人を傷つけてはいけないよ
市立尭明中学。
福岡市内で最も治安の悪い掃きだめのような中学校だと、たびたびSNSのホットワードになる中学校。
この学校では校内暴力、淫行、受動喫煙など日常茶飯事。
我々は中学の治安維持のため、日夜聖拳抜錨臥薪嘗胆の日々である。
「凡庸な滑り出しだな。小説としては落第点だ。難しい漢字を使えばいいというものではない」
原稿用紙を見ながら、生徒指導の先生は落胆したように言う。
「茂島先生、何言ってんですか? 先生が今読んでいるのは反省文ですよ」
黒い長髪に中学二年生にしては大柄な、百七十後半程の身長に鍛えられた肉体を持つ、蓮野小太郎は呆れたように言う。
「反省文の様相を呈してないから言っているんだ」
怒る気力もないのか、ため息をつきながら先生は言う。
「で、今日は何でケンカしたんだ?」
その言葉に、はいと小太郎の横から手が伸びる。
華崎繚蘭、これまた長身に肩まで伸びるロングヘアの明るい髪をした、およそ年頃の少年が求める全ての美貌を集めたような少女は言う。
「私の体操着を盗むよう下級生に指示した男子生徒達をボコボコにしただけです。喧嘩ではありません。これは制裁です」
「付け加えて言うなら、喧嘩というにはあまりに一方的でしたね。なんせ12対3でしたから」
華崎隆盛、繚蘭と揃いの髪色に瓜二つな美貌を持つ、これまた鍛えられた肉体をした少年が言う。
「で、保健室送りにしたと」
「大進歩でしょ? 病院じゃないだけマシと考えてくださいよ」
「……まあそうだね。華崎くんたちが転校したての時に比べればねえ」
「正確に言えば転校初日です」
と隆盛。
「まさか、初日に強姦されかけるとは思いませんでした」
と繚蘭。
終わった話を蒸し返すようで悪いと思うが、言わずにはおれない。
まさか、転校初日に襲われるとは思わなかった。
「ふざけんじゃねえよ静岡ではそんなことなかったぞ」
隆盛が思わずという風にこぼす。
「ねえ、精々言い寄る位だった」
繚蘭は髪の毛をくるくる回しながら言う。
そこまでのことをして、何故そこまで怒ってないかと言えば、まあやりすぎたと思わなくもなくもないからだ。
主犯格の男、不良グループのリーダーをボコボコにし、一生ステーキが食えない体にしたまでは良かった。
流石にバイクで校庭を引き回したのはまずかった。
「校庭を整備する野球部の皆に申し訳がない」
隆盛がそう謝罪する。
「まあ、その野球部が活動を再開できたのも君達のおかげと言えるから、頭が痛いところだ」
何せ、それまで学校が崩壊して部活動ができない状態だったから。
不良グループを壊滅させたから、まだ落ち着いているといえる。
「強姦は許されない犯罪ですよ」
「そうね、被害者の心に深い傷が残るわね」
小太郎のつぶやきに、繚蘭も乗っかる。
「なあ隆盛」「ねえ、お兄ちゃん」
そう言われ、不良グループに襲われかけた隆盛はぽつりと言う。
「ふざけんなよ。叙述トリックだろ」
それでも隆盛は、繚蘭が襲われてたら相手を殺していただろうから良かったと思った。
結局早めに解放された三人は、商店街で買い物をしながら帰る。
今日の食事当番は繚蘭だ。
ご飯は、から揚げ。
「鶏むね肉をブライン液につけよう」
小太郎の提案に、繚蘭がいやそうな顔をする。
「嫌よめんどくさい。ももでいいでしょ。別に減量するわけではないし」
華崎兄妹はボクシングを流儀としているが、指導者である京間の方針で、過度な体重制限はしていない。
成長期だというのもあるが、何より自然な体重で運動した方がケガの回復も早く、結果として強くなるというのが理由だ。
だから基本的には、好きなものを食べている。
体作りのため、朝と寝る前に卵と牛乳を混ぜたものを飲んでいるが。
「「「ただいまー」」」
阿呆な話をしながら、純日本家屋といった様子の、平屋の家に向かう。
小太郎の養母の家で、最早廃業したが、日本古武道の道場でもあった家屋だ。
そこで、小太郎たちを出迎える少女の声。
「小太郎にいちゃん、繚蘭ちゃん、隆盛くん。おかえりー」
とてとてと可愛らしい足音を立てて歩いてくるのは小太郎の義妹、亜美。
その肌色は菖蒲色で、髪色は燃えるような赤。その瞳は黒目の割合が大きく、明らかに人間の色彩ではない。
何より、彼女はまだ生まれて二ヵ月程度の筈なのだが、見た目でいえば小学6年生位といったところなのだ。
彼女が何故、このような姿なのかは、あの忌まわしき悪魔崇拝について語らねばならず、この場ではご容赦願いたい。
「また今日も喧嘩したの?」
亜美は悲しそうに三人を見つめる。
「……何で分かったの?」
「こら、繚蘭」
ごまかすことをせず、華崎妹は小さな女の子に尋ねる。
「お手々すりむいてる」
そう言われ、三人は反射的に拳を隠す。
「ダメだよ。ケンカしちゃ。痛いのはダメ」
