杯だ。


「それと……あっ、やだ。私ったら。名前を伺うのを忘れていましたわ。私は天使(あまつか)あやめ、と言います」


 彼女は、自分の前で両手を合わせると、微笑みをこぼす。


「あ、俺は四弐神(よつにがみ)(とおる)です」


 俺は自分の名前を名乗ったあと、少し後悔する。本名を言ってしまって良かったのだろうかと。しかし、それは時既に遅かった。


「とおるさんですか。素敵なお名前ですね」

「えっ……と、天使さんは──」


 彼女の口から「とおるさん」と呼ばれ、俺の心は再び彼女によって鷲掴みにされる。まさか呼ばれる日が来るとは。しかし、彼女は、俺が喋るのを突然手のひらを向けて制止する。


「もう、あやめでいいですわ」と彼女は不満げに口を尖らせる。少しむくれた頬が可愛らしかった。


「そのあやめさんは──」

「さんは、要りません。あやめでいいです」


 再び手のひらを向けて訂正させる。今度は不満げではなく、明らかに不満だと真剣な目で俺を見ながら。


「でも、その、あやめだって、俺のことをさん付けで」

「それは、私が、とおるさんより年下ですから。それに、私ととおるさんは、もう仲間ですわ」

「えっ……な、仲間?」


 人殺し仲間ってことか。彼女の中で俺への認識は、そういう事なのか。


「あの、一応俺、あやめに告白したんだけど」

「あ……、や、やだ。そうでしたわ。私ったら浮かれちゃって……忘れていましたわ。どうしましょう……」


 両頬に手をあてて、彼女の顔は耳まで真っ赤に染まっていく。やや俯き加減になりながら、それは、それは恥ずかしそうに。


 もしかしたら、振られたけれど微かに希望は残っているのだろうか。

淡い期待を胸に彼女の答えを待つのだった。

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