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俺の家の天井のシミは、いいヒトだったのか

 俺の病室で松島によるヒトに対する授業が始まろうとしていた。

白衣姿に、赤いフレームの眼鏡のショートヘアー。

女性として円熟してくる年頃に、綺麗な顔立ち。

俺のベッドの隣に丸椅子を置いて、ミニのタイトスカートから伸びる生足を組む。


 もし、高校にこんな女性教師がいたら、軒並み男子生徒の成績は、授業に集中出来ずに下がるだろう。


 本当に……、本っっっっ……当に、これが松島であることが、残念でならない。

もう、あらゆる事が、松島というだけでゼロに戻る。


「しにがみくん。今、凄く失敬な事を考えていただろう?」

「気のせいです。早く進めて下さい」

「むぅ……。では、進めるぞ。まず、ヒトの最大の特性は、認識され辛いという事だ」

「認識?」

「そうだな、分かりやすく言うと、幽霊で考えてくれたまえ。よく霊感のある人は見えて、無い人は見えないと言うだろ? それと同じで、すぐ側に居ても一般的には気づかない」


 普段の生活にも紛れ込んでいる可能性があるということ。しかし、俺に怪我を負わせたヒトは、俺にはハッキリ見えたのだ。その理由がわからない。


「その答えは、キミやアヤメくんが純粋だからだ。よく子供の頃は幽霊が見えたけど、大人になったら見えなくなると聞くだろう? あれは、子供が純粋だから見えるんだ」


 時折、松島は俺の心の中を読む。いや、松島に言わせれば聞こえる、か。


「それって、ヒトと幽霊と同じようなものという事か」

「ようなものではなく、同じなのだ。二つとも人として終えているからな」


 俺は、アヤメとのデートの最中に初めてヒトと出会った時の事を思い返す。マック・ドナルドを出たタイミングだった。何か違和感が体を駆け抜けていき、急に人気(ひとけ)が無くなり、日常の雑踏すら無くなった。

そしたら、急にヒトが現れて……。

聞きたい事は山ほどあったが、俺が松島の話を聞いて真っ先に思い至った疑問が。


「その理論だと、俺は幽霊やヒトを見れるはずなのに、見たことなんかないぞ。生まれてこのかた」

「ハハハハ。冗談は、よせ。私は、しにがみくんが入院してから何度か家に入ったが、ちゃんと居たぞ。寝室とか風呂場の天井に」


 うーん、こめかみの辺りが痛くなってくる。

さて、どこから追及するべきか。家を調べた理由は、想像がつく。国が、日本が情報を漏れないように、俺の身元などを事細かに調べるためだろう。

もし、俺が断った時、そっと俺の痕跡を消すために。

残る問題は、二つ。

何故、松島が調べるのか、そして……。


「家に入ったって一体どうやって……」


 家の鍵は俺の鞄にあるはず。アヤメが病室のロッカーにしまってあると言っていたから、鞄もここにある。


「しにがみくん、私は警察関係者だぞ。そんなものは、合鍵作って入ったに決まっているではないか」

「お前が逮捕されろ!」


 見せびらかすように、白衣のポケットから鍵を出して見せる。自分の鍵と見比べないとわからないが、今時シリンダーキーであることから、可能性は高かった。

まさか色々物色していないだろうな。

松島が俺を見て、ニヤニヤと笑っているのが気がかりではあった。


「全く……。話を戻すが寝室や風呂場の天井って、あのシミか? 確かに顔に見えるが、別に襲ってきたりしないぞ」

「そこで、ヒトの特性の二つ目だ。それはヒトの種類。まずは、しにがみくんに怪我を負わせたタイプと、家に居るしにがみくんを見守っているタイプの二つに別れる」

「見守っている?」

「そうだよ。あれらは分かりやすく言うと、しにがみくんの守護霊みたいなものだ。

元々ヒト化していたものが、キミの純粋さに当てられ、キミが日常僅かに抱いた妬みなどの負の感情を吸い取る代わりに、キミに危害を与える者には、守る為に危害を加えたりもする。

