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自称『転生者』は手に負えない

作者: 浦ザシキ

 近頃悩みが尽きません。

 

 まっとうに生きていれば、それなりに苦難に当たることもあるし、成功の陰には、想像を超える努力が要求されるというのは当然の話です。

 だから、今私が苦労をさせられているという状況は、決して悪い側面ばかりではないです。しかし、勿論いい側面だけでもありません。

 

 正直なところを言わせてもらえば、私が今強いられている苦労が果たして将来の成功や私の成長にプラスになるかと言えば、全くそうは思えません。

 この仕事に就く以前。まだ学生の頃は、私もそれなりに熱い志を持って仕事に臨む自分を想像し、士気を高めてきました。多少の問題が起こっても、対処できるだけの度量と実力が備わると信じて、私は私ができることを着々と積み重ねてきたつもりです。

 

 ですが、この子供は、常軌を逸しています。

 一般的な家庭に生まれ育った一人の子供が、どうしてこのような有様になるのか。困惑どころではありません。この子供を育ててしまった親、生んでしまった彼らに同情を禁じ得ないのです。


 今も私は彼の部屋で、彼の前に本を広げ、いろいろと教えていますが、彼は全く話を聞いている様子がありません。いつもいつも、何か考えているふりをして指で遊んでいます。

 考えている様を装ってはいますが、どう見ても有益なことを考えている顔ではありません。ただの呆けた表情です。


「なにをしているのです」

「なんとかなります」

「答えになっていません」


 意思の疎通が困難です。

 彼は何をするにも必ずと言っていいほど一人を好みます。そして、大したことのない成果、例えば彼と同世代であれば簡単に身に着けられるような魔法を会得しては、それを隠し、しめしめと優越感に満ちた笑いを浮かべます。そして時々私の前に姿を現しては、見たいですか?見たいですか?とにやにやしながら近づいてきて、えい!と手のひらからコップ一杯分くらいの水を生み出すと、どうだ見たか!と叫んでどこかへ走り去ります。


 一体何がしたいのかわかりません。

 もしかすると私に自力で体得した技術を見せて褒められたいのかもしれませんが、私が教えれば初日でできるようになる程度の初歩の初歩です。その程度では褒めようがありません。


 ある時は、自分は字が読めると嘯いていたので、試しに私の私物の魔法書を見せると、途端に目を点にして無言になり、そんなわけない・・・と焦りを隠せない様子でぶつぶつとつぶやいたりします。


 挙句の果てに、自分の正体を『転生者』だというのです。

 妄想もここまでくると深刻な病気です。


 そりゃ、まだ片手で数えられる年齢の子供にしては、やたら核心を得たようなしゃべり方をしたり、理不尽に泣きわめくこともありませんし、多少の妄想もよくあることではあります。


 私は、国立の魔法学校を卒業して、富裕層の家庭の子供たちに対して魔法を教える家庭教師をしています。卒業して以来ずっと続けている仕事ですから、かれこれ10年になるでしょうか。当たり前ですが、この程度のキャリアでベテランとは言えません。魔法の深淵は深く果てしない先にあるのですから、私のような若輩では、教えられるのは簡単な、基礎的な呪文だけです。


 私は彼の挙動を見て思い出します。

 この年でそんな振る舞いができるのは、良くも悪くもあり得ないのですが、やはりそうとしか思えないのです。

 私は彼のような行動をとる人間の種類には心当たりがあり、実体験があります。

 それは大学時代。

 私の同期にも数人、そして上級生にも数人見られた、ある決まりきったタイプの一つです。


 すなわち、自分がエリートであると信じて疑わず、その実大した実力も才能も努力の積み重ねもない種類の人間です。

 これだけであれば、ただの使えない人間ですが、えてしてこのタイプの人間は、他人に対して、自分のほうが圧倒的に優れているという、(タチ)の悪い自尊心があるというのが厄介なところです。

 エリートでもないのにエリートのプライドを持つ一般人ほど、使い物にならず、それでいて、他人の気持ちを逆なでする存在はあり得ません。多くが、最終的に表舞台から消えるか、森へ引きこもってしまいます。


