陽美香の過去
炎の鳥が、総合病院の中庭に降り立った。
その背中から駆け出したギターケースを背負った少年は、全速力で病院内を走っていく。
迷いながらも病室に走りこむと、そこには点滴がつけられた一組の男女がベッドで眠っていた。
黒い艶やかな髪を持つ少年、釧灘大和、
ウルフカットのショートヘアの少女、井上勇美。
「雄大さん! 容態は!」
「命に別状はねえようだ。落ち着け」
少年岩倉風雅の問いに巨漢である雄大は答える。
雄大は眠っている従妹を気遣うように、額を撫でる。
「一体何が、おい! 起きて大丈夫なのか!?」
見ると、先ほどまで意識を失っていたはずの釧灘大和が起き上がる。
「……騒ぐな。大丈夫だ。問題ないよ」
そう言うが、体は包帯まみれである。
大和は点滴を一本抜くと、ぐびぐびと飲み干す。
「え? そういうもの?」
「風雅、お前」
「ああ、無視ね。はいはいどうぞ」
「ギリシャ神話に詳しいか」
「ああ、まあ人並み以上には、それより陽美香ちゃんは? あの子がいないなんて珍しいね」
「簡単に言うと、赤羽はオリンポス十二柱神のヘルメスにさらわれた。アレスとアテナも襲ってきた。奴らの狙いは赤羽だったらしい」
風雅はパクパクと口を開け閉めしたあと、額をくしゃくしゃとかき上げる。
「……何で、君らではなくあの子が?」
「あいつはゼウスの娘らしい。俺らの前で、異能に目覚めた。いや、神に近づいたというべきか」
風雅はしばらく逡巡した後、肩を落とす。
「雄大さんと、そちらのおじさん? ええと」
「水上龍誠。大和と陽美香の師匠で防人だな」
防人とは、神殺しを守る政府のエージェントの総称である。
「ああ、キルマスターね。じゃあまあいいか」
風雅は一人納得し、うなずく。
「……陽美香ちゃんの母親、赤羽緋沙奈について調べたよ。水地流の門下生にして女性柔道52kg級の金メダリスト。そして、22歳で引退している」
「……妊娠したからか」
「そう。当時は一般男性って発表だったけど、まあゼウスの子どもですって言う訳にはいかないよね」
「だが、何でこのタイミングだった? 何でいきなり奴ら襲って来たんだ?」
「……これ見て」
風雅はポケットから情報端末を取り出した。
情報系SNSサイトの見出しをみて、目の色を変える。
「エリア51で謎の爆発、死者も出ている。まさか……」
最近までUFOがいるなどの都市伝説のネタになっていた場所だ。
アメリカの空軍基地であり、政府が存在を認めていなかったほどに機密性が高い場所だという。
「ルシファーだ」
その言葉に大和の顔が歪む。
「まさか連携しているのか?」
「いや、おそらく何らかの動きを察知したんだろう。彼らは敵対しているしな」
大和は胸をなでおろす。
悪魔の王と神々の王が協力しているなどとは思いたくなかった。
「それで、俺らを誘いに来たってわけではないんだろう」
「ああ、僕ら謹慎中だし、日本からの討伐隊は神殺しのツートップが行ってるからね。入る隙がないよ」
ということは風雅の父親に、斎藤香澄。日本政府も本気と言うことか。
「つまり援軍は無いと、そういうことか」
「そうだね、オリンポスに向かって単身で勝とうなんざ、英雄でも無理だ」
「……関係ないよ」
いつの間にか起き上がっていた勇美は、痛みを堪えて起き上がり、大和と風雅を睨む。
「陽美香が、さらわれたんだ。私は絶対助ける」
風雅は治療用の札をだし、二人にはっつける。
薄い翠色の膜が多い、外傷が消えて行く。
「つったってどこにいけばいい?」
大和は動きを確かめるように肩を回しながら尋ねる。
「相手はあらゆる神々の中でも最速と呼ばれる速度を誇る神だぞ、どうやって追いつく」
「いや、もうついてる頃でしょうね。ギリシャまで行けばいいのかな」
「……オリンポス自体には、すぐ行くことはできる」
風雅のつぶやきに二人はハッとした顔で見つめる。
「おい! 見ているんだろうアマテラス!」
「ふふふ、お主もなかなか無礼よのう」
少年が虚空に叫ぶと、あっさりと日本神話における主神が空間から直接出てきたように姿を現した。
燃える太陽のような赤い瞳に絹のような肌、カラスのような黒い髪をした美女。
水上と雄大はもちろん見ることは敵わないが、風雅が見れる程度には出力を抑えている。
「ふむふむ、とんでもないじょうきょうよのう。して、どうするかの」
「……今からあんたに神楽を捧げる。それで持って、俺達を高天原に連れてってくれ」
「ふむ、なるほど、たしかにひこうきよりははやいだろうな」
高天原、日本神話における神々が暮らす場所。
「どういうこと?」
「俺達を神界へ連れて行く。君達が見ている神界ってのはあくまで本来の在り処から取りこぼされたものに過ぎない」
「神の本拠地って訳か」
「そう、高天原、オリンポス、天界、ヴァナヘイム。各神話圏でそれぞれにある神の住まう土地。
そこは君達が見ている神界のさらに向こう側にある」
風雅はノートを広げ歌詞をかきこんでいる。
