任務完了と一時帰還
行きと同じようにタラートムから鳥に乗せてもらい、都市に戻った。どうやら、その都市のことをエムアというらしい。
私たちが召喚された建物は、神殿のようなものだという。礼拝堂の奥の部屋に敷かれた巨大な魔法陣で、召喚されたようだ。
「ただいま戻りました。タラートムの暴動は大したこともなかったです」
「ありがとうございます、勇者様。毎度毎度、本当に助かります」
黒装束の人物が出迎えてくれた。どうやら、黒装束は神官らしい。
「では、お送り致しましょう。こちらは謝礼です」
そう言って黒装束が差し出したバスケットの中には、高級肉らしきものが入っていた。くじらは顔をほころばせる。まあ、そりゃ人の姿をしているとはいえ、犬だもんな…と遠い目をする私だった。
再び私達は魔法陣に乗せられ、来たときと同じように黒マントに囲まれた。一斉に不思議な歌を歌いだすところは、さすが異世界。と、そんな呑気なことを思っているのもつかの間、地面が大きく揺れた。視界を光が包む。まぶしくて、思わず目を閉じた。
恐る恐る目を開けると、そこは、来る前と同じ、散歩の道の途中だった。はっとして脇を見やると、こちらを見上げる犬の姿のくじらがいる。リードがない。慌てて探すが、見つからない。どうやら、あちらの世界に忘れてきたようだ。私はしかたなく、くじらを抱き上げた。逃げられたら困る。この子はもともと放浪していたところを拾われたらしいので、逃げるかもしれないと言い含められているのだ。くじらは何の抵抗もせず、されるがままになっていた。
…あー、リードのこと、どうやって言い訳しよう。
幸いなことに、異世界に行っている間、こちらでの時間は止まっているようだ。しくみはよくわからないが、行方不明になって捜索願を出される、みたいなことにならないのはありがたい。
「ただいまー」
「おかえりー、あれ、リードをどうしたの?」
「な、なんかなくなちゃって、あはは……」
疑い深い目で見られたことは、言うまでもない。なんとかごまかした私は、くじらの足を拭き、そっと降ろす。くじらはすぐさまケージの中に駆け込んだ。時間的に、ご飯を待ち構えているのだろう。私は苦笑いして、餌入れを手にとった。
そういえば、高級肉、くじらは食べてしまったのだろうか。疑問に思い、くじらを見下ろすが、もちろん答えてくれるはずもない。
白昼夢だったのかとすら疑いつつ、私はくじらの前に餌を差し出した。あっというまに平らげてしまったくじらの顔は、かわいくてたまらない。まあ、なんでもいいか、と笑い、そっとその艶のある毛並みをなでた。本当に、くじらはかわいくて、いい子で……。夢だったとしても、くじらと話せたなんて嬉しい限りだ。そう思い、幸せな気分で私はそっとその晩眠ったのだった。
とりあえず、一段落です。続きは、だいぶあとになるかもしれません。もしよかったら、評価いただけると嬉しい限りです。