私、ヒト殺しなんです!
「私……私、ヒト殺しなんです! だから、だから貴方とお付き合いは出来ません、ご免なさい!!」
この日、俺は渾身の告白に玉砕した。断るにしても他に言い様があるとは思ったが、下手な嘘で断られたのはショックだった。
だけど、彼女が頭を深く下げて再び顔を上げた目を見た時、不思議と真剣な表情をしていたんだ。
◇◇◇
一目惚れだった。
いつも通勤している電車の中で見かけた清楚なJK。
通学鞄を丁寧に両手で持ち、物憂げな表情で電車の扉の側に立ち外を眺めていた。
ハーフなのだろう、日本的な顔立ちにブルーの瞳。
ストレートで腰近くまで伸びる金色の髪が朝日に照らされてキラキラと輝く。
まるで、天使のようだと俺は見惚れてしまっていた。
それからしばらくは、声をかけることが出来ずに同じ車両内から眺める日々。
勇気が無かったのもあったが、何より他に問題があった。
俺は今年で二十七になる。相手は通常の高校生ならば、十六から十八だ。十近い年の差が俺の行動を阻害していた。
周囲からロリコンだの、変態だの言われるのは構わないが、彼女にそう思われる事が何より辛く、想像しただけで気絶出来る。
そんな日々が続いたある日。帰宅の電車から地元の駅へと降りた時。
「あの……落としましたよ」
俺は、ハッとして振り返ると、そこには俺の定期入れを差し出す彼女の姿が。
一瞬固まってしまった為に、彼女も落とした人が違うのかと首を傾げる。
「あ、ありがと……う」
思わず声が上ずる。こんなに緊張したのはいつぶりだろうか。彼女から定期を受け取る手が震えていた。
しかし、彼女はそんな俺を見て口元に手を当てて「ふふっ」と笑う。
その笑顔たるや、なんと愛らしいのか。
そもそも彼女は、この駅で降りる訳ではない。あと、二つ先の駅のはずだ。
以前、この日のように帰りの電車が同じになり、どの駅で降りるのか気になって降りる駅まで電車に乗って知っていた。
わざわざ俺なんかの落とし物の為に、用の無いこの駅で降りてくれるとは。
その日から、互いに朝の通勤通学で見かけると会釈をする程度にはなっていた。
たまに、すれ違う時に「おはよう」と声をかけることも、しばしば。
ただ、それ以上の行動は出来ずにいた。
俺が歩く道にはモーゼの十戒のように、その筋の人ですら避けてしまう程の強面。それが、この俺、四弐神亨だ。
学生時代の渾名は、死神通る。
鋭くつり上がった目付きは両親ですら恐れ、現在会社でも声をかけるには、一度前に回ってからという決まりを義務付けされるくらい。
家に帰る度に彼女の顔が目に浮かび離れない。1LDKの暗い部屋の片隅で彼女を想いながら缶ビールのタブを開き喉を通す。何をしても思うは、彼女のことばかり。
頭がおかしくなりそうなほど、愛おしい。
そして俺は意を決して彼女に告白する事を決めたんだ。
◇◇◇
意を決してから一週間。彼女は、いつもの朝の通学する時に乗る電車に、この一週間乗っていなかった。
仕事帰りに彼女の家の最寄り駅だと思われる駅でも待って見たが姿を現さなかった。
以前この駅で降りたのは、偶然だったのか。
もしかしたら、俺の気持ちを知っていて電車の乗る時間帯を変えたのだろうか。
──たかだか、定期拾ったくらいで馴れ馴れしくするな!
──ジロジロ私を見て、キモいんだけど。
──その面で見ないで! 怖いのよ!
想像の彼女が発する言葉が俺の心に次々と突き刺さる。
俺は心が張り裂けそうになる。
心労で、俺は殆んど眠れずに今日も会社に行く為に、いつもの電車に乗り込んだ。
そこには、いつものように扉の側で両手で鞄を持って淑やかに立つ彼女がいた。
彼女は、俺を見るなり会釈をしてくれた。
「あの──大丈夫ですか? お疲れのようですけど」
「あ……だ、大丈夫です」
久しぶりに会話したことで、俺の心は癒されていく。
失いかけた決意が戻ってくる。
そして俺はこの日、会社に体調不良で早退して彼女が降りる駅で待ち伏せする。
幸いこの駅の入り口は一つしかなく、階段を降りた先で陰に隠れて彼女が帰って来るのをじっと待つ。
日が傾き始めて、空がオレンジ色に染まると、まだ肌寒い季節だと自覚する。
階段から次々と乗客が降りてくる。
この電車も違うのか、そう思った時、一つの伸びた影を連れて彼女が階段を降りて来た。
俺の心臓の鼓動が騒がしくなる。彼女が一歩、また一歩と近づいてくる度にその音は喧しく鳴り響く。
そして彼女は俺の横を通り過ぎると、俺は物陰から現れて背後から声をかけた。
「はい?」
くるりと振り返る彼女の靡く金色の髪が、夕日に照らされて輝く。
彼女は俺が背後から声をかけたにも関わらず、驚くことなく此方に天使のような笑顔を見せた。
俺は生唾を一つ大きく飲み込んで、勇気を振り絞る。
「好きです。お、俺と付き合って貰えませんか?」
彼女のブルーサファイアのような輝く瞳の目は、大きく見開かれて俺の方をじっと見る。
その瞳から俺は視線が外せなくなり、恥ずかしくて俯くことも出来ずに、彼女の言葉をそのまま待つ。
背中は、既に汗でびっしょりと濡れており、肌寒い気温も相まってひんやりとしていた。
「あの、お気持ちは嬉しいです。けど、私……私、ヒト殺しなんです。だから、貴方とお付き合いは出来ません。ごめんなさい!」
彼女は鞄を前に持ちながら深々と俺に頭を下げた。断られることは想像したが、よりによって人殺しなんて嘘で断られるとは思いもしていなかった。
だから俺は咄嗟に「お、俺も人殺しだから! 大丈夫、何があったのか知らないけど俺が、俺が君を守るから!!」って訳のわからない嘘をついてしまった。