神王女の口づけ
その女はふらりとオリンポスにやって来た。
美しいというよりも、快活というか、可愛らしいというか、そんな女だった。
女の神殺しの権能は、シンプルなもので、地面を固くするというものだ。
そんな能力で、オリンポス十二柱神を一人で半壊に追い込んだ。
井上勇美を凌駕するほどの圧倒的な気炎の量。
いかなる攻撃も無力化する鋼の防御力。
そして、揺らがぬ心と磨き上げられた技。
ヘラを地面にたたきつけ、その衝撃で地割れがオリンポスの大地を砕ききるほどの規模で起こり。
アテナの喉首をへし折り、アポロンの四肢を砕き、アルテミスは月に頭が埋まる。
ポセイドンは睾丸を潰され、アフロディテは土下座し、ヘルメスはサンダルを奪われる。
そしてゼウスと三日三晩の死闘を繰り広げ、最終的にゼウスの目を潰し脳髄に直接気炎を撃ち込み、決着とした。
「いや、無茶苦茶ぼこぼこにされてますけど」
「そうですね。アレは衝撃でした」
アテナが懐かしむように笑う。
「いや、何笑ってんですか。あなた喉首折られてますよね」
「まあ、あれは父上が悪いので」
勇美は、(何したの?)というようにアルテミスを見る。
「父上が地上の緋沙奈の友達に粉をかけたのだ」
「ゼウスさん悪神では?」
「まあ、十数年前は本当に手の付けられないほどだったからな」
勇美の率直な感想に、アポロンは妹によって額に刺さった矢を引き抜きながら同意する。
「それでキレた陽美香の母さんがオリンポスを訪れて暴れたと」
「その後も成り行きで魔術結社や悪魔達と戦ったり戦争を回避しらりなどしていた」
アルテミスは懐かしそうに目を細める。
「……そんな話を何故私に?」
勇美は色々聞き捨てならないことはありながらも、本題に入ろうとする。
「似ていたからですね、貴女と緋沙奈が。
血のつながりはなくても、友達のために神にも挑む気高さが。
貫く強さといいますか。うまく言えませんが」
アテナはまっすぐに青い瞳で勇美を見つめる。
「過去にはいろいろな人達がいました。時に残酷に時に卑しく、力に溺れ尊厳を失くす。
友を売り、家族を売り、誇りすらも売り払う。
そういう人をたくさん見たからでしょうかね。
そういうものを醜いと思っていたはずなのにいつのまにやら我々が、見下したものになっているというのは皮肉ですね」
友のために、神にすら抗う。
あり方を美しく思っていたのに。
「我々は緋沙奈との、輝かしい日々を汚してしまった。
だから、せめてあの娘だけは守りたい。
今ではそう思えます。
こう変われたのは、貴女達がたった三人で立ち向かったからです。
ゆえに、貴女達は全力で生還させます。
我々の時代の禍根は、未来には不要でしょう。
必ず清算してみせます」
アテナは黄金の肢体を振り上げ宣誓する。
勇美はしばし惑ったように目を伏せながらも、言葉を返す。
「私は、ただ友達を取り返したかった。
陽美香は、かわいくていつも笑ってて、一番の親友で。
あの子のいない世界なんて嫌だった。
ただそれだけなんです。
今もそのために世界を滅ぼすかもしれないことをしようとしている。
それが褒められることでしょうか」
少女の逡巡を諭すように戦女神は言う。
「誰もが身勝手に生きている。
悪鬼はびこる人の世で、貴女達神殺しはさらに多くの悪意にさらされてきたでしょう。
そんな中で、井上勇美。君は友の為に拳を握った。
私はそれを愛しく思いますよ。
戦の女神として、何より一個の生命として。
情と仁こそが知性あるものとなきものを分けると信じるゆえに」
そう言ったあと、アテナは勇美を抱きしめた。
陽だまりの匂いのする、清廉な乙女。
勇美は戸惑いつつも、目を瞑って受け入れた。
石造りの神殿の中。
荒れ果てた部屋で、
金髪にウェーブがかかった髪を後ろにまとめた赤羽陽美香は、茫洋とする明るい髪の少年岩倉風雅に向き直る。
傍らに立つ白髪の少年ゼウスは腕を組んでその様子を見ている。
「で、神気とやらを吸い取ればいいのね」
「だが、言うほど簡単ではないぞ。あまり急激にやると今度は人格ごと剥離する。慎重に少しづつ吸い取るのだ」
陽美香は風雅の手に触れる。
ぬくもりが心に染み渡るようだ。
「こんなに無茶して、お説教ね」
少女は少年の手から神気を吸い取ろうとする。
「あんまり皮膚からは効率が良くないですねえ。加減を謝るとお陀仏ですので」
「どうするのが手っ取り早いの?」
ヘルメスはくすくすと笑いながらも、至って真っ当な助言をする。
「まあ、手の平よりも粘膜の方がやりやすいのは確かですが」
「ヘルメス」
