世界廃絶級
岩倉風雅が炎を纏った足で蹴りつけようとする。
ヘルメスは縦横無尽かつ立体的な軌道でその攻撃を避けていく。
不可思議な動きを可能にするのは、やはりヘルメスの履く有翼のサンダルか。
空をどんな角度にも掴むことができるため、空を回転しながら駆けることも可能だ。
面で攻めるしかないか。
風雅は背中の翼から炎を噴き上げ、まるで太陽のように燃え上がる。
そのまま押しつぶすようにヘルメスに近づく。
「ははは! 捕まえてごらんなさい!」
ヘルメスが高笑いを上げながら逃げていくのを必死に追いかける風雅。
だが、おいつけない。
神々の中で最速の肩書きは伊達ではないか。
風雅は朱雀との融合を解き、ヘルメスを睨む。
「お前、やる気あるのか!」
「んー? あんまないよ。正直ねー」
風雅の苛立った声に、ヘルメスは呑気な調子で返す。
あっけらかんとした返答に風雅も二の句が継げない。
「だってそうだろう? 我らの友の娘を殺す。そんなこと乗り気でやれるかよ。
一部を除いて、ほとんどやる気なんてなかっただろう?」
確かに、簡単に行き過ぎているとは感じていたが、オリンポス十二柱神も本気ではあったが死ぬ気で殺しにはかかってこなかった。
手心を加えられたというよりは、士気が低かったと言えるだろう。
「君としては、どうなのかな。日本を守護する岩倉風雅くん。
あの娘を救って本当にいいの?
世界が滅びるかもしれないんだよ?」
ヘルメスは星空のように碧い瞳で問いかける。
底知れぬ雰囲気に気圧され、朱雀とともに後方へ退いてしまう。
だが、逃げるわけにはいかない。
「そう知った後も、俺の気持ちは変わらないよ。陽美香ちゃんを助ける」
「惚れてるからか?」
「それもある」
風雅はそこで一呼吸を置き、続ける。
「俺は。この世界が一人の女の子を見捨てなきゃ存続できないなんて、そんな世界を守るために母さんが死んだなんて。
自分が懸命に戦っていたなんて、思いたくない」
風雅は真っすぐ言葉を発する。
ヘルメスの片眉がピクリと上がる。
「そうか、それが死ぬ理由でいいのかい?」
「死ぬ理由じゃない。生きる理由だ。
……それに、アンタはどうなんだ」
「僕?」
「そうだろう。栄光あるオリンポス十二柱神の一人。神々の中で最も速いアルゴス殺しのヘルメスよ」
かつて、ヘルメスはゼウスの情人を助けるため、百の目を持つ怪物アルゴスを倒したを言われる。
知恵を持って怪物を狩る、賢しくも勇ましき神。
それがヘルメスである。
「お前達は満足なのか? いたいけな女の子を寄ってたかって殺そうとして。それが神々のやることなのか」
「ふーむ。そう言われると……」
ヘルメスの指が一本、風雅との間に立てられる。
「まず、あの子はいたいけな娘ではない。ゼウスの雷を受け継いだ正真正銘の英雄であり、アレスと同様オリンポスの正当後継者たる資格を持つ」
さらに一本立てられる。
「あくまで俺達は世界をテュポーンにより壊さないように選択したまでだ。陽美香の件は、世界を守護する神として我慢するべきところだ」
そして三本目の指が立てられる。
「最後に、俺は君より陽美香のことを見ている期間が長い。あまりうちの妹に格好いいまねしてくれるなよ」
その言葉に風雅の眉も動く。
「……ずっと前から見ていたのか。そしてアンタは時間を稼いでいた」
「……いい娘だよな。ひたむきで努力家で、毎夜泣いてるのに、おくびにも出さず笑う女」
ヘルメスは少し思い出すように、笑う。
「見つけたのは、二年以上前だが、何とかごまかしごまかしやっていた。
目覚めなければ、ずっと見ていられたのに」
風雅は言い終わったヘルメスに見つめられる。
星のような瞳は、喜悦に歪んでいた。
「……そろそろ時間稼ぎは十分かな。陰陽師よ」
「あら、バレてた?」
風雅はギターを構え、かき鳴らす。
対するヘルメスは伝令杖を右手に振り、杖術のように構えた。
ヘルメスの四方に聖獣が配置される。
「四行封印 破魔血封」
紅い正方体がヘルメスを覆っていく。
ヘルメスの顔が落胆に染まる。
「そんな程度で」
ヘルメスが空を蹴る爆発力でそれから逃れようと神力を籠める。
「……改|」
目の前の少年が言葉を吐いた途端、結界の色が真っ黒に変わる。
ヤバい。ヘルメスが心の中で呟いた途端、企てが行われる。
「破神血殺!!」
凄まじい爆発が結界の中を覆った。
自身が生み出した衝撃に吹き飛ばされる風雅は。ひらりと宙がえりをし、地面に降り立つ。
結界の中では爆撃が続けられている。
破神血殺。
酒呑童子に破られた技をさらに発展させた対上位存在用の爆撃兵器。
封印するだけの破魔血封とは異なり、相手を爆殺せしめるための術式である。
陰陽師としての、岩倉風雅の最高傑作。
相手は世界にその名を轟かすオリンポス十二柱神。
随一の伝説を持つヘルメス。
相手の手は?
