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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪しきものへの仕置き棒 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 たはは、参ったねえ。お互い、罰ゲーム役ってのは。

 ま、今回の内容は買い出しパシリ。けっこう楽な部類で助かったぜ。

 こんな好き勝手な馬鹿ができるのも、学生のうちだけなんだろうな。俺はいざとなれば、実家の稼業を継げばいい。これを安牌と取るか、がんじがらめと取るかは人それぞれだろうが、もう少しばかり、モラトリアムを堪能させてもらうさ。

 家を継いだら、負う責任も重くなる。これまでみたいに、やんちゃをして、説教やおしりぺんぺんだけで済むような事態にはならないだろう。ホント、大人になんかなりたくないねえ。

 ……と、思ってきたんだがな。ちょっと前にいとこから聞いた話があって、考えるようになった。先に生きている以上、後から続く子供たちのために、準備をしなくちゃってな。

 そのきっかけを覚えた話をしようか。


 いとこは小さい頃から泣きっぱなしの日々だったらしい。何せ、ファーストメモリーが、おしりを叩かれて大泣きした記憶だ、と答えるくらいだからね。

 ごく小さい時には、ズボン越しに叩かれたらしいけど、小学校に上がる頃には、無理やりズボンを脱がされて、じかに尻を痛めつけられたとのこと。

 歳がかさんでから尻を見られるなんて、大きな屈辱。しかも、尻をはたく道具は手のひら以外にも、布団叩きや本物さながらのサイズを持つ、スポンジバットの時もあったという。


 ――体罰、と思えるかい? これだけ聞いたのならば。でも、それは外から観測しただけの我々が、勝手に抱いた感想に過ぎないんじゃあないかい?

 実際、いとこ自身も、このお仕置きを食らうことに関して、さほど疑問を抱くことはなかったんだと。

 物心ついた時から受けている上に、学校に通うようになってから知り合った友達も、家で同じようなお仕置きをされていることを耳にしたのだとか。だから、叩かれるのが当たり前で、悪いのは罰せられる自分自身、と思うようになったようだ。

 それに対し、違和感を抱くようになったのは、小学校卒業が迫った、六年生の秋のこと。


 その晩は、やけにまぶたが重かった。

 夕飯を食べて自分の部屋に戻り、ベッドに腰かけ、尻に自重が集まると。

 目の玉が頭の奥へと引きずり込まれるような、寝不足ならではの感覚が、にわかにあふれ出す。

 尻の下で、疲れのカプセルを潰した。そう思えるほどに、臀部から骨盤へ、骨盤から背骨へ、疲労感が駆け上がってきたんだ。

 ――あ、眠っちまう。

 そう感じた時にはもう、ベッドの毛布が右ほおをなでている。横倒しになったんだ、という自覚を最後に、いとこの意識が飛んでいく。


 はっと、いとこは目を覚ました。

 頭に敷いていたはずの枕が取り払われ、代わりにシーツが顔を覆っている。姿勢からして、ベッドの上にうつぶせに寝かされていたんだ。

 何となく手をつきながら起き上がろうとして、やっと気が付く。

 後ろ手に縛られている。動かそうとしても、手首を中心にギリギリときしむ音と痛みが走るばかり。

 足も同じように、互いをぴたりとくっつけたまま、足首も締められている感覚。確認しようにも、首はヘッドボードにくくられた縄に縛られ、満足に動かせない。目隠しをされ、口もさるぐつわをかまされている。

 何が起こっているか分からないまま、いとこの尻に痛みが走った。いつぞやのスポンジバットで、お仕置きを受けた時と、同じ痛みだ。

 悲鳴をあげようにも「ふぐっ」というくぐもった声と共に、許された範囲での身じろぎをするのがせいぜい。しゃちほこのようにのけぞろうにも、下手に首を動かすと、喉に縄が食い込む縛り方。この仕打ちを行う者の姿を見ようと、振り向くことさえかなわない。

 

 叩いている主は、一向に声を出さない。沈黙のまま、二回目、三回目、四回目……叩きは続く。

 何発も受けながら、いとこはじょじょに悟る。「本気でこちらを壊したいのではない」と。

 過去に叩かれ続けた経験もあり、身体が慣れていることも関係しているのかもしれない。時々、遠慮のない放屁の音がしたが、構わずに音と痛みは響き続ける。そうなると、暴れることのかなわないいとこは、身動きしようとする試みをやめて、この折檻がおさまるのをじっと待つことにしたらしい。

 やがて痛みがどんどん遠のいていく。加減がされてきたのか、それともメリハリなく続く、刺激のマンネリに、身体が飽き始めてきたのか。

 心地よささえ覚えるようになり、マッサージか何かと思いつつも、それ以降の記憶は判然としていない……。


 次にいとこが目覚めた時、辺りはもう朝を迎えていた。

 着替えた時に確認すると、確かに首、手首、足首に縄で縛った痕が、薄く残っている。

 臀部にもひりついた痛みがあり、鏡に映してみると、ほのかに赤みが見て取れた。それでいて、青あざなど、長く表面にとどまりそうな傷はない。

 家族に尋ねようとするいとこだけど、洗濯物を干しながら聞いていた母親は、肯定も否定もせず、ただ話に耳を傾けて相づちを打つばかり。

 どこか応対に手慣れていて、何をぶつけても、のれんに腕押し状態だったと、いとこは語ったよ。

 縄の痕を見られたくなくて、学校には長袖と長ズボンを着ていったところ、同じような服装のクラスメートが何名か。

 椅子に座る直前、尻のあたりや、おろす場所をなでる頻度が、気持ち高めだったのを見ると、「同じことがあったかなあ」とぼんやり思ったんだそうだ。保健の授業の時間が増えてきたこともあって、直接聞くのはこっぱずかしく、確証は得ていないようだがね。

