第三位
風雅は霊獣たちによって、駆逐艦の乗員217名を救助していた。
あるだけの救助ボードを膨らませたものの、すし詰め状態だが我慢してもらわねばならない
「ふう、こんなものかな」
まだ目を覚ました人はいない。
先ほどからあまりに多くの人間の魂達が散り散りにどこかへ飛んでいくが、そこに海軍のものはいないようだ。
「何かたくさんのレギオン達が散っていくけど、大和と勇美ちゃん達は優勢なのかな」
風雅は楽観的に捉えようとしていた。
このまま逃走するか、討ち取るか。
だが、瞬間何かが飛んできた。風雅達の上空を白い光が飛んでいく。
絶大なる威力を持つそれが地平線の彼方に消えていくのを風雅はいっそ無感動に見つめ。
水爆のような衝撃が太平洋上ではじけた。
衝撃波と波しぶきが救命ボードを、否駆逐艦ごと転覆させんと襲い掛かり、風雅は慌てて玄武を呼び荒れ狂う波間を沈める。
玄武は水を司る四獣であり、この程度は造作もない。
造作もない。しかしだ。
あまりの光により目をやられた風雅は札による治療を行いながら、通信用札により連絡を試みる。
自分にできることは最早ないのだ、たかだか日本最強の異能者である自分には。
岩倉風雅は、霊能者序列第五位、黄桜清良に連絡を試みた。
駆逐艦の管制室、破壊され尽くした機材が転がる前で、白い炎と紫の炎が対峙する。
井上勇美はいっそ冷めた目で大勢の語源となった大悪魔を見つめる。
「人の外側借りなきゃ戦いもできないか。底が見えたよ悪霊」
あからさまな挑発に対しアメリカの神殺しの少女、金髪碧眼の乙女シェイミーの姿をとる悪霊は笑う。
「ぬかせ」
一瞬、レギオンの体がブレた。
勇美は瞳を動かすだけで相手の次の手を補足する。
少女の体が瞬時に増えたのだ。
先ほどの全てを壊さんばかりの光線が勇美を四方八方から襲う。
勇美が取った行動は単純。
躱しながら蹴る。殴る。
体勢を後ろに反らせながら、蹴りと裏拳で悪霊達を破壊していく。
光線が擦れ、ジーンズとタンクトップが焼けるが意に介した様子はない。
むしろ闘争本能が刺激されていく。
光線が躱しようのない絨毯爆撃といった様相で迫る。
紫炎を集中させ弾き返し、飛び蹴りで間合いを詰め迎撃。
駆逐艦が破壊されていく、縦横に裂けながら。
だが、井上勇美は怯まない。
ここからが本番というように空手の呼吸法息吹により、気の流れを整えたあと、拳撃を空中へ見舞う。
レギオンは雄たけびを上げながら、否雄たけびと言える程生易しいものではない、耳をつんざき地獄へいざなうような言い知れぬ音を立て、勇美に抱き着いた。
そのまま機関室を飛び出しブリッジへ飛び立つ。
追うか追うまいか躊躇する大和。
ロジャーは意を決して管制室の端末に近づき、何事かタイピングする。
危ないから離れるなと言いたいが何と言っていいかわからない。
「ええと、ヒア―イズデンジャラス! ドントリーブミー!」
『私はあいつが何をしていたか探る! 君はあの娘を!』
ロジャーの言いたいことを何となく察し、大和は意を決し、管制室から甲板に出た。
甲板では、弾薬が爆ぜる音と、紫炎の乙女の発する打撃音が響き渡る。
既に、レギオンの中にある魂の残量は当初の半分以下になっていた。
けれども、構わない。
目の前のこの女が気に食わない。
単騎で多勢を相手取るこの女には、負けるわけにはいかない。
無力な霊体の集合体である自分には、目の前の少女は眩しすぎた。
レギオンの脳裏に、記憶がフラッシュバックする。
自分がただの一つの悪霊だったころの、絶望を、悲哀を。
いや、これはもっと前の、自分が生きていたころの。
削れる、削れる、削れる。
井上勇美の攻撃により、集合体であるレギオンの体がどんどん総数を減らしていく。
連続の突きが当たる度、神武不殺により魂にとどめを刺すことなく、集合体が霧散していく。
レーザーが、少女の腹を掠める。
だが、動じることはない。
なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ。
両ひざを砕かれ立ち上がることができないレギオンは、獰猛な眼で勇美を見つめる。
そこにあるのは羨望悲哀後悔。
様々な感情が入り乱れ、レギオンは決意する。
必ず殺す。
レギオンはレーザーを地面に向けて撃った。
駆逐艦が真横に一文字に裂け、装甲ごと真っ二つにする。
不安定な場に一瞬だけ勇美の体幹が崩れる。
その隙に悪霊が取った行動は、逃走であった。
「そのまま溺れ死ね! 所詮は脆弱な人間風情が!」
そう喝破し、悪霊が逃げ出そうとした所で。
井上勇美は飛んでいた。
空手とは、元々船上格闘技として発展。
