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神殺しは銃で死ぬ  作者: 尾根末彦
第9章 軍神
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過去は這い寄る

 釧灘大和(くしなだやまと)は、(つたな)いながらも法曹関係にパイプがある。

 それは、優秀な刑事であった亡き義父が遺した確かな財産でもある。

 その一人である検察官から、ある男が少年院を出所したとの報せを聞いた。

 福岡から帰って間もなきころのことである。

 大和は険を含んだ顔で、自室から見える暗闇を睨む。

 

 学生服のカッターシャツを取り出す。

 大和の通う学校は衣替えをしたが、大和は半袖を着ない。

 袖口に暗器を仕込めなくなるためだ。

 針で作業していると、心が落ち着いてくる。


 大人しくしてくれるならそれでよし。

 またかかってくるならばその時は。

 夜九時の就寝まで、その作業は続いた。


 


 井上勇美は基本的に小物に頓着しない。

 今も従兄のものと思しき傘を持ち、大和の隣を歩いている。

「あんた、少し背が伸びた?」

「そうか? それは成長期だからな」

 四月の身長測定では165センチだったが、また少し伸びたかもしれないと思った。

 一方井上勇美は171センチ程。

 まだ、少し遠い。

 できれば180センチは欲しい。

 せめて隣に立つ少女よりは背が高くなりたい。

 そう思うのは男の性か。


「お、でんでんむしだ」

「風流だな」

 校舎近くの紫陽花を這うそれに、二人はしばし眺める。

 そして、大和はこう切り出した。

「井上、今日から道場に行くときと帰るときは、俺か雄大さんを伴ってくれ」

「何でまた」

 勇美が不思議そうに言う。

桧山(ひやま)先輩が、少年院から出て来てる」

 その言葉に、勇美は苦い顔をする。



 入学当初から、井上勇美は目立っていた。

 周りの女子と比べて頭一つ抜けて高い身長にモデルのようなスタイルと美貌。

 そして空手では優秀な成績を収めている。

 人気が出るのも分かるというものだった。

 

 それとは別に、当時彼らが通う中学校は荒れに荒れていた。

 それは、一人の男子生徒が学校を支配していたからである。

 名を桧山陽介(ひやまようすけ)

 暴行して部活動を妨害する、授業を妨害する。

 男子生徒を脅して金を持ってこさせる、不登校においやる。

 女子生徒を脅して援助交際紛いのことをさせる。


 挙げればキリがない悪行の数々だが、大和としてはどうでもよかった。

 勇美が桧山を含む五人を叩きのめすまでは。

 勇美を人気のないところへ連れ込もうとして、返り討ちにあったのだ。

 大和と陽美香でさらに桧山達を再起不能にしようとしたが、勇美に止められた。

 大したことなかったからと。


 次は、高校生含む二十人で襲ってきた。

 勇美は即座にその足の速さで逃げ出したが、翌日学校を休んだ。

 その日、釧灘大和と赤羽陽美香は報復を決意した。

 朝のホームルームの時間、二人は三年の教室に乗り込んだ。


 三階にある三年の教室は絶叫と怒号が渦巻いており、教室の様相を呈していなかったがどうでも良かった。

 ただ、桧山という男子生徒を探す。

「すいません、桧山先輩いますか?」

 大和は怒りを抑え、友好的に一番手近な男子生徒に問う。

 すると、瞬く間に数人に取り囲まれる。

「桧山先輩に用があって来たんですけど、どなたですか」

 大和は全く臆さずに話しかける。

 

 一番窓際でふんぞり返る男子生徒がいる。

 その頬は絆創膏で覆われている。

「俺だよ。何の用だ一年坊」

 問われ、大和は一応確認を取る。

「あなたが、井上を襲ったんですか?」

「お前あの女の彼氏か何かか? 彼女のために来るとはカッコいいじゃん」

 そう桧山が言うと、教室中が笑いに包まれる。


「そんなんじゃないが。本当なんですね」

 大和は努めて冷静に声をかける。

「ああ、見ろよこの傷。お前がもしあの女の彼氏だってんなら、お前に償ってもらうか!」

「……女を襲おうとして返り討ちにあい、逆切れ、本当情けないわね」

 陽美香の呆れたような言葉に、青筋を浮かべる桧山。

「何だ金髪女。てめえは」

「あんたが襲おうとしたか弱い女の子の親友よ。話の流れでわかんないの低能なサルね。盛りすぎて脳が退化しちゃったのかしら」


 桧山は顔を赤くしながら陽美香を見る。

 それを観察し、この程度の男なら、どのみち自滅するから見逃そうかと思った大和は、踵を返そうとする。

 その男の次の言葉を聞くまでは。

「あの女といい、生意気な女ばかりだ! 絶対に裸にひんむいてズタボロにして引きずり回してやる!」

 

