赤羽陽美香の本領
サムエル・フォーレン。
国籍はイタリア。
十歳の頃、神殺しの才能に目覚める。
神殺しとしてアシュタロト撃退、ヒュドラの討伐などで功績を上げる。
また、総合格闘家としてのキャリアは五年間で三十戦以上あり、無敗。
短期間でこれほどの戦歴を誇るのは、試合の際にほとんどダメージを受けなかったからと言われる。
日本での知名度は低いが、海外格闘ファンの間では、ミドル級最強の一人にあげられる。
現に今、九州の武闘派暴力団相手に殺戮の限りをつくした蓮野小太郎を、鎖鎌とマシンガンで武装した相手を一蹴した。
紛うことなき強者。
そんな彼が、目の前の十四歳の少女を警戒していた。
自分より20センチは低く、体重でいえば半分もない。
にもかかわらず、警戒した自分からマシンガンをすり取ってみせた。
かと思えば、絶対的な優位であるはずの銃器を分解し、放り投げてしまった。
興味が湧く。
見た所西洋人とのハーフのようだが、そんなことは些細なことだ。
まさに東洋の神秘。
「失礼お嬢さん。お名前を伺っても?」
「水地流奥伝。赤羽陽美香」
奥伝とは、日本古武道諸派において、師から奥義を授けられた者を指す。
水地流という言葉に、サムエルが反応する。
「……“キルマスター”タツマサ・ミナガミの弟子か」
「……ウチの師匠、そんな物騒な名で呼ばれてるの?」
そう言いつつ、二人は互いに間合いを図るように横に動く。
必然、二人の動きは円を描くようになる。
「盛り上がってる内に、逃げるよ風雅」
「大丈夫なの? 陽美香ちゃん危なくない?」
勇美の提案に風雅は戸惑う。
何と言っても、成人男性対女子中学生だ。
だが、勇美は陽美香を信頼していた。
「時間稼ぎに徹すれば、陽美香ならそう大けがしないよ。亜美ちゃんを連れて海へ」
「援護はしないのかい?」
「今の攻防で分かったけど、神殺しとしての強さはあっちが上だ。それに本気でやるとあんたや亜美ちゃんを巻き込んでしまう」
「……分かった」
風雅は完全に納得はしていないものの頷いた。
その時、戦局が動いた。
サムエルの左ボディブローが陽美香の右わき腹を狙う。
おそらく、少女の顔を傷つけるのをきらったか。
だが、陽美香は拳の有効範囲の外側に歩を進め、男の左手を叩いた。
必然、勢いが付きすぎた左ブローは体が流れ、空を切る。
神父の体勢が前のめりに崩れ、体が泳ぐ。
さらに陽美香の凄まじい足払いが追い打ちをかけるように襲いかかり、イタリア人神父は背中から倒れた。
サムエルは不思議と怒りでなく、笑顔がこぼれるような喜びを感じた。
ミステリアス。ビューティフル。
(ならばこれはどうする!)