「丁度温めていたのがあるから、一時間位で何とか出来上がる。それまで、準備してくれ。流石に病院着で行くわけにもいかないだろう」
「服なら、もってきてるぞ」
「ありがとう雄兄」
そこで、風雅はジッと雄大と水上、二人を見る。
「止めないんですか?」
「陽美香ちゃんとは、知らない仲じゃないからな……」
雄大はため息交じりに言葉を吐く。
「それに、勇美は言っても止まんないだろう。とりあえず、売店で飯でも買ってくるわ」
ポンポンと勇美の頭を撫でると、彼は席を外す。
「……君らよりは、陽美香との付き合いが長いんだ」
水上は過去に思いを馳せるように、言葉を紡ぐ。
「彼女の母親、赤羽緋沙奈は、とてつもなく強かった。十代の頃から戦いに明け暮れ、何度も世界を救ってきた」
思い出されるのは、栄光の日々。
「そんな彼女が、身重の状態で私の所に転がり込んできたのは、雷雨の日だった。
彼女は私に打ち明けたよ。ゼウスが娘を殺そうとしていると」
「……やはり知っていたんですね。そして、貴方が陽美香を守っていた」
大和はぼんやりと思っていた。
水上が自身の防人という割には、あまり本腰を入れて護衛をしては来なかった。
当然だ、もっと守るべき存在があり、一人で二人を守っていたから。
「気づいてはいたか。まあ危なそうな奴らなら来る前に叩きつぶしたが、基本的には君を成長させるために、ザコなら残しておいた」
「そりゃ気づいてますよ。お蔭で力量は上がりましたから」
勇美は大和の態度に疑問に思う。
「怒んないの?」
「そこはほら、師匠は元々頭が、そのアレだ」
直截な表現を避け、少年は男を見つめる。
「悪いが、君は天才すぎた。それに大人数人ならなんとかできる位には強い。
そして、陽美香を狙ってるのはオリンポスの神々だ、流石に僕でも一筋縄ではいかないね」
「あ、何とかなるんだ」
「人間には奥の手があるんだよ」
龍誠は意味深に笑う。
「それより話の続きだ。緋沙奈は十年前の激戦で死ぬ前に、僕に託した。陽美香を頼む。あの娘を鍛えてくれ。とね。
鍛えたさ、十年間。その間彼女は泣きごとを言わず、その青春を全て強くなるために使った。
その結果がこれとは、皮肉ではある」
「戦う気構えもなく、いきなり超パワーに目覚めるよりはいいかと」
おそらく緋沙奈は分かっていたのだろう。
娘がいずれ力に目覚めることを。
そのために、水地流を極めさせた。いずれ戦う日のために。
「もし、陽美香に出会えたら、伝えてくれるか」
水上はついてこないだろう。
流石にただの人間には、これからの戦いにはついてこれないからだ。
「ええ、何です」
「『水は地に染みこむが、それは消えたわけではない』それだけ伝えれば、彼女は水地流柔術の奥義に辿り着くだろう」
「それって……俺が聞いていいんですか?」
「ああ。そして、君にも『山はそびえ立つが、そこに一水を加えることもできる』」
「……なぞなぞですか?」
「いや、口伝だよ、これに自分の力で気づいたなら、少なくとも剣術において僕に教えられることはなくなるだろう」
勇美は二人のやり取りに恐縮したように声をかける。
「あの、私が聞いても良かったですか?」
「ああ、いいよ。あんまり言いふらさないでね」
軽い水上の物言いに恐縮してしまう。
そして、水上は居住まいを正すと、二人に向かって土下座した。
額を地にすらんばかりに、頭を下げる。
「師匠! 何を」
「本当は君らを止めなきゃならん立場なんだが、それでも頼む。陽美香を助けてくれ」
生まれる前から知った仲だ。
十年間、鍛えてきた。
ひたむきに努力を重ね、ともに笑いあってきた。
その少女が、実の父親に殺されそうになっている。
それを止められるのは、十四歳の少年少女、二人だけ。
祈ることしかできないが、それでもせめて頭だけは。
大和は息をのみ、それでも居住まいを正し、自身も土下座をする。
「必ず赤羽を救います。それと、今までありがとうございました。師匠」
そう言って頭を下げあう大和と水上。
勇美もまた、少年に習い、頭を下げる。
「陽美香をここまで導いてくれて、ありがとうございました。
陽美香がいたから、私達は生き残っています。
必ず助けて、戻ります」
「二人とも顔を上げなさい」
大和と勇美が頭を上げる。水上はそれを察したあと頭を上げる。
「勇美ちゃん、君は絶望的な死地に赴く時も必ず戻ると言った。
その強さが、陽美香が憧れたものだった。
だから、礼を言うなら僕の方だ、陽美香の友達になってくれてありがとう」
そして大和に問う。
「君は死ぬ覚悟を決めることはできる。それもまた必要だ。
だが、戦いに必要なのはもう一つ、どんな絶望的な状況でも生き抜く気持ちだ。
それを勇美ちゃんは持っている。戦いには生き抜く意志と命も絶つ覚悟。どちらも必要なんだ。
だから君達は、二人で戦いなさい。
そうすればどんな困難でも乗り越えられるよ」
「「はい!」」
二人の返事に、水上は笑い、二人を抱きしめた。
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