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地下牢にて


 部屋に向かう時に上った階段とは別の階段を使って慎重に1階へと降りた。

 地下牢へと続く階段を見つけるまでにかなり時間をかけてしまったが、運良くルーには鉢合わせることはなかった。

 地下へと続く古びた鉄で補強されたドアを開けると、独特のひんやりとした空気が頬を撫でた。嫌な汗をかいているので、殊更その空気が冷たく感じ、鳥肌がたつ。

 不恰好に削られた石壁を手で伝って仄暗い階段を更に降りていく。

 地下牢の部屋は三つだった。赤い錆が浮いている鉄格子は年代を感じるが、かなり頑丈に作られていて、人の力では壊すことはできないだろう。

 今も一応鍵が掛かっているが、階段を降りて曲がった先の死角にかなりの年代物の古びた木製のクローゼットがあり、その引き出しに無造作に鍵がしまわれていた。牢屋を開けて中に隠れること自体は、問題にはならないだろう。

 この部屋のの天井付近には通風口がいくつも空いてあって、そこから外からの僅かばかりの光も取り込んでいた。


 3つある牢屋の手前2つの中は鉄製の簡易なベッドの骨組みが一つとその隣には麻布がかけられている藁束がうず高く積まれている。

 その藁束をベッドに敷き詰めて寝るのだろう。

 昨日もしここに放り込まれていたら確実に安眠はできなかった。

 一番奥まで歩き、最後の牢を覗いた。


「うっ…!」


 思わず声が出そうになり、慌てて口を押さえる。

 拷問部屋だった。

 そこには恐らく何度も使用されたであろう古今東西の拷問道具が壁一面に掛けられていた。

 部屋の隅にはアイアンメイデンまで用意されている。

 奥の壁には鎖が打ち込まれていて、そこから乾いた赤黒い何かが付着している鋼鉄の分厚い首枷が繋がっていた。





 ここに隠れて息を殺し、どれくらい時間が経ったのだろうか。

 今さっきのような気もするし、もう何時間もこのままでいるような気もする。

 入口の扉が軋む音が石造りの壁や床に反響してこの場所まで聞こえた。

 ――来たか。


「ハーゼム! ここに隠れたのかな!」


 ルーが耳につくやたらと大きな声で呼びかけてくる。

 階段をゆっくりと降りてくる足音とカリカリカリと何かの金属が壁を擦る音が胸をざわつかせる。


「どこかなー? 出ておいでよ!」


 キィという金属がこすれあう嫌な音が聞こえる。

 どうやらルーはどこかの牢屋に入ったようだ。


「ここかな?」


 ルーはザクッと何かを突き刺した。


「さすがにこんな藁束の中じゃないか! この中はちくちくするもんね!」


 楽しそうな笑い声。

 再び金属音がし、扉がガシャンと閉まる音がした。


「あー!」


 突然のルーが上げた叫び声にびくりと肩が跳ねた。

 ここはかなり狭いので、今のでバレてしまったのではないかと不安に駆られる。

 タタタッと駆ける足音が響く。


「カギさしっぱなしだ!」


 鍵が差し込まれたままの一番奥の牢の扉を開けてルーはその中にゆらりと入っていった。


「まったく、ハゼムはしかたないねー?」


 壁に吊り下げた拷問器具を手に持った牛刀をカンカンと当てて奥に入っていく。

 そしてアイアンメイデンの前でピタリと止まった。


「この中は針だらけだからさすがに入ってないよね!死んじゃうもん!」


 そう言ってルーは一歩後ろに下がる。


「でもしってるよー?」


 周辺の一帯と刹那の時を凍らせたような冷たい声がルーの口から漏れる。


「これって足元だけは針がなくて空洞なんだよね!」


 そう叫ぶと共にルーはアイアンメイデンを足裏で踏みつけるように渾身の力を込めて蹴り始める。

 凄まじい音が辺りにこだまし、決してやわには作られていないはずのアイアンメイデンが蹴られた場所から変形してくる。


「ねえー! 出てきてよ!」