男は寝ころんだ体勢のまま、足を滑らせるようにして、陽美香の足を挟もうとする。
蟹挟み。
両足で相手の足を挟む技である。
誰でも訓練なくできる上、子ども同士のふざけ合いでも行われるゆえ軽視されがちだが、その実、多くの格闘技で反則に指定されるほど危険な技である。
然るべき筋力を持つ人間が行えば、相手の骨をそのまま折ることすら可能。
だが、陽美香の取った行動は、サムエルの予想の上を行く行動であった。
飛び上がり回避、そのまま金的を踏みつけようとした。
たまらす転がり距離を取るイタリア男に、陽美香はつややかな笑みを浮かべる。
「あら、ステップはお嫌い?」
「……怖いお嬢さんだ」
ひりついた空気が二人を包む。
風雅は唖然として陽美香を見つめる。
勇美はそんな風雅の背中を叩く。
「あの娘は伊達や酔狂でついてきたわけじゃないってわかった? さっさと行くよ」
「……カッコかわいい。すげー好き」
ぼんやりしている風雅を引っ張りながら亜美の方へ近づく。
サムエルのラッシュが陽美香の体を貫く。
総合格闘家の本気の拳、しかし、中学生の少女は最小限の動きで完全に見切ったように躱していく。
「先生に比べたら全然ぬるいぬるい!」
陽美香はいっそ楽し気に笑いながら、サムエルの攻撃をあるときは手で軌道を変え、ある時は体さばきで防いでいく。
そこで、サムエルは戦法を変えた。
タックル。否、八極拳でいう鉄山靠か。
背中を使った体当たりが陽美香を襲う。
攻撃範囲を広げることで、かわせなくする意図か。
だが、陽美香は前方に向け、しゃがんだ。
体全体で、神父の前足にぶつかっていく。
少女の体につまずいた形になる神父は勢いよく倒れこむ。
「つええ、マジかよ」
小太郎は痛打された股間をさすりながら、思わず呟く。
赤羽陽美香、聞いたことがない。
同い年の華奢な少女がここまで強いとは。
ここは少女に任せて、亜美を逃がすのが先決か。
小太郎は亜美に目線をやり、気づく。
そこには、腹部から出血し気絶する義妹の姿があった。
瞬間小太郎は鎌をサムエルに向かって投げつける。
陽美香は思わずその柄をキャッチする。
「ちょっと! 死んじゃうでしょ!」
「殺す気だよ俺は!」
小太郎はサムエルに殴りかかる。
サムエルもまた、小太郎を迎撃しようと殴りかかる。
「お」
陽美香が二人の間に入る。
「ち」
その身を横に一回転し、二人の拳をくるりといなす。
「つ」
二人の攻撃を受け加速した陽美香が両手で二人の腹を叩く。
「け!」
あまりの衝撃に悶絶し倒れ、転げまわる小太郎とサムエル。
水地流、奥義「双流し」。
陽美香は二人を睨み制しつつ、亜美の方に叫ぶ。
「ちょっと! 大丈夫なの!?」
「全然大丈夫じゃない! それに!」
陽美香の叫びに、風雅は札による治療を試みながら、上空を見上げる。
空の赤いオーロラはさらに大きくなっていた。
「亜美ちゃんの制御が外れかかってる! このままだとそろそろ悪魔が人界に現出するぞ!」
「どうすればいいの!?」
「ええと、亜美ちゃん! がんばって!」
風雅は泣きそうになりながら、治療を続ける。
その時、亜美は小太郎を見つめる。
「お願い、私を殺して。お願い」
少女の願いに、翠炎の双子が炎を出す。
「何する気だ!?」
勇美の問いに、華崎兄妹は、勇美と風雅に頼む。
「見逃してくれ……」
「こうするしかないのよ」
二人は勇美と風雅を見る。
その瞳には決意の光が宿っている。
「……それは明確な政府との協定違反だ。ただではすまないよ」
「どういうこと?」
「亜美ちゃんに、気炎を分け与えようっていうんだろ?」
風雅の問いかけに、コクリと頷く双子。
「……そうすると、君達は神殺しの力を失い、新たに悪魔の力を得ることになる。
そうなれば、君達は晴れて“異能者”だ。
力を持つものは、あらゆる勢力に狙われることになる。
政府は悪魔に魂を売った君達を許さないだろう。
そして亜美ちゃんは、悪魔としてさらなる力を得る。
……戻れなくなるんだよ、三人とも」
風雅はそう言って、双子を普段の安穏さからは程遠い険しさで睨みつける。
神殺しは政府から保護されているが、その代わり、神殺しの力を悪魔に分け与える行為は固く禁止されている。