 私は、そんないやらしさ、どうにもならない性格の残念さを、教え子たる彼から感じるのです。


 どうも、自分の存在を、何か神がかりに素晴らしいと勘違いしているのではないでしょうか。そうとしか思えません。


 本来であれば、そのように道を踏み外している子供を教え導くのが私の仕事でしょう。また、私はそれを目指して教師という仕事についているといっても過言ではありません。

 しかし、私から逃げ、授業をさぼり、時折現れてはつまらない努力の成果を見せつけて去っていく子供を見ても、正直庇護欲は全くわきません。

 いらいらします。

 不愉快です。


 ・・・やはりだめですね。隠し通せるようなことではありません。


 自白します。正直に述べます。

 私はあの子供が嫌いなのです。

 そうなのです。今まで理知的であろうと、なるべく感情を排するような書き方を心掛けてきましたが、やはりこれ以上は無理です。


 私はあの子が嫌いです。

 家庭教師をやろうと考える程度には、子供が好きな私です。これまで問題児と言われるような子供たちとも合いましたし、優秀な子供たち、ひたむきな子供たち、少数ですが、そこ意地の悪い目箸の利く子たちとも膝を突き合わせて、勉強と向き合わせてきました。

 どの子たちも、最後にはそれぞれの良いところを見つけることができ、まずまずの良い関係を構築できたと自負しています。


 しかし、彼に関して、私は良好な関係を作れてはいません。

 というか、そもそも関係を良好にしようという気が全く湧かないのです。

 

「今日は、教科書のここから行きます」

「やだ」

「これをこなさなければ、あなたの同年代たちと、魔法の技量で相当の開きが生まれてしまいます」

「大丈夫です。きっと何とかなります」

「努力しなければ、それはあり得ません」

「何とかなるようになってるんです。うるさいなぁ・・・」


 もう、うんざりとでも言いたげに白目をむく生意気な子供に対して、私は殺意を覚えますが、ここは押さえます。しかし、このようなやり取りが何度も続くのです。正直我慢も限界を迎えつつあります。


「また、できるようになりましたよ」

 駈け寄ってきたのは例の少年です。

 一見普通に町や村で見かける子供のようですが、内実は全く異なります。

 現に今、私のもとに駆け寄ってきたときの表情は、とてもこの年の子供のものではありません。

 

「できるようになった、というのは結構ですが、今日は植物学の座学のはずです。またさぼる気ですか」

「まあ、見ててください」


 私の話を全く聞かない高慢な態度に辟易しますが、彼は得意になって私に習得したという魔法を見せます。

「は!」

 人差し指からマッチの火のような、微弱な明かりが見えました。


 私は試しに尋ねることにします。

「依然見せてくれた水をだす魔法は使えますか?」

「もちろん。ほら」

 手の光を消すと、今度は手のひらを上に向け、ぶつぶつ言いながら私を見ます。

 水を出そうとしているようです。

 私は待ちます。

 そのうち、彼は焦りの表情を見せ始めました。冷汗がたらたらと流れてきます。

 見るも無残。少し滑稽に思ってしまう私は、彼の家庭教師としては完全に失格ですが、少しぐらい留飲を下げたところで罰は当たらないでしょう。大人気はないですが。


「・・・でない」

「当たり前です」

 私ははっきりと告げます。

「魔法には属性がいくつかあり、一人一属性というのが基本です。あなたは以前水属性の魔法を使ったのに、今は光属性の魔法を使っていました。以前の属性が上書きされ、また一から学び直さなければならなくなるでしょう」

「そんな」

 絶望に打ちひしがれ、彼の内心の公算がみるみる崩れていくのが見えます。

「じゃあ、いくつも一人で魔法を使うのは無理なのか」

「無理ではありません」

 彼は私に対して、というか周りにいる目上の存在に対して、全く敬語を使いません。これを治す前にやることが多すぎます。

「魔法の使い方を基礎から学び、それぞれの属性に共通する魔力の流れを会得するのです。そうすれば、いくつもの属性を同時に操ることができます」

「・・・」

「まじめに基礎からやらなければ、二度手間になるのです」

「じゃあ教えてください」


 言葉はよくとも、いまだ尊大な態度は崩しません。持ち直して、生徒として振る舞うことにしたようです。しかし、ここが正念場なのです。このままずるずると要求に従っては、彼は人間として決定的に歪んでしまいます。

