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神殺しは銃で死ぬ  作者: 尾根末彦
第9章 軍神
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アレスとアテナ

 赤羽陽美香と井上勇美は、親友である。

 少なくとも陽美香の方はそう思っていた。

 金髪で妖精のような美貌を持つ陽美香は、物心ついた時からやっかみの対象であった。

 母が死んだときから、顕著になった。

 そんな状況を救ったのは、師匠である水上と同門の大和。

 そして東京から来た転校生の、井上勇美。


 少年のような仕草と快活さ、女性的な優しさとしなやかさを併せ持つ少女に夢中になった。

 そんな彼女が、重大な秘密を持っていることはうすうす気づいていた。

 秘密を共有しているのは釧灘大和。

 勇美と大和の間にある血よりも濃いつながりを、赤羽陽美香は気づいていた。


 だから、勇美の秘密を知ったとき、嬉しかった。

 ああ、これで私は彼女の隣にいられると。

 けれど、実際は変わっていない。

 勇美達の戦いは、陽美香の知覚できる範囲にない。

 その時、陽美香の胸元の札が明るく光る。


 私と同年代の少年がくれた、自分の身を守るためのもの。

 けれど、それを攻撃に使えば。

「ごめんね風雅くん」

 遥か西の街京都にいる少年に謝罪し、少女は階段を目指して走った。

 


「たく! あの野郎逃げやがって! つうか勇美と陽美香ちゃんと大和君は無事なんだろうな!」

 井上雄大は車を走らせ、通信端末の位置情報を頼りに勇美達のもとまで急いでいた。

 無命(ウーミン)と名乗る中国人は、それなりの時間を雄大と戦ったあと、応援が来ると分かると一目散に逃げ出した。

 凄まじい使い手であった。

 あれと同じレベルが従妹の方に行っていたらと想像するとぞっとする。


 位置情報により工場に辿り着くと、入り口の前でたたずむ水上を見つけた。

 車から飛び出し、近づく雄大。

「おい、水上さん何してる?」

「いや、もう出る幕はなさそうだからね」

 雄大が工場の敷地内に目を向けると、コンクリートで覆われた敷地内で大和と勇美が戦っていた。

 戦っている相手は雄大には見えないが、二人の少年少女は確かに戦っていた。

「こうなっては我々にできることは何もない。あの子達が自力で何とかするしかないのだからね」

 水上が達観したように呟くと、雄大は苛立たし気に舌打ちした。

 それは無力な自分に怒るがゆえか。

 ただ井上雄大は、虚空を睨みつけていた。



 大和とアレスの戦いは、アレスの優位に進んでいた。

 当然、先ほどまで大和と勇美二人で拮抗していたのに単騎となって戦いが有利になるはずもない。

 アレスの顔が愉悦に歪む。

 ああ、こいつをこの二槍で貫いてしまいたい。

 そうすればこいつは血にまみれ、あの女は絶望した顔で泣くのだろう。

 そういう姿が、真に愛しい。

 嗜虐に残虐に軍神は嗤う。


 勇美とアテナの戦いは、ひとまずは互角と言うところ。

 全長200メートルはあるアテナの神体を、身長170センチメートル程の少女は互角に押し込んでいた。

「成程、この国で最も才能ある神殺し(テーオス・スコトーノ)の名に恥じぬ戦いぶり!

 お見事ですイサミ・イノウエ!

 かくなる上は私も全力を出しましょう!」

「出さないで帰ってくれよ!」

「そうは行きません! 我々の目的を果たすため!」

「だから! その目的はなんなのさ!」

 叫んで勇美は正拳突きの構えで紫炎を放つ。

 それを難攻不落、絶対不滅のアイギスの盾で防ぐアテナ。

 山のようにそびえ立つオリンポスの神々の神体。

 それに対し、勇美は全力を出して拮抗していた。

「目的については言えません。

 ゆえにわれらは戦うのみ!」

「ああもう! 軍神ってやつはどこからでも戦う理由を見出(みいだ)してくるのか!」

 勇美は嘆きながらも、紫炎を練り上げ攻撃する。


 アレスは、不可解な気持ちだった。

 人間大のアレスの速度は人間の動体視力で対応できる範囲を、圧倒的に逸脱しているはずだ。

 しかし、現実は攻め切れていない。

 目の前の少年は必死に食らいつき、防ぎ、あまつさえ頻度は少ないながらも反撃してくる。

 何だ、何故だ。

 大和は人の身で軍神アレスと十二分に切り結んでいた。

 絡繰りが分からない。

 だが、そんな迷いを唾棄(だき)すべきものとして捨て去る。


(関係ない。貫いちまえばなあ)


