グリモアの目覚め
いつも通りの朝の始まり。
締め切った厚いカーテンは外の光を遮断していて、部屋は薄暗い。
頭と体が動き始める時間という事は、朝日が登り初めてしばらくした頃か。
頭がぼーっとする。
昨日はどこで何をしていたんだっけか。
眼球に張り付いているような瞼をこじ開ける。
それはいつも通りの天井……ではなかった。
「は? あれ?」
がばっと体を起こし、辺りを見渡す。かなり広い部屋だ。豪勢なベッドから飛び降り、窓に駆け寄って厚いカーテンを開け放つ。
強烈な日光を受け、少し目眩がする。目を瞬かせていると、徐々に外の風景が広がっていく。
そこには広大な街が。
いつものコンクリートの街並みではなく、中世ヨーロッパ風の石造りの建物が立ち並ぶ世界が広がっていたのだった。
遠くから新しい朝を告げる鐘の音が聞こえた。
◇
事の始まりは、夜中に小説を読んでいたら小腹が空いたので、コンビニで弁当を買いに出かけた帰りだった。
オレンジ色に点々と道を照らす頼りない街灯が並ぶ道を辿っていた。
家へと続く角を曲がった所で足をを止めた。行く先の道の中央に怪しく揺らめく様に灯る物を見つけ、背筋に悪寒が走ったからだった。
「うわぁ……人魂なんて始めて見た」
引き返して遠回りをして戻ろうかと考えたが、思い留まる。何かの本で人魂は人に危害を与える様な力は無いと読んだ事がある。
ので、注意はしつつも横を通り抜けることにした――というのは建前で、未知のものに対しての好奇心が半分と先程から鳴りっぱなしの腹がそろそろ限界なので遠回りはしたく無いというのが本心だった。
恐る恐る一歩。
そしてまた一歩と歩き始める。
灯りがふと揺らめいた気がする。
出来るだけ刺激しない様に……。
ゆっくりと歩く。
近づくにつれ、辺りの風景がぼやけていく。
さらに近づく。
灯りから目が離せなくなっている。
あれは……人魂ではない。
気づけば勝手に足が前に進んでいるようだ。
歩き続ける。
自分が近づいているのか、向こうが迫って来ているのか分からなってきている。
目を凝らす。
あれは、ランプ?
ぼやけていた輪郭がはっきりしてくる。
身長の高いスタンドに掛けられたキャンドルランプが風に揺られ、右に、左にと振れている。
そのすぐ傍にはブックスタンドに立てられた本が一冊、閉じた状態で置かれていた。
意思もなく勝手にに手が伸び、表紙をめくる。
突風が吹き、ページが次々にそれに続いた。
ページがパラパラとめくれるたびに自分の中から意識や精神といったものがその本に吸い込まれていく気がする。
風が鳴っている。
本はどこも白紙だ。
めくれる速度は早いが、どこかスローモーションのようにも感じる。
周りの風景は最早、全く気にならない。
ページが後半に差し掛かり、風が収まってくる。
残りのページは後10枚程だろうか。
10ページ、9ページ、8ページ、7、6、5……4…………3………………2……………………1
ゼロ
パラ……パラ……と本が残りを全てめくり終え、裏表紙がバタンと閉じた。
それと同時に意識がふと別の所へ移動する。
地に落ちるような、はたまた浮き上がるような。
不思議な浮遊感が体全体を覆ったのだった。