 教育しなければなりません。

「今の内容はひと月ほど前あなたの逃げ出した授業の中で伝えたはずのことです。私はすでに教えています。覚えていないあなたの責任です。少しは反省してください」

「あなた俺の教師でしょ。生徒が教えろと言えば教えればいいでしょう」

 これではいけません。

 私の中の彼の印象を、全く良くすることができません。

 反省しろと促しても何も考えないどころか、今のようなやり取りを何度も繰り返してきました。


 無能。という二文字が私の脳裏によぎりますが、なるべく無視して、真摯な態度を心掛けます。


「人に教えを乞う態度ではありません。目上の人間に対して、最低限度の礼儀は尽くしてください」

「・・・どうせすぐやめるんだから。転生者の俺には才能あるに決まってんだから、ちゃっちゃと教えてくれればいいんだ」

また何かボソボソと言っています。

「なんですか?」

「ちゃっちゃと教えてください」


 私は考えます。

 これは果たして割に合う仕事なのかどうか。

 日給いくらかで彼を教えることで、私の時間という資産が失われるわけですが、失われた時間と得られる給料が釣り合っているのか、私は計算します。

 そしてそれはすぐに完了しました。

 

 ありません。

 価値などありません。


 彼と付き合うことで私にメリットは一つもありません。ひたすら時間を浪費し、心に不愉快な感情を貯金し、更生の芽のない生意気なガキに構っている余裕はありません。

 時間は有限なのです。


 私はさらに考えます。

 この仕事を完遂する。すなわち、彼をまっとうな人格に矯正し知識を与え、私の教師としての本来の役割を全うすることと、それを投げ出すことに関する、私のキャリアの差を考えます。

 この子供をたたき直すことができれば、私は相当な実力をつけることができるでしょう。向かうところ敵なしで、どんな問題児とも渡り合っていけるような気がします。それは確かです。


 しかし、今の私には、少なくとも、その実力は無いように思えました。客観的に見て、私の教師としての資質に、私自身が疑いを感じ始めていました。

 私が今まで教え諭してきた子供たちは、みな基本的には良い子でした。しかし、それは私にとって良い子であった、ということ以上の意味は持ちません。私は、無意識に子供を差別し、選別し、選び取って仕事をしてきたのではないか。


 考えれば考えるほど、この考えは正しいように思えてきました。

 自分にとって都合の良い子供だけを教えていれば、それは楽しいでしょう。何せ、自分の操り人形なのですから。

 しかし、マリオネットを作ることが教師の仕事ではありません。どのような子供にも、平等に知識や体験、人格を授けなければいけないのです。


「聞いてます?」

 彼が私を見ています。苛立ちを隠そうともしない、偉ぶった目です。

 私は正直に話すことにしました。

 覚悟はできています。

「よく聞いてください。私はあなたの家庭教師を辞めます」

「あ!?」


このタイミングでそう来るとは思わなかったのか、ひどくガラの悪い返事が飛んできました。


「私ではあなたを教え導くことはできません」

「・・・」

「私はどうも、あなたのことを好きにはなれないようです。私はあなたの教師にはなれそうもないし、あなたも私の生徒になる気はないでしょう」

「ああ・・・そう。勝手にしてください」

 彼は一瞬驚いたようですが、すぐに私に興味を失ったようで、さっさと部屋を出ていきます。

 

 扉を開く寸前、私は彼に向けて言いました。


「いいですかよく聞いてください。

 今まで私はあなたの将来のために、基礎的な知識や技術を伝えようと、それなりに努力してきたつもりです。しかし、それは全く身を結びませんでした。私の努力が足りないといわれればそれまでではありますが、他の家庭教師ならば目標を達成できるというのは同意できません。私以上の家庭教師は、相当値が高いので、あなたには勿体ない。猫に小判を与えたところで、意味ある結果にはなりません。


 あなたはどうも、自分を特別だと信じているようですね。

 いいですか、それは間違いです。大いなる勘違いなのです。


 確かにあなたは、年齢不相応な落ち着きをもって、人の話を聞く力と、理知的な思考能力があるようです。しかし、言ってしまえばそれだけなのです。

 人間だれしも、年を取ればその程度誰でも身に付きます。

 そもそも、あなたはまっとうな思考能力を持ちながら、人の話を全く聞きませんよね。私はやる気を失いました。


 あなたのように、自尊心ばかり強く、自身の能力を過信して他人を見下す残念な性格の持ち主に、この先良い未来などあり得ません。

 誰からも助けられないまま、せいぜい穴にこもって自身で作った夢の国の妄想でも膨らませていてください。

 

 それではごきげんよう」


 彼はそのまま、私のもとを去りました。私が彼の両人に挨拶へ行くと、彼らはすまなそうな顔をして、こちらを見ていました。


 私はその後の彼の消息を全く知りませんが、『転生者』を名乗る人間の噂を聞くことは、二度とありませんでした。


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