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神殺しは銃で死ぬ  作者: 尾根末彦
第10章 オリンポス十二柱神
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ヘスティア

 釧灘大和(くしなだやまと)は、自分が心臓を貫かれたのだろうと思っていた。

 しかし、気が付けば炉の燃える石造りの部屋の中にいた。

 それはまさに想像しうる古代ギリシャの神殿のようであり、なのに不思議なぬくもりを感じさせる場所だった。

 石の柱が何本も立っている光景が地平線まで続いている。

 そのおそらく中心に大きな煉瓦造りの炉があり、その上ではおそらく麦粥が作られているだろう鍋がある。

 左隣には井上勇美がおり、彼女もまた目を丸くしている。

 さらに大和の右隣には風雅と拘束されたアフロディテとヘファイストスがおり、彼らも大人しくしている。

 

 大和はキョロキョロと辺りを見回すと、石の柱の一本に身を隠しながらこちらを見ている少女がいることに気づく。

 金髪を二つに括った髪に、零れそうなほど大きな瞳をおどおどした表情でくもらせる。

 大和達より少し小さいくらいにも見えるが、その体は確かな神気を身にまとっている。

 一枚の白い布を身にまとった古代ギリシャ風の装束で、その姿は静謐(せいひつ)さと清純さを感じさせる。


 そんな少女は、可愛らしい足音を立てながら炉に近づく。

 ぐつぐつと煮えた鍋から、木製のおたまで中身を掬い、木の椀にそそぐ。

 二つの椀を持ち、大和と勇美におずおずと渡す。

 抵抗する気もなく、二人は受け取る。

「……食えと?」

「食べると、怪我が治るます。はい」

 舌ったらずな声に悪意は感じない。

 だが意図が分からず二人は困ったように風雅を見る。


「ああ、二人はいいんじゃない。神殺しだし。俺は下手するとここから戻れなくなるけど」

 あの世とこの世の狭間に行った時、食べ物を食べてはいけないという言い伝えはどんな神話にもある。

 あちら側のものを食べると、こちら側に戻れなくなるからだ。

 日本が誇る稀代の陰陽師の助言を受け、二人は麦粥をすする。


 信じられないくらい、うまい。

 微かな塩味が、疲れた肉体に染みわたるようだった。

 

 すると、大和が負った太ももとかかとの矢傷がみるみると塞がった。

「あの、洗い場はどこに」

「だいじょぶです。渡してください。はい」

 お辞儀をし、椀を少女に返す。

「ヘスティア様、そんなことより拘束を外してくださいよ」

 アフロディテが乳房をこぼれおとしそうになりがら身をよじる。

「だめ、貴方たちはヒサナの娘を殺すそうとした。ゆるさない」

「未遂じゃないですか。許してくださいよ」

「ダメだアフロディテ、伯母上は頑固だ」


 ヘスティアという言葉に大和は納得する。

 ゼウス、ポセイドン、ハデス、ヘラ、デメテルの姉にして、炉を司るオリンポス十二柱神の女神。

 神々に広く愛され、今なお信仰を集める女神。

 神々の王に永遠に伴侶を持たぬことを許された処女神である。

 

「権能としては、『ヘスティアが何かを傷つけられない代わりに、如何なるものもヘスティアを傷つけることはできない』ってとこかな。

 この神殿はオリンポス十二柱神たちが住む神殿だが、同時に君が許さなければここに入ることはできないと」

「そうです。この神殿『(アイシース)オリンポス』も安全です」

「んじゃ、丁度いいや、作戦会議しよう」

 そう言って、風雅が立ち上がる。

「つっても、やることは一択だろう。空を飛んで行ってまずはアポロンとアルテミスを倒す。援護射撃があってはアレスとアテナを相手取るなんて無理だ」

「ヘスティアさんの協力があれば、戦わないで陽美香を助けられるんじゃないの?」

 勇美の疑問に風雅は首を横に振る。

 