 

 それから数日後。

 学校が早めに終わる日で、いとこは母親が台所で夕飯の準備をするかたわら、テーブルの上でお菓子を食べていた。

 母親はまな板の上で順番に、にんじんを輪切り、ピーマンを短冊、かぼちゃを扇形に切っていく。この流れ、いとこの家ではフライを作る下ごしらえだ。

 ふと「ピーッ!」と、お湯にかけたやかんが出すような、高い音が鳴った。いとこも母親も顔を上げたが、ガスコンロにやかんの影はない。それに音は、台所の外から響いてくる気がした。

 冬場ならガスストーブの上にやかんを置いて、お湯を沸かすようなこともするが、その時季にはまだ早い。「なんだ」と、いとこが首を持ち上げたところで、母親がいとこの名を呼んだ。


「ごめん、パン粉切らしている思い出したわ。悪いんだけど、ちょっと買い物に行ってきてもらえない? おまけをつけていいから」


 いとこの家は乾燥パン粉を使う。紙袋に詰め、元はせんべいやお茶の葉っぱが入っていた金属型の筒を再利用したものに入れて、食器棚の上に並べているそうだ。

 確かに、フライには必須のものだが、母親は今日まだ、フライの筒には触れていない。それ抜きで、パン粉切れを思い出すという可能性。考えられなくもないが……。

 遠回しに自分を追い出そうとしているんだな、と察したいとこは、親から渡された財布を手に、一度は、家を後にする素振りをした。

 ――自分を追い出して、何をやろうっていうんだ?

 好奇心。いとこはそっと裏手に回り、庭の方から改めて、自宅の敷地内へお邪魔した。

 

 いとこの自室は、亡くなった祖父が使っていたという書斎。置くものを整理し、ベッドを運び込んだこと以外は、ほぼそのままでいる、庭に面した一階の角部屋だ。死角も熟知しているいとこは、庭の隅にある物置小屋の影から、こっそりと自室方面をうかがった。

 閉め切っていないカーテンのすき間から見える室内。そこには、先ほど自分に買い物の命を下した母が、スポンジバットを手に、部屋の中央で仁王立ちしている姿があった。

 スポンジバットは、その色や形からして、自分が幼い頃から仕置きに使われ続けてきたのと、同じものだろう。

 

「人の部屋で何を」といとこが思うや、母親は手にしたバットをおもむろに構えると、縦横に振り回し出したんだ。

 武道における形。舞踊における舞。どちらのイメージにもつながらない。優美や洗練などとは程遠い、素人による力任せな振り。端的に評して、見苦しい。

 それだけならば、誰にも知らせたくないうっぷん晴らしかと、いとこはあきれた顔で眺めていただろう。だが、母の動きがもたらしているものに気づくと、いとこの目は皿のようになった。

 

 母親が振るう、バットの軌跡。その下や延長線上にある、床のカーペットや壁紙に青い筋が、ひとりでに付着していくんだ。バットそのものについたものが、飛び散っていく様にも見える。

 いとこは思わず身を乗り出してのぞき込み、そこで初めて、自分の部屋の壁と床に、本来の壁紙やフローリングの上から、白い紙が貼られているのが分かった。このように汚れることを母は予見していたのだろう。

 もっと詳しく見ようと、身体を乗り出したが、物置のふちにかけた手に違和感。見ると、大きいハチが手の甲にとまって、ちょろちょろと歩き出していたところらしい。

 思わず振り払った時に、物置の壁を強打。「ぶわーん」と長く響く金属音の前に、すぐ逃げ出した。直後に、庭に面した自室の窓を、乱暴に開け放つ音が背中から聞こえてきたらしい。


 あの時、部屋で何をしていたのか。尋ねたかったが、見られたことがばれるのが怖く、黙っていたいとこ。だが、成人する時に母親から話してくれたそうだ。

 この地域では昔から、目に見えない生き物が家に入り込むことがあり、あの「ピーッ!」という音は、そいつの鳴き声なのだと。

 ずっと留まられると良からぬことを起こすが、決定的な弱みを持つ。

 それは人の屁、及びそれに類する汚らわしいものとのこと。小便などでも追い払えるが、さすがに室内で撒くことは、はばかられる。

 そこでお仕置きと称して、様々な道具で尻を殴打し、屁を出させるんだ。それをまとった道具を持って、無理やりにでも追い出しにかかるのだとか。

 これまでの仕置きについての謝罪もあったが、今度は自分が叩く側に回ることを考えたら、妙な気持ちがしてならないと、いとこは話していたよ。


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― 新着の感想 ―
[一言] まさに「へぇ!」と思……ゲフンゲフン。とても面白かったです! てっきり巧みに縛り上げてお尻を叩いている主は、あの「ピーッ!」とう鳴き声を出すやつかと思っていたのですが、違ったのですね……。想…
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