 ルーは更にひしゃげた隙間に牛刀をねじ込んでこじ開けようとする。


「ハゼムみぃーつけた!」


 ルーがその僅かな隙間から覗き込んだ先は


 ――空だった。


 ガチャリと、牢の扉の鍵を閉める。


「……へ?」


 ルーがこちらを振り向いた。口元の笑みが引きつっている。


「そこに居なくて残念だったな。俺が隠れていたのはそこのクローゼットだ」


 鍵を抜き取ってチャラチャラと鳴らし、階段からは死角になっていたクローゼットを指差した。

 本当に一か八かの賭けだったが、わざと注意を引くために牢屋に鍵を付けておいて正解だった。これでもう不意に襲われる事はないだろう。

 鍵を階段の方向へ放り投げる。ガチャンと床に落ちる音が牢屋に反響した。


「なんで……わたし……」


 ルーは肩を震わせている。目の端には涙を浮かべながら。

 それが怒りからなのか、仕返しをされる恐怖からくるものなのかは分からない。しかし、もうわからないままで良かった。

 もうこんな奴がいるこの場所とはおさらばだ。


「じゃあな。もう会うこともないけど、朝飯を作ってくれた事は一応感謝してるよ」


 そう言い残して去ろうとした直後、体の軸を凍りつかせるような悲鳴があたりの空気を切り裂いた。


「いやああああ!! いやだああああ!! 助けて! ここからだして! だしてごめんなさいだして!! ちゃんと殺すから! もう失敗しないから! おねがいしますだして! いいこにするから! 」


 ルーは持っていた牛刀を取り落とし、牢屋の格子を掴んでそれを外そうと力を込め、鉄格子をガチャガチャと激しく揺する。

 言っていることは支離滅裂で、まったく訳がわからない。自ら殺されるためにわざわざ牢屋を開けるやつがどこにいると言うのか。


「お、おい。とりあえず一旦落ち着け。そのうち誰か来て出してもらえるから」


 そう声をかけるが、ルーはこちらの目を全く見ていない。

 口には相変わらずのうすらな笑みを浮かべているが、大粒の涙をぼろぼろ落としている。足を鉄格子にかけて力を込めて更に引っ張る。


「ぐうぅー……!」


 ミヂッ、ミヂッという肉が手から剥がれる嫌な音が鳴り、ルーの手から血が滴り格子をつたう。


「おい! やめろって!!」


 慌てて投げた鍵束を拾い上げ、鍵穴へ差し込んで回した。錠がガチャリと鳴り、鉄格子の扉が開く。

 ふらふらと牢から出てきて崩れ落ちそうになったルーの体を腕で受け止める。

 手は鮮血に染まっていて、裂けた肉の間から白いものまで見えた。


「なんで……こんな……」


 表情からはすでに笑みは消え失せていて、顔面は蒼白になり、あれ程綺麗に青かった瞳は暗く、濁りきっていた。


「おい! しっかりしろ!」


 受け止めた姿勢のまま小さな体を揺する。

 反応がない。


「閉じ込めて悪かった! せっかく作ってくれた飯も捨てようとした事も謝るから!」


 ぴくりとルーの耳が動き、焦点の合っていないうつろな表情をこちらに向けた。

 ああ、よかっ――


「うるさい。死ね」


 ものすごい力で壁に叩きつけられた。


(は? なに、が……)


 何かがつっかえたかのように声が出ない。

 下を見る。

 突如そこに現れていた巨大な氷球が体を完全に押しつぶしていた。

 胸から下が完全に分断されている。

 氷球と壁に隙間は全くない。

 大量の血が臓腑からとめどなく流れ出てきて口から溢れ続ける。

 体の末端から痺れと冷たさが登ってきた。

 昨日のあの海岸で目覚める前に感じたあれと同じ感覚。

 ああ……そうか。これは……。


「あちゃー、遅かったか」


 またも意識が遠のいていく中、ミーナの声が聞こえた気がした。


 まさしくそれは――死の感覚だった。




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