ガラスの割れるような音とともに、結界がひび割れていく。
風雅はギターを構え、音をひねり出す。
「音量を上げて腕を出す
さらに声量上げて遠く
風吹く中漕ぎ出すは正へ
君が織りなす平凡は邪へ」
それはサンズカリフォルニアで見せた楽曲である。
だが、ひび割れは収まらない。
甲高い音をたて、割れた。
そして音の何倍もの速度でヘルメスが突撃し、風雅の腹を蹴りつける。
肺の空気が全て抜け、吹き飛びながらも風雅は体勢を整える。
「……凄まじい魔術だな。世界廃絶級の威力だぜ。だが、まだまだ荒かったな。
攻撃で自身の結界を壊してちゃチカラのロスにしかならねえ」
流血しながらも、ヘルメスは髪をかきあげ風雅を見やる。
「なにより、俺達を魔術の枠で殺したいなら天意絶抱級のものを持ってこなきゃ話にならんぜ」
魔術のランクには下中上級があり、上級が人間の使える最大級の威力と言われる。
だが所詮、魔術は魔術。
悪魔や神ならともかく、人間に扱えるものに限りがある。
上級の上が神級の魔術であり、これは神や大悪魔がようやく扱えるもの。
神を殺すにはその上の世界を滅ぼす「世界廃絶」級でも足りない。
更に上を行く、天の意が抱えきれぬほどの「天意絶抱」級の魔術が必要だ。
ゆえに、風雅は決断せねばならなかった。
神を殺すためには、特別な才能か、神殺しを持ってくるか。
瞬間、オリンポスの山々が華やいだ。
爽やかな風が吹き、春の訪れのように草華が舞い生い茂る。
風雅は、ギターをかき鳴らし草花の中心で立っていた。
髪色は翠にかわり、明確な神気に逆立っている。
瞳は青く、その容姿は普段の中性的なものからさらに艶やかとなる。
ヘルメスはため息をつきながら風雅を見やる。
残念そうに、祝福するように。
「君は、成ったのか、神に」
風雅は頷き、世俗を超絶した瞳でヘルメスを見る。
それは避けられぬことだった。
ただの魔術師でしかない人間が神界に行き、神域以上の魔術を極限まで使い、あまつさえ神に近い式神と同化した。
ゆえにこれは必然だ。
「後悔はない。どのみち、陽美香ちゃんを救うには彼女自身が全能なる神々の王の力を継がなければ、神々の王となって人界に行けなくならなければ、ならないんだろう?」
風雅の瞳は時に揺れ動きながら訥々と言葉を放つ。
こうなってしまっては、もう自分は異能者ではない。
神域にある何かに変わってしまうだろう。
ゆえに人界にはもう戻れないかもしれない。
「押しかける形になるが、それでも俺は彼女とともにいる。
彼女が神になるなら、俺も同じ所にいたい」
風雅の言葉を聞き届けると、ヘルメスは何かを決心するように言葉を紡ぐ。
「俺は」
そう言おうとした時、世界を揺るがすような雷鳴がオリンポス中を轟いた。
風雅とヘルメスはそちらの方をみやる。
四つあった気配が二つ。消えかかっている。
風雅とヘルメスは、同じ速度で駆けていった。
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