魔王討伐の旅ーウェリオの親子ー
更新遅くなって申し訳ないです。今日中にもう一度更新します!
日が暮れると、人々は少しずつ散り散りになっていく。その隙間を縫って、くじらとナウヌが私たちの前に姿を現した。
「やれやれですね。今日はどうします?」
くじらが疲れ切った表情で私たちを見回す。大役を果たした二人には、じっくり休んでほしい。
「アールクタスの鎮火は、住民がやってくれることになりました。ですから、他の村に行って、宿を取るのがいいんではないでしょうか?」
ナウヌの提案に、みんながうなずく。それなら、私たちがここにいる役割はもうない。明日に備え、休息を取るべきだろう。
「どこの村がいいですかね?」
くじらが、懐から地図を取り出した。あの、エムアに残されたものだ。
「魔王のいるらしきシレルオにこれから向かっても、返り討ちにされるだけでしょう。他に近くの村とするなら、ウェリオあたりが良いと」
クローノスが指さしたのは、アールクタスにほど近い村だった。
「そこは魔王軍の被害には合っていないの?」
「おそらくは、大丈夫だと思います。行きましょう」
地図をじっと見つめていたくじらが言う。ということで、ウェリオという村に向かうことになった。クローノスも疲れたのか、飛ぶ気がないようで、歩いて向かうことにする。幸いなことに、ウェリオはほど近い場所にあった。
ウェリオは、くじらの言った通り被害はなさそうだった。ただ、魔王軍を恐れているのか、雰囲気は暗く、人々の姿は少ない。そして、開いている宿屋は見当たらなかった。
「とりあえず、俺の馴染みの宿屋に当たってみましょう」
クローノスのあとに従い、宿屋の看板を掲げた建物の戸を叩く。出てきたのは、落ち着かない目つきをした少女だった。細長いしっぽが体の後ろで揺れていて、どことなくねずみを思わせる。丸い灰色の耳がぴくぴくと頭の上でゆれた。
「申し訳ございません。ただいま休業中となっております」
クローノスは、軽く目を見張り、その子を見つめた。
「もしかして、サミかい?」
戸惑ったように、サミが見返してくる。
「さ、さようでございます。お客様は・・・・・・」
「ご両親はお元気かな。もしよかったら、クローノスが来たと言ってもらえる? きっと分かるはずだ」
「かしこまりました」
サミは、私たちに背を向け、中へと入っていった。
しばらくして、戻ってきた彼女は、母らしき女性と一緒だった。
「クローノス様、ようこそいらっしゃいました、ささ、どうぞこちらへ」
サミによく似た母親が、中を指し示す。
「こっちは、勇者のくじらと、その友達のカズネ、それから神官のナウヌだよ」
「くじら様、カズネ様、ナウヌ様ですね。いらっしゃいませ。わたくしはサミの母のアズと申しますの」
「アズさん、無理を言ってすいません」
くじらが頭を下げる。アズは心外だというように首を振った。
「とんでもないです。ほら、最近はねえ、いろいろと物騒でしょう? 素性の分からぬお人を、入れるわけにもいかなくて、こちらこそ大変失礼いたしました。クローノス様のお頼みとあらば、いつでもお泊めいたしますよ。こちらにお座りになってお待ちくださいな。申し訳ないけど、お部屋は1つでよろしいですか? 掃除が間に合わないんです」
「はい、大丈夫です」
「かしこまりました、準備ができたらご案内いたします」
ロビーとでも言うべき空間にあった、長椅子に腰かけて、待つ。
「ずいぶんと仲がいいんですね」
くじらの声に、クローノスは苦笑を浮かべた。
「いろいろお世話になってて」
かれこれ10分は待っただろうか、サミがやって来て、私たちを二階の部屋に案内した。
「ごゆるりとお過ごしくださいませ」
サミが出ていったのと入れ代わりで、アズが姿を現した。
「クローノス、あれからのことをお聞かせくださる? 全く、みんな心配していたのに、あれっきりじゃない」
クローノスは肩をすくめる。
「ご心配をおかけして申し訳ない。どうやら妹は魔王軍にさらわれたらしく、今も行方不明のままです」
さらりと告げられた言葉に、私以外のみんなが硬直した。
