ローズベルクの屋敷にて
ルーが持ってきたモノを片付けてくれなかったので、それを戻すために調理場を探しがてら屋敷内を散策することにした。
「それにしても広すぎだろ。これは」
この屋敷は外見からは分からなかったが、かなり入り組んだ構造らしい。部屋から出てすぐの窓から下を覗くと、色とりどりの花が咲き乱れる大きな中庭が見えた。その片隅に井戸があり、そこでシエロが水を汲んで花々に水をやっていた。桶を置いて伸びをした時にこちらに気づいたようで、軽く手を振って挨拶をしてきた。
トレーを見せて身振りでどこに持っていけばいいのかと伝えようとする。どうやらシエロは理解したようでこちらに向かってちょいちょいと手招きをした。どうやら降りてこいという事らしい。
シエロのいる中庭へ向かうため、絢爛な絵画や絢爛な調度品が飾られている長い廊下を歩き、何度か角を曲がってようやく階段へたどり着いた。
そこを下に降りると昨日のエントランスに出た。
丁度、聖職者の様なフード付きのローブを着たミーナと軽装な防具に弓矢を背負い短剣を腰にさしたドーレが今から出かけるところだった。
「おはよう、昨日は泊めてくれてありがとう」
ミーナに挨拶がてら声をかけた。
「いいよー、部屋なんて腐るほど余ってるんだし」
たしかに住んで居るのは昨日見た人だけなら部屋の数が全然釣り合ってはない。むしろ多すぎるといえる。
しかしまあ大きすぎる屋敷なので、大方先代か誰かが無駄に増築でも繰り返した結果なのだろう。
「こんな朝っぱらから出かけるのか?」
「ちょっと街に出てくるだけー」
ミーナはローブのフードを被ってからそう言った。
街に出かけるにしては物々しい装備のドーレに視線を向ける。
「メイドに武器まで持たせて、まるで護衛のようだな」
「まあね。一応領主だし、用心に越したことはないからね。それに、ドーレは元々こっちの仕事がメインだしね」
用心棒として雇われているのか。
メイド服では分からなかったが、確かに無駄のないすらっとした体系をしていて、かなり鍛えているのだろう。装備の隙間から見える体にはしっかりと無駄のない筋肉がついていた。
ドーレが蔑むような目を向けてくる。
「そうじろじろ見ないでくれますか。今あなたの視界に入ってしまってると思うと悪寒が走ります。はっきり言って不快です」
今日もしっかりと口が悪かった。
ドーレがそっぽを向いて玄関の扉を開ける。
表には黒塗りの馬車が控えているのが見えた。
「じゃあ行ってくるね。分からないことがあったらじいやか誰かに聞いてよ。屋敷にあるものは自由に使っていいからさ」
そうミーナは言い残して2人は出て行ってしまった。
ドアの向こうから微かに鞭の音が聞こえ、馬が嘶いた。
二人が出て行って静かになったエントランスを後にし、階段脇の廊下を進む。そこは巨大なガラス張りの廊下で、中庭が一望できた。
片手でトレーを持ち、途中にある薄いガラス戸を開ける。途端に小鳥のさえずりと花の馥郁が辺りに流れ込む。
等間隔に埋め込まれた石畳を進む。
シエロは井戸の縁に腰掛けて待っていた。
「おっそいっすよー。昼寝しようかと、ふああ。考えてたところっす」
目をこすり、あくび交じりにシエロが言う。相変わらず髪は寝癖が跳ねていた。
「すまん、屋敷が広すぎて迷ってた」
「それはしゃーないっすね、あたしも未だに覚えられないすもん」
シエロはにししと笑う。
それはここで働く上でどうかと思うが。
「まあ細かいことは気にしないタチなんで遅くなったことは別にいいすよ。で、何持ってるっすか?」
シエロが持っているトレーを覗き込んできた。その上に乗る物体を見て明らかに顔をしかめた。
「残ってるならつまみ食いさせてもらおうと思ったんすが、一体なんすか……それ」
「ルーが作ってくれた朝飯だが、食うか?」
シエロはその言葉を聞いてきょとんとする。
「ええ? これルーが作ったっすか? 」
そして少し考えるように首をかしげてううんうん唸っている。
「……食べたんすかこれ」
「この世の終わりみたいな味がしたけど無理やり流し込んだ」
そう言って胸をドンと叩く。
シエロは若干引いたような顔をしていたが、大きなため息と共にこう続ける。
「まあいいっす。多分知りたいのは調理場の場所っすよね? この奥っす」
シエロは中庭の奥の扉を指差した。
礼を言ってそちらに向かう。
「……気をつけるっすよ」
その声に振り返ると既にシエロはそこから居なくなっていた。
本当に神出鬼没なやつだと思う。前に向き直り、調理場と札がかけられた扉のドアノブに手をかけたのだった。