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再びの召喚

おまたせしました。久しぶりの投稿となります。

 いつかまた、異世界に召喚されるのではないか。そんな期待と不安の入り混じった気持ちを抱えながら、私は日々を過ごしていた。


 3ヶ月ほど経ち、すっかり春になった。夢として受け入れ始めたころ、それは再び起こった。前と同じように、散歩の途中。くじらが前に光る魔法陣に身を踊らせた。決して離すものかと、手に力を込める。何が起こるかわかっている分、落ち着いて対応ができた。


 同じように、目も開けていられぬほどのまぶしい光に包まれる。全く音のない世界。


 そっと目を開けて、広がった光景に私は唖然とした。隣に立つ青年ーくじらーも、同じようにぽかんと口を開けている。


 青空の下に、あるはずの神殿はなく、私達を囲んでいるはずの黒マントも一人しかいない。そして、建物の廃墟が続いていた。私が来たのは一度だけだが、何度も召喚されているはずのくじらも同じように驚いているところを見れば、これは異常といって良いのだろう。


 はっと我に帰り、くじらのリードを外す。そして、この状況を説明してもらおうと、ただ一人の黒マントに駆け寄った。彼は、私たちがきちんと召喚されたことを確かめて安心したのか、膝から崩れ落ちてしまった。

 続いてやってきたくじらも、困惑している。


「ねえ、どういうことだと思う?」

「わかりませんが、エムアが大きな打撃を受けたのでしょう」


 とりあえず、目の前の黒マントをなんとかしなければいけない。そっと揺すってみたが、気づく気配はなかった。ふと不安になり、そっと口に手をかざす。吐息が感じられて、肩の力が抜けた。


「この人が目覚めるまで待つしかなさそうですね」

「うん……」


 二人で腰を下ろす。どうやら魔法陣のある床は残っているようだ。本当に何が起こったのだろうか。


「私と一緒に召喚されてから、どれくらいくじらはこっちに来たの?」

「5,6回でしょうか。確かに、魔王の脅威が迫っていることには焦っていましたが、まさかこんなことになるとは思いもよりませんでした。つい1週間前に来たときには、無事だったのに」


 そう言うくじらの顔には、勇者としての責任を果たせなかったことに対する後悔がありありと浮かんでいた。


 眩しかった太陽が、やがて沈みかけるころになって、黒マントが身じろぎをした。


「あっ、気がついた!」


 そっと体を起こしてやる。フードが外れて顔が顕になった。頭の上に耳が生えている。そして、顔立ちは明らかに女の子のものだった。私よりも、少し年下に見える。


「鹿の獣人でしょうか?」


 くじらがつぶやく。確かに、その子の耳は鹿のものに見えなくもない。


「う、う~ん」


 女の子が目を開ける。慌てて彼女は座り直した。


「た、大変失礼いたしました!」


 まさかの第一声に、私達は目を丸くする。


「こちらからお呼び出しをしたにも関わらず、ご迷惑をおかけして申し訳ありません!」


 更には頭を下げられる。私達は困って顔を見合わせた。


「え、えーと、そんなに困ってないから、大丈夫。私は、カズネ。あなたはなんていう名前なの? 他の神官の人たちは?」


 私の問いに女の子は、一つうなずいて答えた。


「私は、ナウヌ、といいます。見ての通り、鹿の獣人で、神官の見習いをしていました。ですから、勇者様はお気づきにならなかったと思うんですけど、何回かお会いしています。そちらの方が召喚されたときも、お目にかかりました。

 実は、前回勇者様がいらっしゃって東の方の反乱をいくつか抑えていただいたあと、魔王が急に動き出したのです。あっという間に、エムアにも魔王軍がやって来て、街に火をつけました。なんとかこのようになる前に勇者様を呼び出そうとしたようです。

 というのも、私はたまたま田舎に里帰りしておりまして、からくも難を逃れたのです。帰ってきたときに残っていたのは、息もたえだえといった様子の神官の方数人でした。その方々が死ぬ間際に注いだ力と、私の力で勇者様を呼び出したのです。私の力はまだ未熟でして、本来なら神官の方が十数人で行う儀式を、わずかな人数で行わねばならず、あのように倒れてしまった、というわけです。本当に申し訳ありません」


 ナウヌは、その目をうるませる。


「そういうことだったか。では、私はいよいよ魔王に決戦を挑まねばならない、ということだな」


 くじらは、そう言ってうなずく。


「死んでいった街の者のためにも、どうか、そのお力をお貸しいただけないでしょうか……」


 ついに、ナウヌの目からしずくが落ちた。


「もちろんだ、大変なときにここにいなくて済まなかった」


 ナウヌはしばらくその場で泣きじゃくっていたが、やがて立ち上がった。


「と、とりあえず、今日は、お休み、ください。い、今、食べ物を、も、持って、参りますね」


 嗚咽をこらえるナウヌの姿があまりにも健気で、私は慌ててそれを止めた。


「ナウヌちゃん? でいいのかな。ここで休んでて。どこに食べ物があるのか聞いて、私が行ってくるよ」

「な、ナウヌ、と、呼び捨て、に、して、いただいて、構いません。た、食べ物は、その、建物のところ、に……」


 神殿の廃墟の影に、崩れないで建っている建物があった。食料庫のようなものに見える。きっと神殿の廃墟に遮られて、火が届かなかったのだろう。

 その中に入り、食べられそうなものを探す。窓から入る月明かりを頼りにするしかなくなっていたから、かなり苦労した。

 何とか食べられそうなものを近くにあったバスケットに入れて、持っていく。


「あ、ありがとう、ございます」


 ナウヌは、丁寧に礼を言ってくれたが、くじらは、私が座るのも待たずにバスケットをひったくり、中のものをがつがつと食べ始めた。全く、相変わらずだ。ナウヌが勇者の実態を知って、驚いている。