「毎年、村には神官見習いを探そうとやってくる一行がいるでしょう? 魔王軍はそれになりすまして、私たちの村にやってきたんです。偽物だと分かったのは、大分あとのことでした」
「そういえば、聞いたことがあります。サオムに向かう途中で、消息を絶った神官たちがいたのだと。魔王軍の仕業だったのですね」
ナウヌがそうつぶやいた。クローノスが顔をゆがめる。
「くそっ……どこまで落ちぶれているんだ」
そのまま彼は黙ってうつむいていたが、やがて顔を上げ、アズにたずねた。
「俺は事情をお話ししました。次はアズさんの番です」
「そうですね、私たちも話さなければ不公平です。実は、一昨日アールクタスに買い出しに行った夫が帰ってこなくて」
悲痛な面持ちを浮かべ、アズはそう打ち明けた。くじらが身を乗り出す。
「アールクタスにいた人々は助け出しました。それでもまだ帰ってこない?」
アズは無言でうなずく。ナウヌが、そっと涙をこぼす彼女の隣に寄り添った。
「まだ、サミはあんなに小さいのに、いなくなってしまった……」
そこから先は、もう言葉にならない。今まで気丈にしていたが、とうとう感情を抑えきれなくなった様子だった。
「お母さん……」
扉からサミが顔をのぞかせる。泣いている母の姿を見、戸惑っているようだった。
「入って」
私がそう声をかける。アズは、娘の前で弱い姿を見せるまいと思ったのか、顔を上げた。
「ごめんね、サミ。もうお母さん、どうしていいかわかんないよ」
アズの涙は止まらない。サミも、やがて涙を見せた。ナウヌがサミに場所を譲り、立ち上がった。
「もう夜も遅いです。私たちで、明日お父さんを探しませんか? 魔王を倒す手がかりにもなるかもしれません」
ナウヌの提案に、私たちは一斉にうなずいた。アズとサミが立ち上がる。
「ま、まあ私たちったら、夕食の準備もしないで。サミは、寝床の準備を。夕食を準備してきますね」
「手伝います」
そう言って、クローノスとナウヌが立ち上がった。
「じゃあ、私とくじらでサミちゃんを手伝いますね」
くじらもうなずく。ナウヌとクローノスは、アズについて出て行った。
「さてと、まずは片付けをしないとどうにもならないね」
部屋を見る。旅の埃をかぶった荷物が散乱していた。これを片付けなければ、布団を敷けない。
「とりあえず、そっちの端に寄せておきましょう」
くじらがそう言って、荷物を抱える。私とサミもそれに従い、寝る空間を確保した。
「布団はここです」
サミが、がらりと押し入れを引き開ける。畳といい、押し入れといい、布団といい、妙に日本的な文化なのが不思議だ。さすがに言語は翻訳されているはずだが、そうだとしてもやはり日本的なのである。
「よっこらしょっと」
次々に布団を敷く。整え終わったころに、扉が開いた。
「夕食の準備ができました。アズさん、もともとちょっと準備はしていてくれたみたいです」
やって来たナウヌが、食堂に来るよう私たちを促す。
食堂は、大きさこそそれほどではなかったものの、小綺麗で、いい香りが厨房から漂ってくる。つばが湧き上がってきた。
「さあどうぞ。何しろ急いで作ったもので、品数も少なくてごめんなさいね。お二人が手伝ってくださって助かりました」
アズとクローノスが配膳をしてくれる。アズは謙遜したが、温かいシチューからいい香りのする湯気が立ち上り、本当においしそうだ。主食はパンで、これは昨夜泊まった宿でも同じだった。
「いただきます」
やはり、日本的に挨拶をしてから食べ始める。具が、それぞれ異なっており、ナウヌの分には野菜が、私には肉と野菜両方が入っており、クローノスとくじらは肉だけだ。
「ねえ、どうして、勇者役を鳥人に任せなかったの? わざわざ異世界から召喚しなくても、草食動物を食べるだけなら、クローノスとかのからすでもできるよね?」
常々疑問に思っていたことをたずねる。くじらが、それに答えた。
「まあ、鳥といっても、鷲や鷹などは絶滅しています。からすはかろうじてそれを生き延びましたが、雑食であることが大きいようです。羊もからすに対してはあまり恐れを感じないようで」
「ふーん」
いまいち納得できないまま、私は気のない返事を返す。異世界から召喚する、もっと特別な理由がありそうなものだ