言いながら、彼女は泣きそうな顔になる。
「ごめんね。もうしないよ。なるべく」
「そうだな、なるべく」
「お前ら」
繚蘭と小太郎の自信なさげな約束に隆盛は苦言を呈する。
「ケンカはダメだよ。いたいのはダメ。いたいのは悲しいことだから。いつもお母さんが言ってるもの」
「亜美……」
繚蘭はいじらしい少女を強く抱きしめる。
「……悪かった。ごめんな」
小太郎もまた、亜美を優しく撫でる。
じっと三人は隆盛を見つめる。
「ハア、わかったよ。約束な」
言いながら、その菖蒲色の右手と握手し、彼女は屈託なく笑う。
ボクシングというものは、あらゆる格闘技術の中でも非常に実戦性が高い。
現代で最も何でもありに近い総合格闘でさえ、ボクシング技術の習得は必須だ。
それは、かつて鎖鎌を手に福岡中のヤクザ者を殺しまわった蓮野小太郎にとっても変わらない。
華崎隆盛とともにグローブを交わせながら、互いに高め合う。
ここ一カ月余り繰り返されてきた光景だ。
隆盛の顎の近くで、小太郎の右手が寸止めされる。
本業のボクシング使いは、苛立たし気に舌を打った。
「化け物が」
隆盛もまた、大人一人を素手で撲殺できる程度には鍛えているが、小太郎は格が違った。
華崎兄妹のボクシング技術を自身の日本古武道に取り入れ、さらにアレンジし自身のモノにしている。
シャドーをしながら、日本古武道の手や重心移動の技術と、ボクシングの体幹移動のギミックを組み合わせ、独自の武術に変えている。
「……親父さんから教わった技術を、そんなにアレンジしていいのか?」
隆盛は純粋に疑問に思ったことを口にする。
小太郎が死んだ義理の父親から日本古武道風見流の技術を習ったと聞いているからだ。
その技術を変遷させることに、何も思わないのかと。
小太郎は意図を察しながらも、何でもなさそうに言う。
「技術なんざ変遷させてなんぼだろ?
それに風見流は武器術が主体で素手での戦いは不得意だからな。ボクシング技術は都合がいい」
そう言いながら、シャドーを重ねていく。
純粋なボクシングと違い寝技や蹴りも想定したその構えは難攻不落といった印象を隆盛に与える。
隆盛は己の拳を見つめ、考える。
ボクシングは最強の格闘技だと言った、自分の防人の言葉を。
その真理に未だたどり着けない自分を、苛立たしく思う。
だが、そんな心情を見透かすように小太郎は言葉を繋げる。
「まあ、足し算だけが進化じゃねえ。拳での戦闘を極めた先にある極地、お前の防人はそれに達してたんじゃないのか?」
小太郎もまた、華崎兄妹から京間の話を聞き感じていた。
銃で武装した男達を素手で蹴散らす話を聞き、京間という男は、自分では未だ至らぬ境地に達していた可能性が高いと感じていた。
そこにいつ辿り着けるのかは分からないが、この双子やあの義妹を守るためにはいずれ、その境地に達する必要があるのだろう。
「拳での戦闘を、極める?」
「俺達が鍛えられる資源には限りがある。あれもこれもじゃねえ拳だけを極めた先にあるもの。そこに辿り着くのも悪かないんじゃねえの?
俺には鎖鎌があるから目指さないけどな」
小太郎の言葉を咀嚼するように転がす隆盛。
遮るように、繚蘭の呼ぶ声が響く。
「ご飯だよー!」
山盛りのから揚げ、キャベツの千切り、具沢山の豚汁、十合炊いたご飯。四人の夕食だ。
ちゃぶ台の上に並べられたそれは、良い匂いをさせ食欲をそそる。
小太郎と隆盛は競うようにご飯をかきこんでいく。
亜美の口元を拭いながら、繚蘭は注意する。
「もう二人とも、ゆっくり食べなよ」
「いやうめえうめえ。繚蘭は飯上手だよな。隆盛とは違うわ」
「うるせえ」
隆盛は料理テクニックは論外だった。
なので食事当番になることはなく、もっぱら水回りの掃除などが担当だ。
「お前女顔なら料理できとくべきだろ。押さえとかねえヤツだな」
「こんど女顔っていったらぶん殴るぞ」
そう言い合いながらも、ご飯を平らげ、一息つく。
「ああ、そう言えば義母さん遅くなるってよ」
携帯を取り出しながら小太郎が続け、その時異変に気付く。
部屋の周りを散開している何者か達。
そこで、双子に会話を続けろというジェスチャーをしながら、テレビ台の下から鎖鎌を取り出す。
亜美は怯えたように繚蘭にすがりつく。
「あ、そう言えば勇美ちゃん。何か凄い悪魔倒したんだって」
「ああ、あのヤベー身体能力の空手少女か。あれ俺是非お近づきになりたいんだけど、会話したなら呼べよ」
「嫌よ、彼氏持ちに見苦しい。とっとと諦めなさい」
繚蘭は亜美を抱え、隆盛はメリケンサックを取り出し、小太郎は壁に背中を付ける。
その時、窓から投げ込まれた閃光手りゅう弾を、小太郎が鎌で撃ち返した。
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