ゆえに不安定な船と船の間を跳ねまわれる用、飛び技なども発展している。
だが、一瞬で死の危険がある状況で、敵を倒すために行動に起こすその胆力。
人のものではない。
空中で半回転。飛び後ろ回し踵落としが直撃する。
がくりと頭が落ち、叩きつけられる。
総数。残り約十万前後。
留めと言わんばかりに、勇美の右手に紫炎が凝縮される。
それはまるでこの世の終わりに見える極光のようで、レギオンの目が眩む。
「やめろやめろやめろやめろやめろ!」
「やめてくれ!」
多くの魂がその姿を見た。
その極光に、皆が、レギオンの中にいる皆が魅了されていた。
「やめろやめろ俺から離れるな! 離れるな!」
たった一人になってしまう。
僕はたくさんでなくなってしまう。
駄々っ子のように悪霊は叫ぶ。
「……解放するんだな。あんたが取り込んだものを全部」
レギオンが捕えた全ての魂が、井上勇美の在り方によって自我を取り戻し抗おうとする。
ああ、何て美しい。
自分の本体とは相反する喜びの感情がレギオンを埋め尽くし。
手刀が振り落とされた。
レギオンが真っ二つになり、サンズカリフォルニア乗員の魂が戻っていく。
残されたのは、小さな小さな、どくろの形をした、一匹の幽霊だった。
釧灘大和が近づき、その哀れな悪霊を介錯する。
そうすることで、完全に消え失せた。
決着の時と同じくして、駆逐艦は海の藻屑となろうとしていた。
しかし、そこに響いたのは、辺りを異界と化す風雅の歌声であった。
瞬間、超人的な身体能力を得た大和達はロジャーとシェイミ―、転がっていた人を抱えられるだけ抱えて飛び上がり、救命ボードに着地した。
駆逐艦が沈んでいき、そこから離れた場所で救命ボードが4隻海に浮かんでいた。
サンズカリフォルニアの乗員たちは皆不思議そうな顔で互いを見つめ合う。
「お疲れ様、勇美ちゃん。大和」
「……俺は何もしてないよ」
大和はいっそ拗ねたように勇美を見る。
結局彼女は一人で片付けてしまった。
これでは何のために道長に教えてもらったかわからない。
井上勇美は苦笑しつつ、ふと周りの目線が自分に集まっていることに気づく。
「……どうしたの?」
やがて屈強な海軍兵たちは次々に「エンジェル」、「マリア」などと口にしながら、勇美を見つめ騒ぎ出す。
そこで勇美は気づく。
レギオンに集合していた彼らの意識が、自分が戦った姿を覚えてるのではないかと。
『天使様は本当にいたんだ!』
『マリア様は東洋人だったのか!』
『いや、ギリシャ神話の戦女神アテナに違いない!』
などと騒ぎはじめ、収拾がつかなくなる。
「ちょ、ちょっと風雅! 違うって言ってよ!」
「いいじゃないか、天使もマリアもアテナも間違ってない」
大和が馬鹿なことを言い始めるが、勇美は無視する。
風雅はゴホンと咳払いし、注目を集める。
「ノーノ―ノー。
シーイズニンジャ。ジャパニーズクノイチ」
「あんたも何言ってんだ!」
だが、多くの海軍兵達はそれを信じたのか、感嘆のため息を上げ、勇美を見やる。
勇美は顔を真っ赤にして、俯いていた。
しかし、恐怖というものは連鎖する。
瞬間大和と勇美を、否、サンズカリフォルニアの乗員達全てを襲ったのは、ぞくりと泡立つような感触だった。
風雅は、流石は歴戦の異能者である。
四獣を呼び出し、すぐさま4隻の救命ボードを引っ張り、そこから離れようとする。
「狂った喘鳴に、鬨を上げろ!」
風雅はワンフレーズだけ、ギターをかき鳴らした。
瞬間世界が異界と化し、大和の身体能力も上がる。
大和は、上がった身体能力で海に飛び込み、暗い海の中でそれを見つめた。
鮮烈な赤黒い口と水の中でも不思議と感じる腐臭が、襲う。
全身がおぞけだつも、闘志を失わず刀を抜く。
具現化した刀に黒い炎を纏わせ、一刀両断しようとする。
しようとした。
しかし敵は余りに強大だった。
海面が盛り上がり、巨大な何かが姿を現す。
宇宙の全てを飲み込むようなそれは、見るものを発狂させるような冒涜的な極彩色だった。
ボートを転覆させかけながら、あるものは金切声をあげ、あるものは茫然と沈黙した。
釧灘大和は雲が掴めそうな高さにまで、放り出されていた。
だが、その思考そのものは冷静であった。
こいつの正体は誰でも分かる。
旧約聖書においては天地創造の五日目に生み出された怪物。
転じて、七つの大罪の一つ、嫉妬を司る悪魔に貶められたもの。
ルシファー、ベルゼバブに次ぐ、全悪魔の中で序列第三位であり、魔界の海を支配する大都督。
「レヴィアタン!!」
大和は一切の逡巡なく、長さ一キロ以上はある巨大な蛇に自身の刀を打ちつけた。