 その時、大和は思った。

 ああ、じゃあ()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 大和は真っ直ぐ桧山に近づく。

 取り巻きが下品な顔で掴みかかろうとする。

 五人ばかりが、組み付いた。

 だが、止まらない。

 男達をずるずると引きずり、大和は歩き続ける。

 まるで意に介さぬほど、速い。


 陽美香にも何人かが掴みかかる。

 だが、陽美香は俊敏に動くと一人を背負い投げ、踏みつける。

 睨みつける美少女のあまりの剣幕に怯む三年生。

 

 桧山は「情けねえ奴らだ!」と吐き捨てると、ポケットからナイフを取り出す。

 大和の腹めがけて、刺す気で突き出された。

 あまりにも遅すぎる腕を、あっさりと掴んだ。


 鈍い音が教室に響く。

 続いて醜い叫び声。

 尋常でない握力だけで、腕を折ったのだ。

 さらに大和は股間と肩を掴み、桧山を高々と持ち上げる。

 睾丸が潰れ、断末魔の声を上げる男。

 そして、開いていた窓に向けて思いっきり投げつけた。


 悲鳴が遠のきながら、鈍い音を立て止まった。

 しんと静まり返る教室を睨み倒し、大和は叫ぶ。

「男にはな! 超えちゃならん一線があるんだ! 女を無理やりどうこうしようとしたなら! 死ぬしかないんだ男は!」

 そう叫んだあと、足音荒く大和は教室を去った。

 この一件がきっかけで、大和に「クレイジーボーイ」のあだ名がついた。



「いや、やべえ人じゃん」

 風雅の声がヘッドホンから聞こえる。

「そう、危ない男なんだ。逆恨みしてきたなら……」

「いや君のことですう!」

 悲痛な叫びに意外な顔をする大和。


「君がやばい奴だと! 俺は言ってるんだ! 陽美香ちゃんと勇美ちゃんはどう思う!?」

「うん、頭おかしい人だと思うよ」

「私は、まあ、元はと言えば私のせいだし」

 夜八時頃、ネット通話で四人は会話をしていた。

「いや、本当に何で少年院行きじゃないの? どうなの?」

 少年の疑問に大和は答える。

「ああ、結局雄大さんが根回ししたんだ。別件で先輩を逮捕してくれて、何かうやむやになった」

「いや、明らかに名状しがたい何かが働いてるじゃん! こわ! 名古屋こわ!」

 風雅が騒ぐが、大和は無視する。

「というわけで、先輩が俺を狙ってくるならいいが、井上や赤羽を狙う危険もあるから、気をつけてくれ」


「ううん。でも、そこまでするかな。そりゃ用心に越したことはないけど」

 陽美香は唇に手をあてて答える。だが、釧灘大和は油断しない。

「クズは、どこまで行ってもクズだ。それはゆめゆめ忘れるな。反省するような奴は、女を集団で襲わない」

「……残念だけど、それが現実かもな」

 岩倉風雅は腕を組みながら答える。

「まあ、陽美香ちゃんはいざとなれば俺の札があるし、勇美ちゃんは雄大さんがいればいいだろ。

 大和も師匠の水上さんが防人なんだろ? 護衛についてもらえば?」

「そうだな、打診しよう」

 大和は風雅の提案に頷く。

 そして、話題は風雅の案件に移る。


「父さんに色々聞いたけど、緋紗菜(ひさな)さんだっけ? その人のこと聞いたんだけど、10年前に死んだってことしか分からなかった」

「……そっか、残念」

「でも、陽美香ちゃんのお袋さん、史上最強の神殺しって言われてた位強かったんだって」

 風雅の言葉に意外そうな顔をする陽美香。

「そうなの? 知らなかった」

「けど、それ以上はダメだった。10年前の戦いがどういうものかは緘口令(かんこうれい)が出されて教えられないの一点張りだった」


 そこで、陽美香が言葉をつなげる。

「私のお母さん、師匠、水上先生の妹弟子だったって聞いたことはあるけど、それくらいだな。

 記憶もおぼろげだし」

 陽美香は思い出す。母に手をつながれ歩いたことを。

 ただ、それはもう遠い日の彼方だ。

「私のお父さんもどんな人か分からないし。伯母さん、お母さんの姉さんに引き取られたけど、正直うちのこと良くわかんないんだよねえ」

 その言葉に、何とも言えない顔になる風雅。

 勇美と大和も空気が重くなる。

 そんな空気に聡く気付いたのか、陽美香が慌てて手を振る。


「あ、でも伯母さんも伯父さんも良くしてくれるし、平気だよ! それより、風雅くんは謹慎って言ってたけどどうなの?」