私達が対象にしているのは、主にしにがみくんに怪我を負わせた方のタイプだ。あれは、複数人の負の感情に飲み込まれてヒトとなった。故に無作為に人を襲う」

(そうか。あの天井のシミは俺を守ってくれているのか……)


 俺は、今は松島から守って欲しいと切に願うものの、何故勝手に人の家に入り込む松島に危害を加えないのか。別に怪我をして欲しい訳ではないが、まるで自分の性格のような情けない守護霊に、涙が出てくる。


「そして無作為に襲うタイプは、二段階……いや、三段階に変化をする。初期は、キミを襲ったヒトのように、人の形が残っている。二段階目は、人の形を保てなくなり、本当に化け物のような姿に変化をする。そして、三段階目……」


 先ほど迄、饒舌であった松島は急に押し黙ってしまう。

まるで話すのを躊躇っているような……。


「私はマッド研究者(リサーチャー)だから、不確定な要素のある話はしたくはないのだが……三段階目、これはヒトが再び知恵を持った状態なのだが、昔の文献や伝記に残っている程度で、本当にいるのかどうかは、わからないのだ」


 余程不本意なのか、言い終えたあと松島は歯痒い表情で、ずれた眼鏡を中指で戻すと視線を俺から逸らしてしまった。

普段は、おかしいが、やはり松島は、優れた研究者なのだろう。


「いや、済まないな。三段階目の事は頭の隅にでも置いておく程度で構わない。次の話に進もう」


 そう言うと松島は、俺に渡した資料を手に取ると、一つのグラフが書かれたページを俺に見せた。


「綺麗な比例のグラフだろう。これが人とヒトとの関係なのだ」


 グラフの線は、確かに右斜め四十五度に真っ直ぐ伸びている。


「人は、ヒトから攻撃されると痛みを受ける。そして、その痛みは、心が純粋であるほど強い。しかし、ヒトを人が攻撃した時、純粋であるほどその威力は比例して上がっていく。これがヒトの三番目の特性だ」


 俺は掠った程度で、相当の痛みを受けた。俺自身に純粋である自覚は無いが、アヤメは違う。

もし、あの時アヤメが攻撃を受けていたら……そう考えると、ゾッとした。

あれ以上の痛みを受けているアヤメの姿を想像して。


「アヤメくんは、いつも傷を負っている。何せ彼女の武器は拳銃だ。本来は、後方からの攻撃が最適なのだよ。だけど今の彼女は一人での戦いを強いられている。キミがここに入院してきた日、彼女が無傷だったのは、本当に久しぶりだ」


 松島にそう言ってもらえ、俺は心のどこかで引っ掛かっていたものが取れた気がした。

だけど、それは彼女を孤独から守った事にはならない。

これからが、本番だ。


「ヒトから受けた傷は、純粋であるほど治りが早いのも特徴だ。キミの傷の治りが早いのはそのせいでもある」

「つまり、ヒトを倒せるほどの威力を持つには、相応の心の純粋さが無いといけない──それが、ヒト殺しが少ない理由というわけか」

「そうだな。特に年齢を重ねれば重ねるほど、人生を経験すればするほど、人は卑しく、他人を羨み、嫉妬を覚える。キミは、かなり貴重なのだよ、しにがみくん」


 純粋さで言えば、松島の言うように子供が一番だろう。特に年端もいかない幼子だと、なお良い。

しかし、その分ヒトから攻撃を受けると、その痛みは計り知れない。そんな危険な事に自分の子供を手放す親がいるだろうか。

俺は、そんなことを考えながら、アヤメの事を同時に考えていた。

彼女は果たして、どういう経緯でヒト殺しになったのかと。


 松島なら知っているかもしれない。けれど、これは俺が彼女の信頼を勝ち取ったのち、自分で聞くべきなのだと思う。


 ふと、病室の壁に掛かった丸い時計が目に入る。

それほど長い時間話した覚えはないが、そろそろアヤメが戻ってくる時間が近づいていた。

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