「さ、ナウヌも食べて。お腹空いたよね」


 さっとくじらの元からバスケットを避ける。不満そうにくじらはこちらを見た。


「あんたが食べると私とナウヌの分がなくなっちゃうでしょ」


 そう言って、バスケットの中のものを頬張る。ナウヌは、くじらのことを気にしつつも、食べ物に手をつけた。といっても、そこまで食べものはない。それぞれ葉物野菜を軽く食べ、人参を半分に割ったものを口に入れると、あとはくじらに譲った。生肉などがあったのだが、異世界初心者の私に火が起こせるとは思えないし、動物は火を怖がるものだ。ひょっとしたら使えないかもしれない。


 食事ともいえない食事を終えると、眠りにつく。念の為、夜番を交代ですることになった。最初はくじらだ。私とナウヌは、硬い地面に身を横たえた。

 疲れていたのだろう、寝苦しい寝床だったにも関わらず、ナウヌはあっという間に寝息を立て始めた。私は、ぼんやりと夜空を見つめる。知らない星ばかりの、知らない空だった。急に心細くなる。温かい家が恋しかった。


「くじら……」


 思わず、呼んでしまう。


「はい?」


 即座に返事が返ってきた。


「いいや、なんでもない」


 家にいるくじらと一緒だ、そう思うと、心なしか、不安が和らいだ気がした。そのまま目を閉じる。今度は、安

心した気分で、ゆっくりと眠りに落ちた。


 ゆさゆさと揺すぶられて目を覚ます。


「カズネさん、夜番お願いします」


 視界いっぱいに、ナウヌの顔があった。どことなく、獣の匂いが鼻をつく。


「お、おはよう……。夜番、お疲れ様」


 私が目を覚ましたのを確認して、ナウヌは身を横たえた。私は襲い来る眠気と戦いながら、夜明けをじっと待つ。幸いなことに、何も起こらないまま、異世界の太陽が姿を現した。


 光を感じたのか、くじらが目を覚ました。そういえば、この犬、家族の中で一番の早起きなのだ。


「おはようございます、ご主人様」


 続いて、ナウヌも目を覚ます。やっぱり獣というのは、体内時計が精密にできていそうである。私もこんな体内時計があったら、毎朝母に怒られるという最悪な寝起きを体験せずにすむのに、とくだらないことを思った。


「ふわあ……おはようございます、勇者様、カズネ様」


 すっきりと目覚めた二人を羨ましく思いつつ、バスケットに手を伸ばす。


「ねえ、食料はどうする? 旅にも持っていかなきゃだめだよね」


 くじらは、あとのことなど考えなさそうで、食べたい、食べたい、という気持ちがぎゅんぎゅん伝わってくる。ナウヌは、軽く考え込んだ。


「そうですね、もう少し食料が残っているはずですから、それを見てから考えましょうか」


 ナウヌについて、食料庫を確認する。


「うーん、どれも悪くなっていそうですね」


 ナウヌが食べものの匂いを確かめながら、眉間にしわを寄せた。


「これとかは?」


 比較的食べられそうな木の実が入ったバスケットを発見して、ナウヌに見せる。


「ああ、これは大丈夫そうです。あとは、これとかですかね? 美味しそうじゃないですか」


 ナウヌが持ってきたのは、木の皮だった。


「え、それは、ナウヌしか食べられないと、思うけど……」


 気づいて、顔を赤くした。可愛い。


「そ、そうでした!」


 その他にも、いくつかかろうじて食べられそうなものをバスケットに詰め込んで、くじらのもとに戻った。


「待てだよ、待て!」


 昨日バスケットを取られたことを思い出し、ついいつもの餌やりをする感覚で言ってしまう。くじらもいつもど

おりに座って、バスケットを持つ私達を見上げてきた。ナウヌが硬直しているような気がするが、きっと気のせいに違いない。


「ちょっとだけだよ」


 そう言って、バスケットの中から木の実を取り出す。くじらは無言でそれを味わっていた。私達も軽く腹に入れると、荷物をまとめる。着たきり雀になってしまうことがどうしても気になるが、獣であり、毛皮の服のようなものをまとっている二人には言い出しづらく、余分な衣服は手に入れられそうにない。諦めるしかないだろう。


 朝日が完全に上り、荒れ野となってしまった都、エムアを照らし出すことには、出立の支度が整っていた。

読んでくださり、ありがとうございました。感想、評価、お待ちしております。次回の更新は、一週間以内にはしたいと思います……。

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