魔王討伐の旅ーアールクタスの脱出劇編ー
遅くなりましたが更新です。
かろうじて残った門を通り、アールクタスへと入る。四方八方から押し寄せてくる熱気と炎をかきわけて進んだ。少人数だからこその強行軍である。どうやら、魔王軍は、外周部に火をつけたようだ。内部はそこまで酷い火事にはなっていなかった。炎に怯え、パニック状態になった人々が集っている。
「ちょっと様子を聞いてきます」
くじらがそう言って、比較的落ち着いている人に事情をたずねに行った。
「どうやって避難させるんですか!? こんな人数、連れ出せないですよ!」
ナウヌの悲痛な叫びに、私もうなずく。
「あまり興奮しないで。落ち着かないと、できるものもできなくなる」
クローノスの言葉に、私たちは顔を見合わせる。
「で、でも……」
反論しようとした私を、戻ってきたくじらがさえぎる。
「いいですか、ここにいるのは、この人たちだけだそうです。ですから、地下水路を使って避難をさせます。誘導をお願いしますよ」
早口の指示に、私は目を瞬かせた。
「え、だって地下水路にそんな太さは……」
「動物になれば、通れます。私が先導しますから、ついてくるよう言ってください」
言うが早いか、くじらが手近な井戸に身を踊らせた。人間の姿で地下まで下り、その後は犬の姿へ戻るつもりのようだ。クローノスが、一人ひとりに声をかけていく。
「あの井戸から逃げてください。先に行った人についていって」
私とナウヌも、慌ててそれにならう。まず、近くにいた、うさぎ耳の獣人に知らせた。
「地下水路を使って避難してください」
その人が振り返る。表情を引き締めて、井戸へと向かった。それを見送る間もなく、次々と人々に知らせなければならない。
「そこの井戸から、前の人に続いて避難してください」
「えっ……」
戸惑う人には、特効薬を付け足す。
「先頭は勇者様です。安心してください」
この言葉は、絶大な効力をもたらした。一も二もなく、人々が飛び込んでいく。
「カズネさん、ナウヌさん。そろそろ一つじゃ足りなくなってきたので、ナウヌさんに先導してもらって、他の井戸も使い、人々を分散させます」
「わかりました、道順を教えてください」
ナウヌはもう全く怯えてなどいない。勇者の仲間である、という誇りに顔を輝かせ、与えられた任務を懸命に果たそうとしていた。
「そこの井戸から出る地下道は、一本しかありません。まっすぐ進んでいって、一番最初の角を右に曲がれば、勇者様のいる管と合流します。水は、顔を出せる程度です。それに、昨日の大雨は、ここでは降っていないようなので、流されることはないでしょう。ですが、くれぐれも気をつけて。幸運を祈ります」
クローノスの指示に従い、ナウヌはうなずき、すぐさま地下道に向かった。
「さあ、どんどん呼びかけなければ、火が迫ってきます」
確かに、鼻をつく焦げくさい匂いが、少しずつ強くなっている。私は、声かけを再開した。
「あの井戸から逃げてください。勇者様の仲間についていけば大丈夫です」
100人近くに声をかけただろうか。気づけば、人の姿はほとんどなくなっていた。残ったのは、地下水道を通れない、大柄な数人だ。
「やれやれ、ほとんど行っちまったなあ」
「ほんとだねえ。でもみんな、無事に逃げられそうでよかったよかった」
少人数になったせいか、雰囲気は穏やかになっていた。慌てることもなく、迫り来る火を見つめている。
「残りの皆さんは、少しでも火の勢いが弱いところを選んで、強行突破です」
クローノスが、まさかの力技を提案する。といっても、それ以外に選ぶ道はないだろう。
「まあ、そうなるねえ。獣になって、水を被れば、まあいけなくもないだろうさ」
「もちろんだ、さあ行くぞ」
水という名の鎧をまとった大型動物たちが、一斉に火に向かって突進する。私たち二人が残された。
「やれやれ、みんな助かって、何よりです」
クローノスの言葉に、私は慌てる。
「え!? 私たちは脱出できないじゃない」
「そんなの、俺に乗るだけで終わりですよ」
巨大なカラスになったクローノスが、私に乗り込むよう催促する。さすがに申し訳なかったが、そっと背中に乗り込んだ。つかむ場所に迷い、結局首にしがみついた。
「それじゃあ行きますよ」
地面を蹴ったクローノスが、ふわりと大空に浮かび上がる。高度は見る間に上がっていき、すぐさま熱気を感じなくなった。籠に乗るときよりもずっとたくさんの風が、横をすり抜けていく。先程まで熱気に包まれていたせいもあり、寒いくらいだ。
火の壁を文字通り飛び越えて、私たちは脱出した。
逃れた人々が、ほっとしたようすでお互いの無事を喜んでいる脇へ、私たちは舞い降りた。くじらとナウヌを中心にして、人々が集っている。
「ねえ、こうやって見ると、第二の都市ってわりに、人がいないね」
隣にたたずむクローノスに、そう問いかける。
「そりゃあまあ、魔王軍が来たって時点で多くの人が逃げ出しましたし、鳥人たちは、飛んで逃げられますからね。逃げそびれた一部の人々だけでしょう。一箇所に固まっていたのですから、とうとう逃げ出そうとした矢先だったんでは?」
彼は肩をすくめてみせる。私は納得の息を漏らした。
「それと、魔王軍の姿が見えないけれど、もういないのかな」
「火をつけた途端に自分たちが巻き込まれないよう退避したんでしょうね。多分、奪略に割ける人手はもうないんでは? それか、魔王軍にとって大切ななにかが迫っていて、急いでいる、とか」
「魔王軍にとって、大切ななにか、ねえ……」
そんな会話の一方で、群衆を連れ出したくじらとナウヌは、熱狂的な歓迎を受けていて、とうてい抜け出してこれそうにない。ここからは人々に遮られて見えないが、もみくちゃにされていそうだ。
「何はともあれ、助け出せてよかった」
「その通りです」
隣に立つ人の黒い瞳は、はるか彼方に沈む夕日を捉えていた。
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