 凄絶な笑みで軍神は同時に二本の槍を繰り出す。

 だが、大和はその場から消失していた。

 否、人並み外れた跳躍力で飛んでいた。

 だが、悪手。


(阿呆め。串刺しだ)

 

 だが、そこで大和はイチかバチかの行動に出る。

 槍を横から叩いたかと思うと体を跳ねさせ、、そのまま柄の部分を滑り始めたのだ。

 驚愕に目を見開くその一瞬が命取りだった。

 槍を握った腕をなぞるように傷つけられたアレスは槍を一本取り落としてしまう。

 

「なめんなよ! ガキが!」

 

 アレスは一本の槍を巧に操り突きを連続で繰り出す。

 しかし、大和はことごとくを見切ったように最小限の動きで躱していく。

 驚愕に歪む軍神の顔を大和の鋭い目が貫く。

 

 剣の戦いは、驚いた方が負ける。

 

 それは大和が師匠である水上から教わったことだ。常に心を平静に保った方が勝つ。

 大和が経験してきた戦闘とはそうしたものだった。

 ゆえに、常に心を静める。

 明鏡止水。

 アレスの薙ぎ払いを潜り抜け、さらに袈裟斬りの一閃を肩に。

 軍神は槍を二本取り落とした。


 まだアテナもいる、ゆえに首を落とす。

 だが、そこにまったをかけるように何かが飛来する。

 大和は間一髪それを横っ飛びに回避する。

 それは馬車であった。

 炎を吐く馬に引かれた二頭立ての戦車だ。

 さらにアレスの纏う黄金色の戦気が鎧へと形を変える。

 

 そのあまりの威容(いよう)にゴクリと唾を飲む大和。 


「誉めてやろう。かつて俺を追い払ったギリシャの英傑達も、俺の本気の姿を引き出したことはない」


 そう厳かに言うとアレスは、馬車を走らせ距離を取る。

 アレスは空に浮かぶ赤い火星と同一視される。

 そんな逸話を連想させるような赤い炎を纏い、閃光のように突撃してくる。

 ぶつかれば神殺しである自分でも死は逃れられない。

 しかし、大和は一切の躊躇(ちゅうちょ)なくアレスの突撃に対し、真っ向から突撃した。

 

 アレスの顔が驚愕に歪む。

 こいつ、死が怖くないのか。

 実際に突撃を受ければ、防御力の無い大和は一瞬で消し飛んでしまうだろう。

 では釧灘大和は狂人か。

 これは狂った選択か。

 否。


(常に活路は前にある)

 大和は看破した。直感と言ってもいい。

 この突撃は躱せない。

 事実、機動力のない現在の状態では、大和は戦車の突撃を回避できなかっただろう。

 余波だけで粉々になった可能性もある。

 しかし、それは向こうも一緒のこと。

 

 大和は、刀を突き立てるように飛んでいく。

 自身の刀が持つ死の権能。

 それを振りかざすように飛んでいく。

 このまま激突すれば、アレスは刀の切っ先に凄まじい勢いで飛び込むことになる。


 上等。

 

 アレスの心を支配したのは、軍神としての矜持であった。

 ここで死を恐れ怯んでしまうようではオリンポス十二柱神(じゅうにちゅうしん)に恥をさらす。

 決心し、戦車の手綱へ神力(しんりき)を充填する。

 だが、アレスの死を許さぬものは他にもいた。

 

 大和の刀が何かを貫いた。

 それは血をまき散らし息絶える。

(馬が!)

 アレスの戦車を引く二頭の神馬。

 そのうちの一頭が身を踊りだすようにして、大和の刀に突っ込んだのだ。

 それは自身の主を守るための献身的な行動であり、釧灘大和にとっては最悪だった。

 戦車は多少減速したものの、衝撃が全身に叩き込まれ、点々と転がる。

 

 アレスは戦車を止めた。否、数千年の時を共に生きた神馬とともに、この戦車もまた死んだのだ。

「興醒めだな」

 アレスは感情の伴っていない目で、いや、感情が複雑すぎて言い表せない瞳で大和を見下ろす。


「があああああ!!!」

 少女の叫びにアレスが目を向けると、いつの間にか人間大になっていた戦女神、アテナが井上勇美の喉元を掴み上げていた。

「おーおー大人気(おとなげ)ねえ」

「黙りなさい。たがだか人間に苦戦して、オリンポス十二柱神の面汚しが」

「かくいうお前も満身創痍だろうが、アテナ」

 アレスのからかいに眉を上げる戦女神。

 事実、アテナの誇る装甲はアイギスの盾をのぞいてことごとくヒビが割れ、損傷しており、頬にも一発入れられたのか赤あざができていた。

「というか、預言してやるよ。お前負けるぞ」

 アレスは紛うことなき軍神である。

 そのアレスの宣言にアテナは目を見開く。


 井上勇美の紫炎が最小限掴まれた所へのガードをのぞき、右腕に凝縮される。

「な!」

「チェスト!」

 アテナの右腕が折れ、井上勇美が解放される。

「貴様!」

「押忍!」

 井上勇美の右正拳突きがアテナの鳩尾を狙う。

 そのまま点々と地面を転がる戦女神。

 

