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神殺しは銃で死ぬ  作者: 尾根末彦
第7章 魔薬
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千里射ち

 釧灘大和の必殺の一撃が、レヴィアタンの鱗を斬り裂こうとし、


 鈍い音で弾かれた。

 海面からの高さだけで一キロメートルはある巨体を沿うように落下しながら、釧灘大和は毒づく。


「破壊不能の鱗! 伝承通りか!」


 レヴィアタンは聖書において最後の審判の際に人類の食料にされるといわれる。

 ゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「なら、今日この日を最後の審判にしてやるよ。ずいぶん食い手がありそうだな!」


 軌道を変え、うねるようにそびえ立つ極彩色の蛇の上に立つ。

 大和は殺気を増幅させ、刀を構える。

 だが、蛇は自身の鱗に向けて、超高熱の炎を吐いた。

 直撃はまずい。

 たまらず大和は炎を斬り裂き、殺しきれなかった衝撃波で吹き飛ばされた。


 吹き飛ばされた大和は着水し、泳いでいた黒い亀、玄武によって引き上げられる。


「風雅! 俺をあいつの頭まで飛ばしてくれ! かち割ってやる!」

「まあ、落ち着いて大和」

 風雅はいっそ泰然自若といった様相で火の鳥の上に立ち、レヴィアタンを見上げる。

 大和は怪訝な顔をする。

 今までの風雅ならパニックになるとは言わないが、多少は慌てていたはずだ。


「まあまずは、ここに現れた目的を聞いても遅くないだろう?」

 ウインクしながら指を口で押える風雅に一層大和は困惑を深める。

 だが、大和は、風雅が式神によりアメリカ軍人たちを運んでいることに気づき、とりあえず時間稼ぎを容認した。


「レギオンは消えた! まさか仲間の仇討ちに来たってわけでもないだろう!?」

 陰陽師の問いに、レヴィアタンはゆっくり顔を近づける。

 その動作だけで波が立ち、大和を襲う。


「小さきものよ。レギオンのことはどうでもよい。あのような悪霊の代わりなどいくらでもいる。

 何より、奴は目的を達している」

 あれ程の巨体から、まるで耳に直接届くかのように、甲高い女の声がする。

 風雅は内心ほくそえみながら、大海蛇の言葉を誘う。

「じゃあ、何で遅ればせながら来たの? 第二ラウンドをご所望かい?」

「小腹が空いたので食おうとしたまで。もっとも、興が削がれてしまったがな。全く以て鬱陶しいガキめ。ルシファーが執着するのもわかる。久方ぶりに効いたぞ」

 大和の方を睨みながら、それでもさしてダメージなどなさそうに語るレヴィアタン。


「神殺しゆえ腹に収め取り込んでやろうと思ったが、やめだ。このまま海の藻屑となれ」

 そう言って、レヴィアタンの口から、先ほどとは比べ物にならない超高熱が口にまとわれる。

 まるで世界を七日間焼き尽くすのかと思えるほどの熱量。

 大和は居合の構えを取るが、聞こえてきた大笑いに何事かとそちらを見る。


 風雅が、笑っていた。おかしくてたまらないというように、大きく口を開けて笑っていた。

 あまりの様相に嫉妬を司る大悪魔も思わず炎を止める。

「気でも違ったか? 哀れなものよ」

「あはははは、いや悪い悪い。図体がデカい割に、何も知らないんだなって思ってな」

 その言葉にレヴィアタンは目を細める。

「何を言っている」

 風雅は中指を立てながら挑発しつつ啖呵(たんか)を切る

「なんにも知らないウミヘビちゃんに、教えてやるよ。この国が誇る神殺しの力をなあ」

 そこで風雅は大声で、通信用の陰陽札に手をかける。


「やっちまってください! 黄桜(きざくら)さん!」


 



 名古屋から遠く、京都をも超えて西へ。

 ここは島根県のとある神社。

 神が集う国にある小さな小さな神社。


 そこは天然の異界であり、神殺しの身体能力は著しく増大する。

 