「そしたら、今度はまた日本に襲ってくるだけだ。はっきり言ってキリがないよ。

 敵地に侵入できててオリンポス十二柱神が三人削れてる状態で、せめてゼウスとヘラに話をつけないと」

「確かに、日本で人死にが出ない保証もない。腹くくるしかないか」

 風雅の結論に大和も追随する。


 ヘスティアはおずおずと手を挙げる。

「私からもお願いします。ゼウスを止めてください。でなければ、恐ろしいことおきる。ます」

 炉の女神の物言いに注目する三人。

「ヒサナの娘。ヒミカ。彼女はゼウスの力に目覚め、無意識に力を吸い取る。ます」

「そうすると、ゼウスの力が衰えてしまうというわけね」

 アフロディテの言葉に首を傾げる大和。

「だから赤羽を殺そうとしている? 心が狭いな神様は」

「もちろん、それだけではない。それだけでヒサナの娘を殺すなどありえんことだ」

 ヘファイストスの言葉に注視する三人。

「もし、父上ゼウスの力が衰えたら、あの獣が復活する。全宇宙を壊すと言われた大災厄。テュポーンがな」


 テュポーン。


 その言葉に風雅の顔が青くなる。

「え? じゃあ何? 陽美香ちゃんが大神ゼウスの代わりにオリンポスにいないと、あのテュポーンが復活するっていうの?」

「テュポーンって何?」

 勇美の疑問に大和が答える。

「地母神ガイアとオリンポス十二柱神の権力抗争であるギガントマキア。戦いの中でガイアが生み出した、全宇宙を滅ぼすと言われる怪物だ」

「ゼウスが格闘の末、巨大な島を投げつけて封じ込めた。それが、地中海最大の島であるシチリア島。

 そのテュポーンが未だに吹いている炎がヨーロッパ最大の活火山であるエトナ山って言われてる。

 じゃあ何? テュポーンが復活したらシチリア島の人達は」

「全滅だな。そしてエトナ山が噴火する」 

 大和と風雅の掛け合いに、勇美の顔も真っ青になる。


「な、なによそれ。何とかならないの?」

「一つだけ手がある。ます」

 ヘスティアははっきりと述べる。

「ゼウスが己の力の全てを、ヒミカに渡す。ます。そうすれば、ヒミカが神々の王になる。テュポーンの封印、引き継ぐ。ます」



 一年前。真オリンポスにて。

「ダメです! そんなこと! 何を考えているのです!」

 神妃ヘラはヒステリックに叫んだ。

「まあ、私も反対ですね。そもそも、貴方の力にヒサナの娘の方が耐えきれるか分かりませんし」

 オリンポス十二神の総意を代弁するように、軍神アテナが答える。

「だが、元はと言えばゼウス。貴様が文字通り撒いた種だろう。それを殺してしまうのはどうなんだ?」

「最悪、日本の神や神殺しとの戦争もありえるな」

 ポセイドンとアレスは慎重な意見を言う。

「ダメ」

 ヘスティアが強く抗議する。

 この十二神の誰もが、ヘスティアには敵わなかった。

「ヒサナの娘、殺すダメ。ゼウス。貴方が過ちを償うべき」

「姉上! 何を言い出すのです!」

「ヘラ。ヒサナに嫉妬するダメ。ゼウスが悪い。ダナエの時と同じ」


 ゼウスは自身を黄金の雨に変え、塔に幽閉された美女ダナエに降り注ぎ、身ごもらせた。

 その時の秘術をヒサナに使ったのだ。

 そのことはオリンポス十二柱神の誰もが知っており、誰もが表立っては言わないもののゼウスを責める気持ちはある。

 ゼウスがヒサナのことを思っていることは知っていたが、それはしまっておくべきものだった。

 嫉妬に支配され、その思い人のみならず息子や娘にまで悪意を振りまくヘラの本能を知っているがゆえに。


「まあまあ、皆さん落ち着いてくださいよ。僕がまず伯父上の兜を身に着けて日出ずる国に潜入します。

 そしてヒサナの娘を見つける。それまで結論は保留してもいいのではないですか?」

 ヘルメスがすました態度で皆を見回す。

 ヘルメスはハデスのあらゆる知覚から逃れる隠れ兜を持っていた。適任ではある。

 ヘラとヘスティアのにらみ合いはピークに達しようとしていたゆえ、その妥協案は誰しもにとってありがたかった。

「デメテル伯母上はくだらないとタルタロスにいってしまわれたし、とにかく今は娘の在り処を知るべきです」

「そうだな、それがいいだろう」

「そうね、それまでに皆も態度を決めるのがいいわ。ゼウスを取るのか、ヒサナの娘を取るのかね」

 ヘファイストスとアフロディテも同調し、その場はお開きとなった。

 皆が、辛そうに瞼をおさえるゼウスの方を見ることもなく。



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