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魔王討伐の旅ークレイラノでの一部始終ー

 エムアから出た私達は、整備された街道を東へ進んでいた。


「魔王のいる場所の当てはあるの?」

「ないです。とりあえず、暴動を一つひとつ抑えていくしかないでしょう。ナウヌ、どこで反乱が起きているのだ?」

「私が都へ戻る途中のクレイラノで、結構な数の羊が街を占拠していました。近いので、まずはそこに行くというのはどうでしょう。何か手がかりがあるかもしれません」

「では、クレイラノに向かいましょう」


 聞くところによると、クレイラノは街道沿いのなかなか大きな都市で、エムアにも匹敵する栄えぶりだという。エムアが廃墟と化した今、中心となる都市はそこだと言って良いらしい。ただ、この国の仕組みもよくわかっていない私では、それがどのようなことを意味するのか、全く推し量れない。


 少しずつ足を進める。二人は獣の姿になったほうが楽そうだが、そうならないのは私に気を使っているのだろう。申し訳なくなってきた。そんなとき、光が遮られて足元に影が落ちた。空を見上げると、いつか見た巨大なカラスがいる。


「もしかして、クローノスさん?」


 空を見上げてたずねると、相変わらずのがあがあ声が返ってきた。


「これはこれは、いつか見たカズネさんと、くじらさんではないですか。エムアは大変なことになっちまいましたねえ。おや、そちらは?」


 黒々とした瞳の先には、ナウヌがいる。


「エムアの神官の生き残りのナウヌです」

「そうですか、それはお気の毒に。皆さんでどこに向かわれるんです?」


 ばさりと羽音を立てて着地したクローノスは、タラートムに行く途中で見た青年の姿となる。黒々とした翼が懐かしい記憶を鮮明に思い出させた。


「クレイラノです。魔王のいる場所が分からないから。何か噂でも良いから知りませんか?」


 くじらの問いに、クローノスは首を振った。


「申し訳ありませんが、存じませんねえ。クレイラノもかなり酷いことになってますが。もしよければお乗せしましょう。エムアの二の舞にはなってほしくありません」


 ありがたい言葉に甘え、乗せてもらうことにする。巨大カラスの運ぶかごに揺られ、私達はクレイラノへと向かった。


 エムアに匹敵する栄えぶりというのは嘘でも何でもなく、確かに活気のある街であることが伺えた。ただ、すでにところどころから火の手が上がっており、急いで止めなければエムアと同じように廃墟と化することは必至と見える。動物なのに、火を恐れないのだろうか。


「クローノス、世話になりました。代金は……」

「ああ、構いませんよ。クレイラノは焼け跡にするにはあんまりに惜しい。ただでさえエムアがあんなことになりましたからね、代金は遠慮しておきます」


 くじらにクローノスは首を振った。


「その代わりと言っちゃあなんですが、ご一緒させていただいてもよろしいですか。今後足、というか翼は必要でしょう。反乱が収まったとき、勇者の一行の中にいたとあれば、誇りに思いますからね」

「え、本当? クローノスさん、一緒に来てくれるの?」


 楽になる今後の旅程を思い浮かべ、思わず喜びの声を上げてしまった。そんな私を見て、くじらが苦笑する。


「わかりました、では、クローノスにも一緒に来てもらいましょう」


 そう言うと、表情を引き締める。辺りを見回し、魔王軍らしき人影を見つけると、つかつかと歩み寄った。


「おい」

「へ?」


 羊の角が生えている。やはり、羊が中心となって起こしているというのは事実のようだ。


「魔王はどこにいる。どうしてこのようなことをしている?」


 鋭い眼光に射抜かれて、運の悪い羊の獣人は、本能によるものか、ぶるぶると震える声で答えた。


「ま、魔王様の、い、居場所、は、存じ上げません!! じょ、上司であるっルエム、様の、し、指示にっ従った、だけで、ございます!」

「そのルエムとやらはどこにいる?」

「す、すでにここにはいらっしゃいません、一部の兵を引き連れて、アールクタスに行かれました」


 くじらはここまで聞くと、急に姿を犬に変えて、吠え立てた。羊も姿を戻し、駆け出す。本部に向かって逃げているようだ。くじらはそれを追っている。


「ここで待ってればいいかな?」


 私のつぶやきに、ナウヌが首を振った。


「私が、あの二人がどこに行ったのか確かめて参ります。分かったらすぐに戻りますね」


 言ったが早いか、牝鹿に姿を変えて駆け出す。すでに小さくなった羊と犬との差をぐんぐん縮め、やがては3匹揃って姿を消した。


「やれやれ、ですね」


 取り残された私たちは顔を見合わせて苦笑する。


「クレイラノはどれくらい広いのですか?」

「エムアより一回り小さいくらいです。羊の逃げる先によっては、かなり待たなければならないかもしれないね」


 クローノスの言葉に私は肩をすくめ、道路の隅に腰を下ろした。クローノスがその隣に座る。


「クローノスさんはどこからいらっしゃったんですか?」


 暇つぶしに、話を振る。クローノスは、滑らかに答えた。カラスのときはがあがあ声だけど、青年の姿をしたクローノスの声はなかなかの美声だと思う。


「俺は、タラートムの先の方の田舎に生まれたんです。兄弟は5羽でしたが、人間になれるのは、俺と、末の妹のミアンだけでした。俺はまあこの通り、運送業なんてものをやらせてもらってますがね、ミアンは魔王軍にさらわれて、今はどうしていることやら」