 異界で、一匹の銀の犬が飛び上がった。

 犬といっても、その大きさは二メートル程もある。

 その跳躍の高さはおよそ数十メートルといったところ。

 この世ならざる身体能力を持つ犬の背中には、一人の少女が座っていた。


 年かさは高校生になったばかりといったところか。

 艶めくカラスのような髪を腰ほどまで伸ばした乙女。

 その容貌はひどく静的で、一重の瞳は真っすぐに獲物を見据えている。

 服装は正統派な巫女装束であり、太陽を模した髪飾りを頭の右上に、桜を模した髪飾りを左上にそれぞれつけている。


 少女の手には、桜色の炎により彩られた一対の弓矢がある。

 矢が迷いなくつがれ、引き絞られる。

 強大なまでの重力が掛かっているにもかかわらず、その姿勢は一切の揺らぎもない。


 撃たれた。

 遠く遠くへ、流星、否隕石のように。

 真っすぐ真っすぐ、かと思えば地球の曲線に従うように緩やかに曲がりながら。

 ぐんぐん加速し、音を超え、光に近くなり。

 山を幾つも超えながら、その加速度は増していき。


 まるで天を穿つ神話のように、その矢は嫉妬を司る大悪魔へ、突き刺さった。

 

 瞬間衝撃に朱雀と玄武諸共風雅と大和は吹き飛ばされ、荒巻く海がまるで嵐のように渦巻いた。

 衝撃はすでに遥か彼方にいた救命ボードを襲い、またしても転覆しかける。

『ICBM(大陸間弾道ミサイル)か!』

『核兵器か!』

 そんな突拍子もない想像をしてしまうほどその威力は絶大であり、巨大な揺れが船を襲う。

 

 けたたましい悲鳴を上げながら、大海蛇は仰け反る。

 さらにもう一撃。着弾。

 勇美は紫の炎を巻き上げ衝撃を相殺する。

 

 風雅は焦ったように札に向かって叫んだ。

「黄桜さん! タンマタンマもう十分! そろそろ俺らが沈む……え! もう二発撃った!?」

「おいふざけんな止めろ馬鹿! 井上達が沈んじまう!」

 先ほどの大破壊があと二発あるという事実に、大和は焦ったように言う。

 しかしその時、レヴィアタンに異変が起こった。

 極彩色の鱗が虹色に光輝いたと思うと、その姿を変える。

 

 艶やかな青い髪を腰ほどに束ね、その肌もまた翠色をした、異形。

 黒目ばかりの瞳は苛立たし気に見下ろされ、風雅を睨む。

 豊満な肢体は冒涜的で見るものを蠱惑的に魅了する。

 百八十センチほどの、美しい女悪魔に風雅はごくりと息を飲む。

 

 的が小さくなったからか、桃色の閃光が二条、地平線に消えて行く。

「おのれ、貴様! ゆるさんぞ!」

 レヴィアタンは致命傷とはいわないがそれでも相当なダメージのようで、悪態交じりに炎の息を吐いた。

「いや! 俺を恨む!? 俺正当防衛じゃん! 恨むならやり過ぎな黄桜さんを恨んでよ!」


 風雅は焦ったように叫ぶ。

 だが、答えなど聞かぬかのように、嫉妬の大悪魔は炎を練り上げる。

 

 まるで地上の太陽のような一撃が、海の上に現れる。

 小さくなったことで、力の純度が上がっているのか。

 海が熱せられ、真夏、いや活火山になったように感じる。

 これを防ぐため、大和が刀を具現化しようとしたとき、さらなる声が響き渡った。

 夜空に突如、黒い魔法陣が浮かび上がる。

 そこから、あの忌々しい声がする。

「まあ落ち着けレヴィアタン。焦るな焦るな」

 

 その人を逆なでするような声に思わず釧灘大和の放つ気配が増幅する。

 忌々しき、()()()()()()

「ルシファー!」

 奥歯をかみ砕かんばかりに力を籠め、空を睨みつける。


「ここで決戦……てのも乙なものだが、それではあまりに詰まらない。

 お前、()だって待っているんだぞ。

 なのにお前が先走っては、祭りが台無しだろうが?

