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神殺しは銃で死ぬ  作者: 尾根末彦
第11章 大災厄テュポーン
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二人は寄り添う

 オリンポスで最強の神といえば、誰か。

 テュポーンを単独で打倒した主神であるゼウス。

 その息子であり古代ローマで広く信奉された神アレス。

 後世においても広く信仰されたアテナを推す声もあるだろう。


 そしてゼウスの長兄であり、トライデントを持ち海と大地を支配する神であるポセイドン。

 彼こそがオリンポスで最も強いのだという意見も根強い。

 雷雲以上に人々の脅威となりうる海と大地を司る神であるがゆえに。


 オリンポスの世界は広大な山々や荒野と星空、そこに住まう多数の妖精や神で成り立つ世界である。

 今、その世界の住人はみなオリンポスと他の神域の圏境(けんきょう)まで避難を続けていた。

 大和達とオリンポス十二柱神の戦いで避難を続けていたが、さらに遠くまで

 誰もいなくなった広大な丘陵地帯、褐色の長髪と豊かな髭を蓄えた男神がたたずんでいた。


 ポセイドンがトライデントを一なぎする。

 地面が波打った。

 そのまま均一に平行になる。

 見渡す限りの広大な荒野に地平線が彼方に見える。


 だが、地震を司る神はまだ納得していない。

「いかんなあ、まだ足りん。テュポーンはもっとデカいからなあ」

 言って、ポセイドンは二頭立ての戦車を虚空から取り出し乗り込んだ。



 アフロディテの持つ宝物に、黄金の帯がある。

 端的に言えば、アフロディテは人の感情を思いのままに操れる。

 それは主神クラスの規格外な力である。

 もちろん、自身より強大な力を持つ相手には効力が薄いという欠点があるが。

 とにかく、彼女にとってシチリア島の住民およそ五百万人以上を操りヘスティアの神殿に誘うことなど朝飯前だ。


「神殺しっていう例外がなければねえ」

 神殺しはおよそ一千万人に一人という割合でいるとされる。

 シチリア島に一人いたとしてもおかしくない。

「麗しのアフロディテよ。一応理由を聞きましょうか、シチリア島の住人をどうするつもりですか」

 金髪碧眼にラフなシャツとジーンズ姿の青年が尋ねる。

 周囲に光の剣を旋回させながら。

「私こんな強い神殺しの相手ムリー。アレスー、ヘファイストスー」


 泣きながら虚空を呼びかけるアフロディテ。

 そこに、新たな主神が現れる。

「ええと、サムエル・フォーレンだったかしら、福岡の時はお世話になったわね」

 現れた赤羽陽美香は膨大な新規を纏わせながらサムエルに問う。

 アフロディテはこそこそと自分より小さい陽美香の後ろに隠れた。

「君は……。少し前はただの人間だったはずですが、何があったのですか?」

「話せば長くなるのだけど、いいかしら?」

 神々の女王と神をも殺しうるものが日本語で話しつつ、シチリアの夜は更けていく。


 場所をヘスティアの神殿に移し、サムエルと陽美香は見つめあう。

 シチリア島の住民達は意思などないようにみな眠りこけている。

 彼らの中心で、おどおどと美神アフロディテは視線をさまよわせる。

 だが、彼らは最も美しい女神の前でもその威を放出してはばからない。


「正気ですか。テュポーンと戦うなど」

「そうね、私たちは結構正気でもないかもね。けれど説明した通り理由のないことじゃないわ」

「……君は、世界とゼウスを天秤にかけ、ゼウスをとるのですね」

「違うわ」

 陽美香は胸を張って言う。


「それが人類に寄与すると信じるからよ。

 ゼウスが不在になりテュポーンがいつ現れるかとおびえる日々より、ゼウスの力でもってテュポーンを倒す。

 そちらの方が良いと判断したまで」

「世界が滅んでもいいと」

「勝てばいいんでしょ? 簡単よ。誰かを犠牲にして問題を先送りにして、それって解決にならないじゃない」

 サムエルは一度目を閉じ、観念したようにため息をつく。

「もしテュポーンに敗れそうなら、私はためらわずゼウスを殺し、あなたを神として百パーセントの力を発揮させ、テュポーンを封じます。

 それを条件に見逃しましょう」

「……言ってはなんだけど、随分な譲歩ね。どういう心境なの」

 組織人としてあるまじき発言に、陽美香は不思議そうに尋ねる。

「……私なりに、蓮野亜美の件に思うところがあったまで。次はありません」

 福岡での殺人貴公子が関わった件を言っているのだろう。

 その時にサムエルは蓮野亜美を殺しかけた。

 あの結末に思うところがあったのだろうと陽美香は納得する。


 テュポーン復活まで七時間。



 釧灘大和(くしなだやまと)井上勇美(いのうえいさみ)は羊毛のベッドの上で、二人見つめ合っていた。

 2人への次の指令は仮眠をとれというもの。

 いくら神殺しが神域では人体の嵩から外れ、ほとんど寝ずに動けるとしても休息は必要である。


 ベットの天台に背中をもたれる大和に、勇美は近づき、彼の肩を枕に寄り添った。

 大和は顔を赤くし、しどろもどろになる。

「な、なにを」

「眠い」


 勇美はそう言って眉を伏せる。

 大和は柔らかな汗の匂いに何処かへ行ってしまいそうになる。

「ありがとうな。一緒に戦ってくれて」

 その言葉に、大和は言葉に詰まりつつやっと言葉をだす。

「君が誰かを救いたいと思うから、それをおれが助ければ。

 そうすれば自分が良いものになれると思っただけだ」

 大和の自罰的な言葉に、勇美は首を振る。

 髪が大和の頬をなぞり、くすぐったくて嬉しかった。


「あんたは、自分が何もないと思ってるけど、そんなことはない。

 あんたには仁も義も彩りもある。

 少なくとも私はそう思う」


「だから、そんなことは言わないで、私の……英雄……」

 眠りにつく少女。

 抗い切れない優しさと香りに大和もゆらゆらと意識が埋没していった。


 二人は肩を寄せ合い眠っていた。

 英気を養うように、力を貯めるように、寄り添うように、抗うように。

 その様を、沈痛な様子で見つめるアレス。

「どうしました、アレス。険しい顔をして」

 アテナはいぶかし気に兄弟に問う。


 アレスはため息をつき、答える。

「こいつらはな、世の中の悪意に抗うに際し、己の強さと互いの絆をよすがとしたのだ。

 欲にかられた大人が自分たちを狙う、そんなおかしな状況で正気を保つためにな。

 俺にはそれが、哀れでならない」

 戦の悪意を司る神は、そんな二人を良しとすると同時に哀れに思う。

 だが、アテナは首を振った。

「いいえ、彼らは色々なものを力に変えていますよ。師匠や友達、そういった関係性をね。

 私はそれを愛しく思います」

 

 戦の善性を司る女神は二人の強さを信じていた。

「この驕り高ぶり他者を食い物にするものが横行する世界で、彼女らが自身の流儀でもってどう抗うか。

 私はそこに、我々のもとめる人間という存在があると思うのです」

 アテナはそう言うと、優しく勇美の髪をなでる。


「随分買っているな。そんなにこいつらが気に入ったのか?」

「ええ、貴方は違うのですか? アレス」

「ああ、こいつらがこのくそったれな世界に何をもって存在証明するか。楽しみに見させてもらおう」

「ふふ、それは緋沙奈(ひさな)の言葉ですね」

 二神は笑いあい、その場から去った。


 テュポーン復活まで、残り五時間。



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