「え、魔王軍にさらわれた!?」


 クローノスは後悔と懐かしさの入り混じった表情を浮かべる。


「俺の村、サオムにも魔王軍がやってきたんです。ミアンは、俺たち家族の命と引き換えに、魔王軍に連れて行かれました」


 彼の黒々とした瞳に、かすかに怒りの赤が混じったように見受けられる。私は、何を言えばよいのかわからず、ただうつむいていた。


「そんなわけで、俺はみなさんと一緒に魔王軍を討伐したいと思ったんですよ。あ、戻ってきたんじゃないですか」


 顔を上げると、ナウヌらしき鹿がこちらに向かって駆けてきていた。人の姿に戻ると、首をかしげる。


「あれ、なにかあったんですか?」


 表情が暗いのかもしれない。私がなんと答えようか思案しているうちに、クローノスが素早く答えた。


「何でもないです。本部の場所はわかりましたか?」

「はい! あの羊を追っかけたら、塔のある建物の中に入っていきました。今、勇者様がそれを追っています。私はとりあえずお二人に知らせようと、戻ってきました」


 ナウヌが、はきはきと答える。それを聞いて、私たちは頬を緩めた。


「あの塔です。ご案内しますね」


 ナウヌが指さした塔に向かって、歩き出す。見るだけなら、すぐに着きそうに見えるのに、意外と距離があった。



 どうやら、その塔はここ一帯の政治を司る場所だったらしい。クレイラノの中でも一番大きな建物のようだ。立派な扉がついていたのであろう玄関は、破茶滅茶に壊されている。


「素敵な建物だったのに、残念ですねえ」


 クローノスがつぶやく。


「中に入ってみますか?」


 ナウヌがたずねる。私が答えようとした矢先、ほこりと、羊の毛を体にまとったくじらが犬の姿のまま玄関から顔を出した。その後ろには、大勢の羊を従えている。


「とりあえず、制圧は終わりました」


 くじらが犬の姿のまま、報告する。羊の鳴き声がうるさいので、私は声を張り上げた。


「分かった。魔王の居場所は?」

「いいえ、それはまだです。ただ、ちょっと気になるものがあったので、お手伝いしていただきたいのです」


 くじらはそこまで言うと、後ろを振り返り、わんわんと吠えた。怯えた羊たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。押しつぶされないように、くじらがこちらに駆けてくる。人へと姿を変えた。


「お疲れ様」

「犬に対しては従順ですからね。助かります」


 くじらはそう答えて、手招きをした。それに従い、建物の中にはいる。薄暗い室内は、どことなく中世ヨーロッパの面影を感じさせた。


「見てください。この机に開いた穴」


 薄暗くて見えにくいが、確かに針で刺したような穴がところどころに開いていた。


「でも、これだけじゃ何も分かりませんよ」


 ナウヌが眉をひそめる。私もうなずいた。


「そうだ、だが、これを、穴が合うようにその机に重ねてみてくれないか。俺が来たときには、重なっていたんだ」


 そういってくじらがナウヌに手渡したのは、一枚の地図だった。赤い点が一つ記されている。


「こんな感じですかね……?」


 ナウヌがそれを机の上に広げる。確かに、穴の位置と紙に開いた穴が重なっていた。


「これ、前に襲撃した都市と一致してんじゃないですかい?」


 クローノスが驚いたように声を上げ、翼をばたばたと動かした。ほんの少し宙に浮いたように見えるのは気のせいではないだろう。


「その通りです。エムアも、タラートムも、このクレイラノも、印がついている。そして、これまでに私が制圧を頼まれた都市も、例外なく穴が開いています」

「ほんとだ! じゃあ、この赤い点は魔王の居場所だったりするのかな?」


 私がたずねる。その赤い点は、シレルオという村を示していた。


「その可能性は高いと思います。ちょうどアールクタスも行く途中にありますから、行ってみましょう」


 アールクタス、どこか聞き覚えのある地名だが、何で聞いたのだったか。頭の上で疑問符を浮かべる私と異なり、他の3人はすぐさまうなずいた。


「あ、アールクタスってどこだっけ……」


 みんなの記憶力が良いのだ、きっとそうに違いない。


「はあ……最初に出会った兵士が、軍勢が向かっている都市として挙げたじゃないですか」


 くじらが心底呆れたようにため息をつく。


「あ、あー! 思い出した!」


 ぽんと手を叩く。周囲の冷たい視線はなかったことにした。



 クレイラノは、くじらが着いたのが間に合ったこともあり、エムアと比べれば被害は皆無に等しかった。確かに、ところどころが燃やされていたり、食べものが盗まれたりはしていたが、住人たちの尽力のおかげで、何とか復旧できそうだ。私たちは、そんなクレイラノの住人たちから、礼としていくばくかの食料を受け取り、アールクタスに向けて旅立った。

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