勇者というより…
タラートムは、一言で言えば田舎だった。先ほどの都市のように、家々が密集している地域がない。くじらは、しばらく降りた場所に立ち止まって、鼻をひくひくさせていた。やがて、確信を得たように歩き出した。
くじらが足を止めたのは、大きな建物の前だった。おそらく、この辺りで一番大きな建物だろう。何に使う建物なのだろう。教会や寺のような宗教施設か。それとも役所みたいな行政機関か。
「ここは?」
「タラートムの中枢機関です。あちらで言えば、役所、図書館、教会といったところでしょうか」
全部だった。しかも図書館さえ兼ねているという。ここが、『過激になっている』場所なのだろうか。くじらは尻込みする私に構わず、大きな扉を押し開けた。その途端、
「うわあーーーー」
という喚き声が耳を貫いた。私は慌てて耳を覆う。くじらも顔をしかめて耳を伏せた。だが、立ち止まることはなく、そのまま中に足を踏み入れる。もう一つ扉を開けると、そこには溢れんばかりの獣人がひしめいていた。
「な、なにこれ!?」
私の叫びは声にかきけされ、誰の耳にも届かない。
ざっと五百人はいるだろうか。隙間などない。どこもかしこも、埋め尽くされていた。そしてみな、同じようにくるりと巻いた角がはえている。なるほど、これが羊の獣人というわけだ。
「ねえ、どうして、こんなに、興奮しているの?!」
くじらに大声でたずねる。くじらも大声で答えた、
「どこかに、魔王の配下がいるはずです。羊たちを、扇動しているのだと思います!」
くじらはそれっきり言うと、突然犬に姿を変え、私には到底通れない下の方の隙間を縫って羊たちの中に駆け込んでいった。取り残された私は呆然とそこで立ち竦むしかない。だが、それもわずかな時間だった。
「わん、わんわんわんわん!」
犬の鳴き声がして、徐々に興奮が鎮まっていく。少しずつ、その部屋から出て行く者が現れ始めた。一人出れば、あとは早い。次々と人が減っていく。
気づいたときには、くじら一人がそこにいた。
「お待たせしました。任務は終わりです。戻りましょう」
そうして、彼は人型に戻る。私は目を瞬いた。
「ま、魔王退治って言うから、もっと大層なもの想像してたんだけど…」
「いや、魔王っていっても、別に拳に訴えるような低俗な人じゃないみたいです。私も最初はそう思ってたんですけどね、どうやら部下に演説をさせて、その人々を惹きつけるようです」
「それを止めるために、くじらが呼ばれたってこと?」
「ええまあ。やはり、天敵に対する恐れはまだ根強いようです。私が何度か諌めれば、すぐに落ち着きますよ」
諌めて落ち着かせるって…それってもう、勇者というより牧羊犬って言うんじゃないだろうか。