 彼女は話題を逸らした。何だかんだいいやつだなと大和は苦笑する。

「ああ、いや。むしろ楽できていいくらいだけど、そうか……」

 風雅は腕組して言う。

「……うちの母さんも、10年前の戦いで死んでいるからな。何があったのか、知りたくはあるけど」

 その言葉に大和は京都での記憶を引っ張り出す。

「お前の母さん、前の陰陽師の総代? だっけ。何か言ってたな」

「ああ、まあ。俺も記憶はあんまりないし、良く覚えてねえけど。

 ……母さんの遺志を継いで、この国を守ろうとは思ったんだ。まだ小さい頃だけど」


 そうして、少ししんみりとした所で、風雅は空気を切り替えるように手を叩く。

「とにかく、その桧山さんには三人とも気をつけてくれ。謹慎が明ければ、いよいよルシファーとの戦いが現実味を帯びてくる」

 その言葉に、大和は真剣な表情をする。

「ああ、次に会うときは必ず殺す。あいつだけはな」

 父親の仇に、大和の言葉に熱がこもる。

 結局その日はそこでお開きとなった。





「必ず殺す……あいつだけは……」

 路地裏で、少年が一人、よろよろと歩いていた。

 桧山陽一の家は、金持ちだった。

 家族はこの街にはいれなくなったが、金だけはある。

「まずは、兵隊だ。それから、あいつの前で、あの女を犯して痛めつけて、嬲り殺してやる。あの金髪もだ。それから、それから、それから」

 

 妄執に()てられ焦点が合わない少年は歩いていく。

 そのままならおそらくこの件は、あっさりと大和に返り討ちにあい終わっていただろう。

 だがそうはならなかった。

 少年の後ろに()()が立つ。

 金髪に鍛え上げられた肉体と美貌を持つ()()が。


 それで足りるか?


 何かは少年に見えることはない。

 だが、その思考は脳裏に焼き付いていく。


 路地裏のチンピラで大丈夫か?

 準備は念入りにしなければならない

 武器は足りるか?

 兵隊の質こそが大事なのだ

 ネットワークを使え

 釧灘大和に恨みを持つのは本当にお前だけか?

 井上勇美を凌辱したいのは本当にそいつらだけか?

 

 思考がクリアになり、アイデアが湯水のように沸いてくる。

 足元を見れば、札束のぎっしり詰まったアタッシュケースが転がっている。

 それをなんの疑問もなく拾う。

 次に少年は、するすると入り組んだ道に入っていき、路地裏のバーに入る。


 客の一人もいない店内で、バーテンダーが怪訝な顔で桧山を見る。

「何だガキが、とっとと帰んな」

()()()()()()()()()()()()

 桧山は全く知らないはずのバーで全く知らないはずの合言葉を言う。


 その言葉に、ピクリと眉を動かす。

「……金は?」

 アタッシュケースの札束を見せる。

 バーテンダーはにやりと笑う。

「そんだけあれば、何人でも雇えるぜ。何だ? 戦争でもおっぱじめる気かい?」

「いや、この店でとびっきりの腕っこきを……五人ほど」


 少年は自分でも何を言っているのかわかっていない。

 脳の奥だけが、妙にクリアだった。

「そりゃあ、ウチの目ぼしいの全員だな。

 人斬り照山(しょうざん)、怪獣比堂(ひどう)、壊し屋(がい)柳眉刀(りゅうびとう)チェン。そして、甲斐弦由布人(かいげんゆふと)

 少年は頷き、札束を5つ取り出し、バーテンダーに渡す。

「まいど。ただ、こいつら当然訳アリだからな。すぐにとはいかないぜ」

「待つさ。戦いは機会を待って、十分に準備を行うものだ」

「まるで、軍師みたいなことを言う。じゃあまあ、俺に乾杯だ」


 ああ、乾杯だ


 その赤い気配に二つの槍を背負う存在は、満足そうに少年を見下ろす。

 まさに猜疑的で小心者で卑屈で残忍で卑怯で醜悪で悪辣で残虐で残酷であるがゆえに。


 愛そう。

 さあ、釧灘大和と井上勇美を殺せ。




「おいおい、あいつが来るってことは、父上に彼女がバレたか。何とかしないとな。

 ……でも何ともできないな」

 それはあらゆる感知から逃れるハデスの隠れ兜を被り、ビルの上からその存在を見つめていた。

「うーん、どうしようどうしよう。流石に誤魔化しきれなくなってきたか」

 その神はうろうろとビルの上をうろつき、うろつき、うろつき、

 飽きて寝ころび寝息を立て始めた。


 

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