俺は彼女の大変さがわかっていなかったのかもしれな……
「しにがみと言えば、やはりコレだろう」
「俺は四弐神だって、言ってるだろ」
俺の身の丈をはるかに上回る大きさの大鎌。黒く塗られた刃が、鈍い光を放つ。
「ぐっ……お、重っ」
松島が手渡してきた大鎌を受けとるが、ずっしりと腕が沈む重さに持っているだけで腕が震えてくる。
(松島、今片手で持ってなかったか!?)
軽々片手で渡してきたものだから、完全に気を抜いていた。危うく肩を痛めるところだった。
「ハハハハハ。鍛え方がなってないぞ、しにがみの癖に」
「だ、だから、俺は四弐神だっての」
横目でアヤメを見ると、ガックリと肩を落としたままでこちらを見ようとしない。それほど刀が良かったのだろうか。
「松島ぁああっ! お前、勝手にここの武器を持ち出すなって何度も言わせるなぁ!!」
「失敬な。持ち出さたのではなく拝借──」
「それを勝手に持ち出すと言うのだああ!」
卜部の怒鳴り声が空間に反射する。卜部は俺から大鎌を取り上げると、所定の位置だと思われる場所へ片手で直す。
「それで、なんで大鎌なんだよ。まさか、本当に死神だからとか言わないよな?」
「何故だ!? 死神と天使の組み合わせだぞ。右目が疼くだろう?」
胸を張って言い張る松島に俺は呆れ気味にため息を吐く。
「疼かねぇよ。そんな人を厨二病みたいに……」
「うっ……右目がっ……」
「お前が疼くのかよ!?」
わざとらしく右目を押さえ跪く松島。
大体、眼鏡の上から押さえても仕方ないだろうが。
「松島の主張はともかく、俺は大鎌でもアリだと思うぞ。広範囲、中間近接、何より振り回すだけで十分戦える」
「あんたまで……」
「いえ、違います! とおるさんには刀が似合っています!」
卜部の思わぬ援護にアヤメもハッと息を呑み、正気を取り戻すなり参戦する。
更に松島が割って入り俺にとんでもない提案をしてきた。
「ふむ。それでは、しにがみくんに決めてもらおう。しにがみくん、君が選ぶのは二つだ。重く扱った事のない刀か、それとも、私が調整し軽量かつ持ち運びやすくなった大鎌か。さぁ、選べ」
なんだ、その二択は。明らかに大鎌を選ばせる為の二択。
松島の嫌がらせに対抗するべく、何か良い答えはないかと必死に考えを巡らせる。
このままじゃ、アヤメが可哀想だ。
刀を選べば済む話だが、それだと色々問題がある。
剣の経験など皆無な上に、持ち運びにも問題はある。普通に持って歩くなど出来ない。絶対通報される。例え俺が警察に所属していてもだ。
そもそも、アヤメも本当に喜ぶだろうか。
「わかった。俺は──両方選ぶ。別に問題ないだろう? 一つしかとは聞いていないしな」
刀の方は扱い慣れてから使えば良い。卜部はこう言った『松島に後で調整させるから』と。持ち運びに関しても、俺が選択した以上、松島は仕事としてやらなくてはならないのだ。
扱い慣れるまでは、大鎌を使えばいいだけの話だ。
「しにがみくん。そんなのは──ありだな。一本取られたよ。仕事として、刀の方も調整しようではないか」
「扱いは、俺に任せろ。みっちり鍛えてやるからな」
松島を負かし、卜部も早くも張り切っている。アヤメはと言うと、刀を選択した瞬間から俺の後頭部に抱きついてきていて頭を動かせず、顔を見れないが喜んでくれているのだろうか。
「それでは、私は早速両方調整してこよう。ああ──そうそう、しにがみくん、一つ忠告しておこう。人の話はよく聞くべきだ。私は『君が選ぶのは二つだ』と言ったのだ。別にどちらか一つを選べとは言っていないよ。ハハハハハ」
高笑いを上げてこの場を後にする松島。またしても、やられた。俺も卜部もアヤメも、松島の白衣の後ろ姿を見送るしかなかった。
◇◇◇
武器も決まり、再び入院生活に戻り、リハビリに励んで三日目。病室の暖房を強くしなければ、肌寒く感じる。
「わぁあ! 雪です、とおるさん。雪が降ってます!」
どおりで、急激に気温が下がった訳だ。窓の外には、しんしんと雪が舞う。窓の外を伺うアヤメの姿に、俺は見惚れていた。
満面の笑顔に青い瞳を子供のように輝かせ、窓ガラスに手を当てて見入っているアヤメに。
そんな、些細な幸福の時間を破るようにアヤメのスマホの着信音が鳴る。
スマホの着信を見たアヤメは、金色のポニーテールを靡かせて部屋をウロウロしながら、電話をする。
相手は、恐らく卜部だ。真剣な表情へと変わったアヤメも凛々しくて良いのだが。
「とおるさん。私、ちょっと出掛けてきますね」
「ああ。気をつけて。雪に滑らないようにな」
アヤメを何気なく見送る。この時、俺はまだ知らなかった──ヒト殺しの任務が、どれ程苛烈で過酷だと言うことを。
◇◇◇
この日、日付が変わってもアヤメは戻ってこなかった。
窓の外の雪は、激しさを増しており、このペースだと朝は、積もっているだろうと思われた。
深夜にも関わらず扉をノックする音が。
アヤメだと思い、俺は「ハイ」と返事をするが、病室に入ってきたのは松島であった。
いつものように「しにがみくん」と軽快に話しかけてくる松島が病室に入るなり壁に寄りかかって神妙な面持ちで一言も話さない。
俺が「椅子に座れば?」と問いかけても、松島は腕を組んだまま目を瞑っていた。
松島のスマホの着信音が重苦しい空気を破る。
笑天のテーマソングというところが、松島らしいが、最後まで着信音を鳴らすことなく素早い反応で電話に出る。
「そうか……終わったのか……大丈夫、しにがみくんには私から伝える」
あまりにもいつもと違う低い声に、俺はようやく、アヤメに何かあったのだと気づいた。
俺は知らなかった──年間八千人のヒトという数字の意味が。八千人からどれだけ駆逐出来るかではなく、毎年八千人という数で増えているということに。
俺は知らなかった──彼女が、アヤメが俺が入院してからも、毎日のように任務をこなしていたことに。
俺は知らなかった──この度に彼女は、毎回傷を負っていることに。




