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新たな目覚め



 カーテンを開け放ってから暫く経ち、思考がようやく追いついて来た。


「そうか、違うんだった」


 ここは異世界だった。

 コンビニに行った帰りに本を見つけ、書庫で女性と出会い、海岸で倒れていたところをミーナ達に助けられた。

 今の名前は『ハゼム』始まりと終わりのグリモアの持ち主。

 そうだ。グリモアは?


辺りを見渡すと、ベッドの枕元にそれはあった。手に持って確認する。


軽くドアがノックされた。


 昨日はミーナやゲドラニスに取り上げられていたので、どこか落ち着かなかったが、グリモアを手に持つと安心する。

 自分の心の一部が戻って来たかのような安心感がある。


 先程より強めのノックがした。


 グリモアを開いてみる。破れた形跡も海水に濡れた形跡もない。表紙にも傷一つなく、最初に見た状態のままだった。


 扉がさらに強く叩かれる。


 いつのまにか昨日着ていた服ではなく、今はゆったりとしたローブを着ていた。誰かが着せ替えたのだろうか。かなり肌触りがいいので、シルクの様なきめ細やかな素材なのだろう。


「どーん!!!」


 漆塗りの木製の扉が蹴破られ、宙を舞った。


「ノックしたのになんででないの!」


 そのまま扉は向かいの壁に激突し、派手に音を立ててバラバラに砕け散った。


「でてくれないからドアが壊れちゃったじゃん!」


 その扉を蹴破った張本人であるルーが銀のトレーを持ってズカズカと部屋に入ってきて、ベッド横に備えられたテーブルにトレーをこれまた乱暴に置いた。


「お、おはよう」


「うん!おはよー!」


 あいさつには満面の笑みで答えてくれたが、すぐに膨れつらになる。


「せっかくハゼムがお腹がすいてるとおもって早起きしてごはん作ってきたのに冷めちゃうじゃん!」


 そういってルーは机を指差した。

 つられて視線を動かし、トレーを見る。それには朝ご飯とはとても言えないような黒い物体達が鎮座している。

思わず二度見をしてしまった。


「ええー……マジで?あれのこと?」


 正直、暖炉で燃え尽きた何かの炭かそれに準じる何かかと思った。

ルーが力強く頷いてから


「食べてくれる?」


 と小首をかしげた。青く、ぱっちりと開いた目が潤んでいる。

 それはズルい。


 無言でベッドに腰掛けた。

 ルーはとても喜んだ様子で隣に座ってくる。

 ルーの何か期待に満ちた視線を受けながら大皿に散乱する異様な物体達ををまじまじと見る。これは一体食べれる物なのだろうか。

 試しにフォークを突き立ててみる。

 歯が立たない。

 おそらく石炭か何かだろう。


「なるほど」


 フォークを置いて一つを手に取り、匂いを嗅いでみる。

 凄まじい刺激臭が鼻から脳天を突き抜けた。

 硫黄か何かを凄まじい圧力で固めた物かもしれない。


 横目でルーを見る。

 その視線に気づいたルーがにこーっと歯を見せて笑顔になる。

 こちらは苦笑いを返しておいた。


「いただきます」


 ふう、と息を吐いて口に放り込んだ。

 噛み砕こうとしても全く砕けないのでそのまま呑み込む。

 軽く舌に触れた部分が燃えるように痛み、飲み込んだ謎の物体が食道を逆流してくる。


「のみものもあるよ!!!」


 そう言ってルーはグラスにこれまたドス黒い液体を銀の水差しで注いだ。

 液体があまりにも黒いので、水差しの注ぎ口が変色している。

 グロテスクな液体が注がれたグラスを口元まで持ってこられる。

 こちらも目にしみるような異様な匂いを放っているが、背に腹はかえられないので、白目をむきながら受け取り、逆流して来た物体をもう一度無理やり流し込んだ。


――頭がガンガンと痛み、臓腑も焼けただれているような激烈なマズさ加減だった。


「どうだった?おいしかった?」


 何をどう間違えたらこんなものが錬成されるのかと説教したかったが、照れるように頬を赤らめてはにかんでいるルーを見るとそんな気は失せてしまう。


「うん、うまかったよ。わざわざありがとうな」


 投げやりに頭をがしがしと撫でて礼を言う。


「えへへー」


 ルーは気持ち良さそうに目を細めた。純真無垢とはこの子のためにあるような言葉だった。


「じゃあわたしは戻るね!また何かあったら言ってね!」


 ぱっと立ち上がってそう告げてくる。


「おう、ありがとう。ここの勝手はまだわからないし、そう言ってくれるのは助かる。それに君みたいな元気で素直な子は俺は単純に好きだな」


 部屋から出て行こうとするルーの動きがピタリと止まってこちらををゆっくりと振り向く。


「わたしは」


 ルーはその言葉にしばらく呆けているようだったが、すぐに先程のような笑顔に戻ってこう続けた。


「わたしはハゼムの事、大っ嫌いだけどね!」


 そう言い捨て、さっさと部屋を出て行ってしまった。


「ええ……」


 謎の物体らとそれを載せていたトレーは下げられず、テーブルの上は相変わらず地獄の有様のままだった。


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