 手を突き出した学生服姿の少女は、大和を見下ろすアレスを睨む。

「釧灘! お前!」

 勇美の怒りを涼しい顔で受け流すアレス。

「ああ、もしこいつが万全だったらヤバかったかもな。

 流石に小細工を弄した甲斐があったってものだぜ」

「黙れ! よくも釧灘を!」

「おいおい、もう油断か? 流石にオリンポスの神々を舐めすぎじゃないか?」

 ハっとした勇美の腹部を、無情な一撃が貫く。

 アテナの全身全霊によって放たれたそれは、アイギスの盾による投擲だった。


「ぐああああああ!!」

 ごろごろと痛みで転がる勇美。

 アテナは金髪をかき上げ、勇美を見下ろす。

「まさか奥の手を使わせるとは、ですが、これで終わりです」

「はは、まだまだ、元気一杯だよ」

 血の混じった吐しゃ物を拭い、獰猛に笑いながら井上勇美は立ち上がる。


 同時に、加勢に向かおうとしたアレスの足首を、大和の手が掴む。

「おいおい、まだやる気か。やめとけって、お前よくやったよ」

「……今さら何言ってやがる。てめえらが始めた戦いだろうが」

 大和は刀を杖がわりに立ち上がり、軍神に突きつける。

 だが、アレスは動じない。


 アテナもまた、勇美を睨み、とどめを刺そうと槍を構える。

「では、死ね」

 そうアレスが冷徹に言い、振り下ろそうとしたとき、雷がアレスとアテナを貫いた。

 多少のダメージを負った軍神二人がじろりと後ろを見る。


「あ、当たった。ひい!」

 陽美香は驚愕に満ちた目で、突然現れた二神を見つめる。

 大和は気づいた。

 風雅の札だ、それを使うことで周囲が異界に変わり、常人である陽美香にも見えるようになっている。

 そして思った。

 非常にまずい。


 だが、チャンスだ。

 大和はアレスの首元に刀を、勇美は正拳突きをアテナの顔面にそれぞれ狙う。

 しかし、ドスっという衝撃に、二人して自身の腹を見る。


 槍が腹を貫いていた。

「大人しくしてろ。目的は達した」

「そうですね。早く回収を」

 アレスとアテナの話が遠くに感じる。

 だが、何とかしなければ。

 大和と勇美は倒れることなく立ち続ける。


 ここでやらねば、死ぬだけだ。

 二人は決死の覚悟で立ち上がる。


 その時、異変に気付く。


 世界が異界に近づいている。

 否、それどころか霊界、神界へと段々と近づく用にも感じた。

 そこで、勇美が気づく。

「陽美香! おい!」

 ウェーブがかかった金髪をした少女は、色素の薄い眼をこぼれんばかりに見開き、勇美と大和の腹部を見つめる。

「……ダメ」

「いけない!」

「クソが!」

 アテナとアレスが焦ったように槍を振りかぶる。

 それを防ぐように勇美と大和が槍を掴んだ。


「ダメ!!」


 陽美香の叫びが雷鳴の様に轟いた。

 瞬間、落雷のような音が弾け、あまりの衝撃に大和と勇美は、遠目で見ていた雄大達のもとまで吹き飛ぶ。

 静寂が辺りを包み、大和と勇美は腹部の痛みを堪え立ち上がる。

「いたたた」

「何が、陽美香! ……へ?」

 間の抜けた声をあげる勇美に、大和は不思議に思いつつ衝撃の先を見る。

 アレスとアテナが、倒れ伏していた。

 その中央では、赤羽陽美香が、まるで雷雲のように帯電しながら、髪の毛を巻き上げたたずんでいた。

 焼け焦げボロボロになった衣服から妖精のような肌をさらけ出しながら、茫然と立ちすくむ。


 パチパチパチパチ

 

 陽美香の周囲を帯電する音が、まるで祝福するように聞こえた。 



「ああ、ああ、おいおい、目覚めちゃったよ。我らの妹が」

 近くのビルの上で、サンダルを吐いた神が呆れたように言った。


 狂騒はまだ、終わらない。

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