俺ってヒト殺しの才能ないの?
アヤメの入院から四日が過ぎた。
相変わらず、ご年配の方々で埋め尽くされたリハビリステーションで俺は、アヤメを支えるべくリハビリに励んでいた。入院で弱った足腰、怪我をした背骨付近の筋肉を主に。
滲んだ汗を拭く為にタオルに手を伸ばすと、アヤメが先に取り俺に笑顔で渡してくる。
「本当に三日で治るんだな」
既にアヤメはピンピンしており、本当に怪我をしたのか疑いたくなる。それだけアヤメの純粋さが高いという訳だ。
入院三日目に、アヤメが俺の病室に包帯一つ無い姿で現れた時は、本当に目を疑った。
元気な姿を見てホッとするも、アヤメは、既にその日から任務に戻るという。
今度はちゃんと俺に伝えてはくれた。
少しアヤメとの距離が縮まった気がしたが、俺は彼女にくれぐれも無理はするなと伝えた。
「アヤメ。今日は怪我してないよな?」
「大丈夫。ちゃんと、とおるさんの言いつけは守ってます」
長い金色の髪が舞い、くるりとその場で一回転して見せる。グレーのニットカーディガンを脱ぎ、ネイビーのタートルネックにデニムのショートパンツと腰から下のラインがハッキリしていて目のやり場に困ってしまう。
アヤメは無理をしていないと言うが、それで負担が減る訳ではない。
むしろ、ヒトを駆逐するペースは落ちているはずだ。
だから、俺は無理をする。早く退院して、少しでも早くアヤメの負担を減らせるように。
◇◇◇
俺が休憩で少し目を離した隙だった。
俺のリハビリ担当の理学療法士の田宮が、アヤメと会話をしているのを目撃してしまった。
とはいえ、このリハビリステーションのご年配方に人気の田宮の周りには常に誰かがおり、そのご年配のご婦人の声が大きく会話の内容がここまで聞こえてくる。
どうやら、俺が頑なに無理をするのでアヤメに止めて欲しいと言う内容だった。
今のは、他愛のない会話だったが、今後楽しそうに他の男性と会話をするシーンが増えて来るかと思うと、誓った決意が揺らぎそうになり、自分が情けなくなってくる。
恋人同士になれずとも側に居続けるというのは、こういう事なのだと……。
◇◇◇
リハビリを頑張ったお陰か、明後日には退院出来ると医師から言われた直後、アヤメのスマホが鳴り、俺とアヤメは松島に呼ばれた。
嫌な予感しかしないが、俺は服を着替えてアヤメと共に歩いて病院の一階まで降りていき、警視庁へ向かうべくタクシーに乗った。
「呼び出しということは、武器の調整が終わったのか?」
「今日は違いますよ。多分、健康診断です」
「は? 健康診断?」
確かに会社によっては、定期的に健康診断を行うか推奨しているが、警察もやるのだろうか。
時期も、大概新入社員の増える春頃が、通例だが。
警視庁の地下へエレベーターが降りていく。扉が開いて待ち受けていたのは、卜部と松島、そして白衣を着た男女が数人。
以前来た時は、松島と卜部しか姿がなかった捜査一課第三特殊犯捜査。しかし、この日は白衣を着ている男女の他に数人のスーツ姿の男女が、見受けられた。
「おっ、来た来た」
「あら。やっと会えるのね」
気づけばエレベーター前に、スーツ姿の男女に取り囲まれていた。
「ようこそ、ヒト殺し課へ」
「ちょっと、やめなさいよ。その呼び名! あ、しにがみくん、はじめまして。あたしは──」
「おいおい。お前ら仕事に戻れ、四弐神くんが困っているだろうが!」
どうやら第三特殊犯担当の警察官達なのだろう。つまり卜部の部下。卜部に怒鳴られて、つまらなそうに散っていく。
となると、残っている白衣を着た三人の男女は、松島の部下ということか。
「えっ! なんで泣いているのですか、とおるさん」
「いや。この人達が松島の部下だと思うと、苦労しているのが目に見えてきて、自然と涙が……」
本当に自然と涙が溢れ出てきたのだ。そして、何故か自然と三人の白衣の男女と熱い抱擁を交わしていた。
「失敬な……」