「今更親ばかですか? ゼウスさま」
語気を荒げるゼウスをひらりとかわす星の瞳の青年ヘルメス。
だが、陽美香はふむと頷いた。
「なるほど、粘膜か」
呟くと、ゼウスやヘスティアが止める前に。
風雅の唇に、自身の舌をねじこんだ。
五秒、十秒。
少年が放つ神々しい光が、少女に吸い込まれていく。
虚空を見つめていた少年の瞳が、不意に光を取り戻した。
状況がわからず、何かが吸い込まれていく感覚にくらくらと足元がおぼつかなくなる。
だが、神々の女王は離さない。
一分ほどたっただろうか。
風雅の方が、欲をだした。
少女の舌に触れたくなって、奥にひっこんだ自分のそれを、そろりと触れさせる。
瞬間、陽美香は顔を離した。
驚く風雅に、陽美香は横目で言う。
「……エッチ」
「えぇ!」
心外という風に手のひらを向ける風雅。
「いや、だって何か気づいたら陽美香ちゃんにキスされてるし、つうか俺多分神になって人格とか消えかけてまあ多分何とかなるとおもったんだけどキスされてすげえ柔らかかったしいい匂いだしもう一回やりたいんですけど」
「状況を説明します!」
「はい!」
陽美香が放つ軍隊の号令みたいな一喝に、背筋を伸ばす風雅。
「まず! 私とイサミンとクシヤマ! そしてオリンポス十二柱神はテュポーンを復活させて殺すことにしました! 決行は九時間後です!」
「へ? ゼウスを殺したんじゃ……小さくなってる!」
「そう! 何かショタになりました! あざといですこの親父! 娘の気持ちになって欲しい!」
「おい」
ゼウスが凄むが、陽美香は動じない。
「まあ父親を殺すのも忍びないし、イサミンの前で殺しはできねえので、致し方なし。
私らが失敗したら世界滅ぶらしいけど、私の可愛さに免じてゆるして?」
「え、まあいいけど……。へ、何でキスしたの?」
「何か神気を吸い取るのにこっちのがやり易かったから」
「はあ。ええ?」
風雅は納得いかないように頭をかく。
「それと、風雅くん貴方私のこと好きなんでしょ?」
「え!? 大和に聞いた!?」
「いや、見りゃ分かるから。それにここまで来てくれたし」
陽美香はぶんぶんと手を振る。
風雅は座り込んで落ち込んだ。
「マジかあ。マジかあ」
そんな風雅に目線を合わせるように、陽美香はしゃがみこんだ。
「ファーストキスでした」
「はあ、ええ。嬉し、すいま。え、俺悪い?」
風雅はヘルメスの方を向くが、ヘルメスはぶんぶんと首を振る。
「なので、要求があります」
「……色々言いたいことがありますが、聞きましょう」
「まず、私。助けてもらったからってすぐ好きになるような、安い女じゃないです。
魂のない人形ではないのです」
「でしょうね」
「なので、まず戻って落ち着いたらデートに誘いなさい」
風雅は絶句してしまう、というかゼウスもヘルメスもヘスティアもであるが、無視して陽美香は続ける。
「そうね。まあ中学生だし、ショッピングとか水族館とか? まあ年相応の所に行って、おいしいもの食べて。
何かロマンスが感じられるところ。そうね、港とか人気のない公園とかがいいわ。
そこで、貴方の方から告白しなさい。そのデートと告白の内容次第で、考えます」
風雅が一生懸命に言葉の意味を考える。
ヘルメスは無遠慮に手を挙げる。
「何で風雅くんから誘うんですか」
「こういうのは男から誘うのよ。古事記にも書かれている」
「それはマジで書いてあるけど。あれは神生みの神話で別に男から告白するって話では」
「……いや?」
なおも拘泥する少年に陽美香は上目遣いで見つめる。
風雅は顔をリンゴみたいに真っ赤にさせながら、あーとかうーとかいいながら、観念した。
「わかりました。誠心誠意エスコートさせていただきます」
「ん、くるしゅうない。楽しみにしてるね」
ニコニコと笑う陽美香に、風雅は困ったように笑う。
「何ウチの娘に上等こいてるんだ貴様」
パチパチとゼウスの手のひらから電気がほとばしる。
ヘスティアが窘めようとするまえに、ずかずかと金髪の少女が近づく。
「今さら父親面すんじゃねえてめえ! この元凶が!」
陽美香の猛烈なビンタがゼウスに突き刺さり吹き飛ぶ。
そんな光景を無視して風雅はノートを取り出し、歌詞を猛然と書き出し始めた。
「うおおおおお! テュポーンがナンボのもんじゃい! 書ける! 書けるぞー!」
そんな様子を見て、ヘルメスとヘスティアがお手上げというふうにため息を吐いた。
テュポーン復活まで残り八時間。
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