 然るべき時ってのがあるだろう? な?」

 ルシファーの説得にレヴィアタンは何か言いたげな顔で虚空を睨みつけるが、すぐに怒気を沈める。

「そちらも今は退いて欲しいものだな。こちらがその気になればお前、お姫様と善良な海兵諸君が海の藻屑となってしまうよ?」


 その言葉に忌々し気に大和は魔法陣を睨みつけた後、停戦に乗ったという風に刀を消した。

「ルシファー。貴様に免じてここは退いてやろう。そこな生意気な小僧たち、感謝するがいい」

 レヴィアタンは尊大に言い残し、アメリカ大陸の方へ飛び立った。

 その姿を油断なく見据えながら、次に魔法陣が消え、静寂が海を包んだ。


 朱雀に乗った大和と風雅はボートに戻り、大の字で倒れ伏す勇美のもとに戻る。

 勇美は青い空を見ながら、風雅に尋ねる。

「今の。ミサイルみたいなの何?」

「島根の神殺し、序列第五位黄桜清良(きざくらせいら)千里射(せんりう)ちだよ」

「島根! 島根から撃って来てんの!? はあ……」

 井上勇美は何事か考えるように、矢が飛んできた方を見やる。

 大和は荒々しく、心底疲れたという風に腰を下ろす。

 濡れた髪を後ろになでつけ、オールバックのようになりながら、風雅を睨む。

「お前、あんな大陸間弾道ミサイルみたいな札簡単に切るな。こっちの身がもたねえ」

「……気を付けます」

 遠くに海上自衛隊の巡洋艦を見据えながら、風雅は申し訳なさそうに言った。




 朱雀に乗り名古屋港についた勇美達は、陽美香や雄大と合流する。

「玉体がああああああああああ!!!」

 陽美香は傷だらけの少女を見て叫び、拳骨を勇美に食らわされる。 

「茶番はさておき、ロータスに関しては、これでいいのか」

「レギオンは倒せた。駆逐艦から抜き出された情報については、アメリカ軍の範疇でしょ」


 大和の言葉にそう返すと、風雅は携帯端末を取り出す。

「陽美香ちゃん。連絡先教えてください」

「いたた。え、いいよー」

 陽美香は風雅の好意を分かっているのかいないのか。

 とにかく友好的な態度で接する。


「また、お母さんについて何か分かったら教えてよ」

「そうだね、親父にも聞いてみるよ」 

 そう答えながら、風雅達は車に乗り込む。

 海猫が鳴く夕暮れの街を、パトカーは進んでいった。 


 パトカーの中で助手席の陽美香は眠りこけている。

 後部座席の真ん中に座った大和は、右側の勇美となるべく接しないように風雅の方へ近づいていた。

「いや、狭いんですけど」

「井上、何かあったか?」

「無視?」

 風雅は諦めたようにべったりと窓ガラスに顔を付ける。

「いや……なんかね」

 ポツリポツリと勇美は呟く。

「ちょっと強くなったかなって思っても、すげえ悪魔や神なんかがいて、すげえ神殺しが上にいて、どんだけ強くなればいいんだろうって、あんたは思わない?」

 何となくしょげた様子に、大和も納得する。

 彼女はレギオンを倒した、二千年以上生き延びた亡霊を。

 それでも、新たな敵レヴィアタンという弩級の脅威。

 そして、その大悪魔に行われた黄桜清良による破壊。

 