不満気な松島に早く準備しろと三人には急かされ去っていくと、今度は俺の耳元で「後で覚えていろ」と囁いてきて、背筋の寒気が止まらなくなった。
俺達二人は、深緑色したマットレスのベッドが二つ並んで置かれた場所に入れられる。マットの隣には仰々しい機械が備え付けられており、幾つものコードが機械から伸びていた。
暖房が効いていない肌寒い部屋で、ガラス一枚隔てた部屋から松島に上着を脱ぐように言われる。
アヤメは躊躇う事なく、俺の前で上着を脱いでノースリーブの目映い白のTシャツ一枚になる。
ベッドに腰かけて背筋を伸ばしているアヤメの大きく前へと主張している胸に、ついつい目が行ってしまう。
「ほら、しにがみくん。赤くなっていないで、早く脱ぎたまえ」
隔てた部屋からマイクでこちらに呼び掛けてくる松島を、俺は笑って誤魔化しながら服を脱いだ。
二人並んでベッドに横になると、機械から伸びたコードを身体のアチコチに貼り付けられる。
横を向くとアヤメと目が合い、彼女は微笑む。
「いつもは一人だから、とおるさんと二人で検査されるの嬉しいです」
彼女の気持ちはわかる。大勢の大人に囲まれ、一人ベッドに寝させられる姿を想像すると、俺でも緊張してしまう。
俺が優しく微笑み返すと、アヤメは腕を俺の方に伸ばしてくる。
俺も腕を伸ばすと、アヤメは自分から俺の手を取って指を絡ませてきた。
「あー。それ以上動かないで貰えるかな二人とも。上手くデータが取れん」
マイクから伝わってきた松島の声に従い、俺達は手を繋いだまま動かずに検査が終わるのを待つのであった。
検査自体の時間は僅か十分ほどで終了する。結果はすぐに出るというので俺とアヤメは服を着ると、ガラスの向こうの部屋へと移動した。
「アヤメくんは、問題なくいつも通りだな。変動も見られない。Aランクだ」
松島がアヤメに結果の紙を手渡す。俺は横からそれを見てみるが、なんの事だかさっぱりわからない。
ただ、SからEのアルファベットの横には、数字が書かれているのは、わかった。
「これ、何の数字なんだ?」
「これは、対象の純度の確率を表している。アヤメくんの場合だと、Aランクの確率が99.114%、Sランクの確率が0.886%。つまり、Aランクの可能性が非常に高いわけだ。
さて、このランクだがヒト殺しになれるのはBランク以上だと思えばいい。因みに一般人はDかE。ここにいる私を含めたものは、ヒトが見える最低限のCランクだ」
その人が持つ純粋さが基準となり、ランク分けされているということらしい。
つまり、アヤメは限りなくAランクではあるが、可能性としてSランクも残されているということだ。
そして、ヒト殺しになれる最低限のランクはB。
松島達のCだと、ヒトを認識出来る程度だ。
「そして、肝心のキミのランクだが──ハハハハハ、これは面白いな。しにがみくん、キミのランクはCだ」
ダメだ、それでは。アヤメの力になれないじゃないか。俺が松島に検査のやり直しを求めようとした瞬間、卜部が信じられないと叫び、松島に突っかかる。
「まぁ、待て。これを見たら、わかる」
卜部は松島に俺の検査結果を渡されて、まじまじと見ていくと、その腫れぼったい瞼が大きく開かれていく。
「面白いだろ。しにがみくん、キミは検査対象としていいモルモッ──モルモットになれるぞ」
「いや、言い直せよ! それより、俺の結果を見せてくれ!」
俺は卜部から受けとると、隣からアヤメも覗いてくる。
俺の結果は──E3%、D5%、C27%、B21%、A25%、S19%だった。確かにCランク。俺の目の前は真っ暗になっていく。
「Sが19……」と呟くアヤメを見ると、その顔は信じられないといった感じに驚いていた。
「しにがみくん。キミから聞いた話の中でヒトから受けた痛みを照らし合わせると、間違いなく本来はB以上。それなのに、結果はC。言っておくが、これ程分散するのは初めてだ。キミは私を飽きさせないなぁ」
そう言って笑う松島の不気味な笑顔が、落ち込んでいる俺の脳裏から離れなかった。




