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with松島

 同情したというのも否定出来ない。


 アヤメとの繋いだ絆を自ら切り離したくないという気持ちもあった。


 けれども、何より彼女の為に何か出来るならやってやりたいという気持ちが大きかったのは間違いない。


 俺はアヤメに頼み、卜部へ連絡を入れてもらう。

頑なに俺のスマホは渡さないアヤメだったが、自分のスマホで卜部に繋ぎ俺は替わってもらった。


「決断しました。アヤメの力になれるのなら、俺もやります!」


 俺が、そう卜部に伝えると、卜部が反応するより早くアヤメが寝転んでいる俺に嬉しそうな顔をして抱きついてきた。


 俺はそっと背中に腕を回して落ち着かせるように頭を撫でてやる。

俺とアヤメは互いに見つめ合い、ただ、その時を噛み締めるように黙って過ごす。

俺が、卜部と通話していたのを思い出したときには、電話は既に切れていた。


 すっかり夜も更け、病室の暖房と外気との寒暖差で窓に付いた結露を眺めていた。

ベッドの枕元では、アヤメが拳銃のメンテナンスを行う。

初めは感じていた違和感のする光景だが、話を聞き決断すると、心構え一つで、こうも全く気にならなくなるものかと不思議だった。


 その時、ノックもせずいきなり病室の扉が開く。病室に入ってきた卜部は、息を切らしたまま挨拶もなく俺のベッドへ駆け寄り、手を取ると深々と頭を下げては、何度も「ありがとう」と繰り返す。


 一人で孤独に戦う、娘のように思うアヤメに、彼もどれだけ心苦しかったことか。

それはいいとして、手汗くらい拭いて欲しいものだ。


「お茶でも買ってきますね。とおるさん」


 アヤメはそう言って病室を出ていくと、俺の握られた手が痛みを覚える。


「いててててっ! ちょ、強いって」

「ところで四弐神くん。君は俺との電話を放置してまでアヤメくんと何をしていたのかね?」


 卜部の顔が仕事の出来るダンディーな顔から、父親の顔を見せ、俺の手を握る力を強める。


「いででででっ!! な、何って、別に何も!」

「本当だね?」

「本当だって! いてぇよ! 離せ!」


 俺は一瞬緩んだ隙に手を振り払う。卜部の握力は、思っていたよりずっと強くて、手が赤くなっていた。


「ただいまぁ……って、どうかしたのですか、とおるさん?」

「い、いや何も」


 アヤメは卜部にお茶のペットボトルを手渡すと、椅子に座り自分用に買ってきたペットボトルの蓋を開ける。


「あれ、俺のは……?」

「とおるさんは、私と半分こです」


 アヤメは吸い飲みに自分の買ってきたお茶を入れると俺の口元へと差し出してくる。

今は腕を動かせるし、ベッドを少し上げてくれれば、コップで飲めるのだが。

アヤメはこういう時は意外と頑なで拒否しても、無理矢理口へ吸い飲みを突っ込んでくる。


「ふっ……お邪魔なようだな。俺はこれで退散するよ。っと、そうだ。松島にも連絡を入れておいたから、明日来ると思うぞ」


 俺は吸い飲みを口に咥えたまま、目で「嫌だ」と訴えてみたが、卜部は、首を横に振り「諦めろ。あいつは来るなと言っても来るような奴だ」と、訴えを退けた。


 アヤメが居ると何を言われるか、たまったものではない。せめて学校に行っている昼間に来てもらいたいが、それを言うと、却ってアヤメのいる時間に来そうで怖い。

かといって、敢えて夕方に来いと言っても裏の裏をかいて本当に来そうで、手詰まりだった。


「とおるさん。諦めが肝心です!」


 アヤメにまで、そう言われる松島って、一体何者なのだろうか。



◇◇◇



 翌日、アヤメは学校に向かい、俺は昼の回診を受けていた。

ちょっとふくよかな男性の医師と、付き添う女性の看護師。


「体調におかしな所はないかな?」

「そうですね……ちょっと以前より体が重い気がします」

「ははは。背骨を固定するボルトが入っているからね。そのせいだろ」


 医師に言われて、なるほどと返事したものの、納得半分、不信半分といったところだ。

確かにボルトは入っているのだろう。そういった事をどこかで聞いた覚えもあるし、背中に何か背負っているような感覚もある。

しかし、ボルトといっても果たしてそれほど重いものなのだろうかと、疑問にも思う。


「大丈夫、すぐ慣れるよ。松島特製ボルトだからな」


 耳を疑い顔が一気にひきつる。医師もうっかり喋ってしまったかのように気まずく、看護師と共にそっぽを向く。


「い、今、なんて──」

「おっと、次の患者の所に行かねば」


 医師と看護師は、ちゃっちゃと片付けて足早に病室を出ていってしまった。


 聞き間違いであって欲しい。きっと松島製作所とかそんな感じのメーカー名なんだと、願う。


 医師と立ち代わりで病室へ入ってきたのは、当人であるマッドサイエンティストの松島だ。


「チッチッチ。しにがみくん。私はサイエンティストじゃなく研究者(リサーチャー)だ。マッドリサーチャー」

「マッドの自覚はあるのか」

「ところで、しにがみくん。どうだい、背骨のボルトの調子は」


 やはり聞き間違いではなかった。

 眼鏡の真ん中を右手の中指で上げながら、松島は左手を白衣のポケットから取り出してみせると寂しげな目で自分の左手を眺める。

その左手は、鈍く鉛色に光る機械剥き出しの義手であった。


「松島さん……それは?」と、重々しい機械仕掛けの左手に驚いた俺は、デリカシーなく尋ねてしまう。

松島は、自分の左手を眺めながら暗く重い雰囲気を漂わせてしまい、俺は内心「しまった!」と、思ってしまった。


 重苦しい空気の病室の中、松島は何か思い出すように遠くを見つめ口を開いた。


「これはな……只の手袋なんだ……」


 かなり精巧にプリントアウトされた手袋を何気なく脱ぐ松島。


「そうか、外は寒くなってきたみたいだしな」


 悔しくて思わずプラスチック製のコップを手に取り投げつけると、松島は、こちらを一切見ずに軽く躱してみせた。

これだけの為にわざわざ用意してきたのか、この人は。


「チッ!」

「ハハハハ。残念、外れだよ。しにがみくん」


 一体、何しに来たんだ、この人。



◇◇◇



「さて、しにがみくんが私に劣情を抱くから話が進められなかったが──」

「ちょっと待て。そんなこと、一度も言ってない!」

「ハハハハ。照れるな、しにがみくん」


 松島は白衣の懐から、丸まった紙の束を手渡してきた。

受け取り、一ページの最初の目に止まった文章で、既にゲンナリとしてしまう。


『サルでもわかるヒト講座』


 この一文だけ見たら、まさしく猿に人間の事を説明をしているようで、本当にややこしい。

俺が、人とヒトを勘違いするのも仕方ないと思えてくる。


「さて、これは暗記し終えたら、燃やすなりして廃棄しておくようにな、しにがみくん。国家機密レベルの事が、わんさかと分かりやすく書いてある」

「そんなもの持ち出していいのかよ?」

「ハハハハ。しにがみくんは馬鹿だな。駄目に決まっているだろう。国家機密と言ったよな」


 駄目だ。松島と一緒にいると、頭が痛くなってくる。

俺は上司である卜部の気苦労が計り知れなくて、心の内で思わず手を合わせて祈る。


「では、まずは、ヒトの特性から話そうか。二ページ目を開いてくれ」

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