 それは余りに自分達からは遠く感じる。

 大和とて、レヴィアタンの装甲に刀が通らなかった事実を考えると気が遠くなる。

 こんな自分がルシファーを倒せるのかとも思う。

 しかし、それでも言えることはある。


「それでも、俺達は簡単に力が手に入る薬になんか頼らない。違うか? 井上」

 大和の言葉にハッとしながら、勇美は彼を見つめる。

「俺達はただ、自分の力で強くなるんだ。それが一端とはいえ、武術家の誇りだろう」

 大和の瞳は揺らがない。

 その事実に、勇美は何故か安心したような気持ちになる。

「少しずつ、強くなろう。一歩一歩確実に。な?」

 大和はそう言って、黒い炎を右手に纏う。

 帰ったら刀を振ろう、そう決心して。


「それに、君がいなければ、少なくとも140万人以上の人が死んでいたんだ。誇っていい」

 もし井上勇美が、大和を止めなければ、レギオンに囚われた魂は消滅していただろう。

 死んだら死んでしまう。

 それは最も避けるべき事態だった。

「そうそう、アンタまじで躊躇ないのな」

「殺す術しか俺は持たない」

「じゃあ、私を頼れ。今度こういうのがあった時は。いいな」

 勇美は子どもに言い聞かせるように大和に約束させる。

「確かに浅慮だった。すまない」

「……アンタに人殺しは、してほしくない」

 その言葉に、大和はムッとする。

「俺は殺人嗜好者じゃない」

「でも、アンタはその気になれば、殺せる。そうなる前に私や雄兄を頼りな。これはお願いだ」

 そう真剣な眼で見つめる勇美に、大和は何も言えない。

「何でそこまで、するんだ。俺は」


 人を何人も、殺して。

 その中には父がいる。


「ああ、まあ何だ。時が来たら話すよ」

 勇美は何が思うところがあるのか、それっきり窓の外に意識を向けた。

 少しの沈黙が車内を包み、車載ラジオがサンズカリフォルニアの沈没と乗組員の全員の無事を報道していた。






 アメリカ某州。高層ホテルの一室で、ルシファーは人数分の、ワインを4つ提供していた。

 その目の前には屈強な男が一名、口に当て布を施され転がされていた。

「レヴィアタン。肝が冷えたぞ」

 ルシファーは人型になったレヴィアタンを招き入れ、エスコートする。

 バツの悪そうな顔で、嫉妬を司る悪魔は言う。

「……すまなかった」

「レギオンは消えたか」

 濃い茶髪に銀の目、蠱惑的な魅力を放つ青年がさして悲しくもなさそうに言う。

「レヴィアタンを一蹴できるような神殺しがいるのか。おもしれえなあ」

 大柄な、白髪にねじれた二本の角を持つ女悪魔は、上等な革靴を机の上に乗せながらのたまう。

「まあいいじゃないか。レギオンもまた、戦う意味を知って、優しく消えたんだろう」

 ルシファーはいっそ酷薄ともいえるほどににこやかに断定した。


 さして興味もなさそうに。


「とにかく同士レギオンは、良い情報を手に入れてくれた」

 銀の目の青年は黄金の瞳の大悪魔を流し目で見つめる。

「さらに仲間を迎えに行こう。ひとまずは、エリア51の襲撃だな」

 銀の目の悪魔はこともなげにその言葉を言う。

 つい最近まで存在を認められることがなかったアメリカ空軍が守る空白地帯について話ながらも、その語調は著しく軽い。

「いいねえ、盛り上がってきたねえ」

 ルシファーは心底嬉しそうに、その瞳を輝かせる。

 紫の蛇は興味なさげに瞳を閉じる。


「レヴィアタン」

 青い髪に緑の肌の女性は不満げに。

「アスモデウス」

 銀の目の悪魔は慇懃無礼なほど(うやうや)しく。

「ベルフェゴール」

 二本の角の女悪魔はうつらうつらとしながら、あくびで返事する。


「決行はまあ、飯くってからでいいか」

「「「応」」」

 そう言ってルシファーは目の前に転がる哀れな男を()()し、皆にふるまった。

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