そうなれば、世の中には強力な悪魔と、異能力者が溢れることになってしまうからだ。
ゆえに、悪魔に屈した神殺しには、上位の神殺しによる制裁が待っている。
「……しょうがないでしょ。亜美が苦しんでいるんだもの」
「一緒に暮らしたのは一月程度だが、情くらい湧く」
風雅はしばらく黙っていたが、観念したように視線を背ける。
双子は、炎を亜美の口元にもっていき、中を満たす。
瞬間、亜美の体に変化が起きる。12歳前後だった体が成人女性ほどにまで成長し、巨大な蝙蝠のような羽と尾が生える。
巨大でねじくれた角が頭に生え、真っ赤なオーラがその身に宿る。
亜美は双子と小太郎に天使のように笑いかけると空を飛んで行った。
「穴が!」
勇美が叫ぶ。
天空に魔界への道が空き、中から悪魔がイナゴのように湧いてくる。
だが、亜美は、火の玉のように燃え上がった。
亜美から放たれる炎が悪魔たちを焼き尽くし、消滅させていく。
それはまるでかがり火のようで、綺麗だった。
亜美は空間に空いた穴に入ると、にっこりと笑いかけ、向こう側に消えて行く。
小太郎はそれをただ、黙ってみているしかできなかった。
そして、空が平常に戻り、星明りが見えたころ。
勇美と風雅と陽美香は、双子と小太郎が消えていることに気づく。
「……瞬間移動?」
「そのようですね」
サムエルは陽美香の疑問に答えると、埃を払い立ち上がる。
「素敵なダンスでしたよシニョリーナ。……余計なことをしたようです」
神父はばつの悪そうにロザリオを操る。
三人に背を向け、去って行った。
「本当にな。日本に十三人しかいない神殺しのうち二人がいなくなった。親父に何ていわれるか」
風雅はため息をつき、肩を回す。
「とにかく、大和達と合流しよう」
「……結局何もできなかったな」
「そうでもないわ。少なくともこの場にいる人は誰も死ななかった。今日の所はそれでいいじゃない?」
勇美のつぶやきに陽美香は励ますように言う。
そのままとぼとぼと、三人は大和達と合流するため歩き出した。
この日は福岡市内のホテルに宿泊した。
大和と雄大は、難しい顔で顛末を聞いていたが、「なるようになる」との結論に達した。
風雅は、報告した結果父親に大分絞られ、大和に泣きついていた。
結局男性陣と女性陣で分かれ、その日は疲れもあり就寝した。
蓮野小太郎と華崎兄妹は行方をくらまし、蓮野亜美は魔界へ消えた、犯行組織は蓮野達のおかげで一斉検挙。
これで話は終わりかと思ったが、そうはならなかった。
福岡市内のホテルの一室。
翌朝名古屋に帰ろうかという所で、風雅の携帯に日本政府から指令が届いた。
「蓮野小太郎と華崎兄妹を拘束せよ。ねえ」
「ムリって言っといてくれ。瞬間移動できるヤツらをどう捕らえろってんだ」
雄大と大和が苦い顔で言う。
風雅は両手を合わせて頼み込んだ。
「頼むよ! 俺一人じゃ無理だって! 神殺しの力が必要だ!」
風雅が大和の腰にすがりつく。
「と言っても、あてはあるのか?」
「え、ないけど?」
「話にならないな」
大和と風雅がそんな問答をしている間に、雄大がテレビをつける。
ニュースキャスターが原稿を読み上げる。
「速報です。福岡県警幹部複数人が銃の密輸に関与していたとの告発状が、報道各社に送られました。この中には、音声テープとともに、暴力団関係者の証言が……」
テレビを見ながら、雄大が顎をなぞる。
「あいつら、仕事早いな。警察に欲しい位だ」
大和は、鞄を担ぎながら、風雅に言う。
「本気で奴らを捕らえるなら、福岡県警だな」
「え? 何で」
風雅は小首を傾げる。
「おそらくだが、何で蓮野達がここまでやったかっていったら、福岡県警が情報を売ったのがことの発端ってことだろ」
「ああ、成程」
大和の推測に、雄大も頷く。
「もしこの告発状で警察が動かないってなったら、奴ら自分で決着をつけるだろうな」
「何でそんなわかるの?」
「もしも、井上勇美を危険な目に合わせたヤツがいるとしたなら」
大和は抑揚のない声で言う。
「俺なら地獄の底まで追い詰めるからだ」
風雅は呼吸が浅くなるのを感じた。
雄大は「うちの従妹は、凄いのに惚れられてるなあ」と誰にも聞こえぬよう呟いた。
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