が。ナウヌの疲労を見てきた身としては、苦労に見合わない気がする。
「ごちそうさまでした」
美味しく食べ終わる。
「それじゃあおやすみなさい」
水浴びをしたかったが、ここにも、どうやらそのための場所はないようだ。もっとも、小川で水を被ったあと、火に突入したので、問題はないのかもしれない。ため息をつき、眠りに落ちた。
「ん〜、もうちょい寝かせてよ……」
まぶしい朝の光から顔を背けようと寝返りを打つ。
「だめですよ、ほら、起きましょっ」
ナウヌの小さな手に揺すられて、身を起こす。
「おはよ〜」
「おはようございます! 井戸は外に出て右に行けばありますよ、顔を洗って、料理を手伝いましょう」
いつになく元気なナウヌに手を引かれ、外に出る。ちなみに服は着の身着のままだ。下着だけはなんとか手に入れて着替えられたけれど、それ以外は汗臭くなっている。しかも、日本の服は周囲から浮く。いずれどこかしらで買い求めたいものだ。
ざぱっと水をくみ上げ、ナウヌが顔を洗う。ぶるぶると顔を振り、水気を弾き飛ばした。細かいしずくが朝の光を反射してきらきらと舞う。
「ちょっと、私のほうにも飛んできたよ」
思わず笑い声を上げる。
「えへへ、それっ」
ナウヌがいたずらっぽい目でこちらを見たかと思うと、今度は手についた水をぱっぱとこちらに向けて放ってきた。
「よーし、それならこっちも」
顔を洗って、残った桶の中の水をそのままナウヌにかける。
「もー、反則ですって!」
まけじとナウヌも水をかけてくる。気づいたときには、やってきたくじらとクローノスに冷ややかな目で見下ろされていた。
「やれやれ、朝からのんきですね」
「お楽しみの最中になんですが、ご飯の準備を手伝ってくださいよ」
ナウヌと顔を見合わせ、肩をすくめる。
「ごめんごめん、今行くよ」
「てへ、ちょっと調子に乗りました」
ナウヌが軽く舌を出す。可愛い子は何だって許されるのだ。
四人そろって厨房に向かう。びしょびしょになった私たちを見て、サミがうらやましそうに言った。
「私も水遊びしたかったです」
「ほらほら、馬鹿なこと言ってないでさっさと作りなさい」
私たちがそろって頭を下げ、かまどの火に当たって体を乾かしている間に、他の四人が朝食をつくって机に配った。
「さあ、もう十分乾いたでしょう。温かい内に食べましょう」
くじらの言うとおりに、立ち上がり、朝食を口に含む。
「ん〜、昨日のシチューに味がしみこんでさらに美味しくなってます」
「本当に美味しいね、最高!」
「作っていないですよね?」
くじらの冷ややかなつっこみは聞こえなかったことにして、満腹にする。わざわざ肉の入ったシチューと野菜の入ったシチューに分けてくれていた、とあとから聞いた。
「お腹もいっぱいになったことですし、ここからは気持ちを切り替えていきましょう。お父さんの名前は何とおっしゃるんですか?」
くじらの言葉に、場の空気が一斉に引き締まる。アズが答えた。
「リオジア、です。私たちと同じねずみの獣人で、一昨昨日の朝、アールクタスに向けてここを出立したきり、帰ってきません」
「そのときは、どんな服装でした?」
「青い上着を羽織っていました。中は麻のシャツで、黒っぽくなったズボンを履いていたはずです。仕入れた食べ物を入れるための、藁で編んだ空の背負いかごを持っていきました」
アズはよどみなく答える。夫を思う気持ちがその口調に表れていて、胸が締め付けられた。
「アールクタスで彼が訪れるはずの場所は分かりますか。どこの店で買うつもりだったか、とか」
「うさぎが営業している八百屋です。エターシアという名前の若い女性と、クレムという青年が営んでいます」
「そうですか。では、アールクタスで探してみましょう。荷物は置いていってもいいですか?」
「もちろんです、どうか、生死だけでも確かめてきていただきたいです」
「全力を尽くします。さあ、行きましょう」
くじらに続いて、みんなが席を立った。サミとアズも立ち上がり、深く腰を折る。日本でも見られたしぐさに、懐かしさを感じつつ、宿を立った。
読んでくださってありがとうございました。評価等、お待ちしております。