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神殺しは銃で死ぬ  作者: 尾根末彦
第7章 魔薬
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単騎VS多勢

 彼女が(まと)う紫炎はまるで無風の中にいるように凪いでいた。

 井上勇美は、単身でレギオンに挑む。


 レギオンは強い。

 釧灘大和は敏感に感じ取っていた。

 圧力が大気を掌握し胸につかえるような感覚。

 まるで荒野に所狭しと並ぶ屈強な男達を一人で迎え撃つような絶望感。


 だが、井上勇美は極めていつも通り紫炎を纏わせて攻撃する。

 その突きが瞬く間に前方の空間を覆い尽くした。

 大概の悪魔はこの一撃をもって消滅することが多いが、果たしてレギオンはどうするか?


 受ける、避ける、相殺する。

 レギオンの導き出した答えは散開であった。

 それもただ、一人が数人とかに分かれたわけではない。

 軍勢の名を感ずる悪魔は数百という数に分かれ、管制室を自身の体で一杯にする。

 霧状の人間体があっという間に室内に充満した。

 大和は倒れていた人たちを背負い、急いで管制室を出ようとする。

 

 ロジャーを連れて入り口に後退しながら井上勇美を探す。

 圧力により押しつぶされてしまったのか。

 否。

 舞っていた。

 大勢の人間たち、人間型の悪霊たちが空を舞っていた。


 空手の(かた)は、各流派によって異なる。当然として想定する状況が異なる。

 だが概ねの共通点として、多数の攻撃を念頭に置いていることが挙げられる。

 多くの形は攻撃を一方向に限定せず、左右或いは背後に向けて、転身し移動し攻撃する。

 そして井上勇美は、空手の形の達人である。

 ゆえに、その動きは多勢の名を持つ悪魔の一糸乱れぬ連携に対し、捌き躱し反撃し、殲滅することを可能にする。


 横顔面打ち、返す刀で転身し正拳突き、肘撃ちを右腕で行う間に、左腕で背後金的、肘撃ち、目つきを行っていく。

 足はとめどなく動き攻撃の当たらぬ箇所へ見切り動かす。

 

 何故後ろの攻撃を察知できるのか。答えは井上勇美の纏う紫炎にある。

 体を覆う紫炎を一定にすることにより、攻撃される瞬間、相手が炎に触れる瞬間を察知し、紙一重でかわす。

 紫炎を纏う技術とたゆまぬ努力によって培われた足さばきが生み出す、規格外のフットワーク。

 それが井上勇美の持ち味である。


 そして井上勇美が持つ権能、神武不殺(しんぶふさつ)

 選択した相手を生かす活人の拳が、魂を破壊せず、レギオンの支配から解き放つにとどめている。

 

 それに対し、聖書の時代から生き続ける悪霊は極めて単純明快な解決策にでる。

 すなわち、物量戦略である。

 四方八方どころではない。上方、真下からも這いずり回りながら井上勇美に殺到する。

 ぎゅむぎゅむとまるで団子状になったかのように人間が収束していく。

「井上!」

 だが、井上勇美はただ、地面を踏んだ。

 それだけで紫炎が覆い、悪霊を吹き飛ばす。

 

 中国拳法諸派には震脚と呼ばれる動作がある。

 多くは体内の気を循環させるために行うもので、攻撃的なものではない。

 相撲でいう四股のようなものだと思っていい。

 井上勇美もまた地面を強く踏むことで自身の気を巻き上げた。

 それだけで悪霊が吹き飛ぶほどの一撃だ。


 辺りを異界に変えながら、レギオンは怪訝な顔をする。

「何故我々の邪魔をする。世界が神を忘れたとき、神に対する制御盤として機能し始めたのが君たち神殺しだ」

 まるで理解できないという風にレギオンは少女の姿で肩をすくめる。

「そうして神から解き放たれた世界で自由に生きる人間たちが何をしてきた? 互いに争い合う力を望み、外法の薬剤を好んで飲み、人を襲い犯すだけのどうしようもない存在だろうが」


 レギオンには、薬を飲んだ人間の記憶が統合され、蓄積されている。

 ゆえに、人間の醜さが分かる。

 

 妻を犯しながら夫を殺した者がいた。

 子供に爆薬をくくりつけた者がいた。

 町一つを大した理由なく破壊しつくした者がいた。

 全て人間の醜さだ。


「私達は何千年も前からそうだった。全てを滅ぼし全てを壊し全てを恨む」


 勇美が首を傾げる。こいつは何を言っている?


「攻撃する奪う破壊する女を奪うのは楽しい子供をいたぶるのは楽しい。恨む恨む恨む恨む」


 おそらく、レギオンは自身の中でも弱い人格を勇美にぶつけているのだろう。

 勇美が分体を攻撃し、神武不殺により魂を解放する度、レギオンは変質している。

 その総数はいくらか減っているはずなのに、力の密度がだんだんと濃くなっていく。


「井上! 早く決めてしまえ! そいつ強くなってるぞ!」


 勇美もまた気づいており攻勢に徹する。

 右正拳突き一閃、攻撃を当てる。

 だが、勇美は急に体ごと飛びのいてかわした。

 否、逃げた。

 逃げざるをえなかったからだ。

 あまりにも完璧なタイミングでレギオンの指が、彼女の喉に吸い込まれたがゆえに。

 

『あ、あれは!』

 ロジャーの驚きに、大和は冷静に答える。

「クラヴマガか」


 クラウマガ。

 イスラエルの諜報機関や多くの国の警察機関等で正式に導入されている近代格闘術。

 その技術体系の多くは護身術として確立されている。

 老若男女問わず扱えるものであるが、それは裏をかえせば弱い力で適格に相手を打倒できるということ。

 それを大悪魔が使えばどうなるか、想像に難くない。

 

 レギオンの肉体が金髪碧眼の少女のものから、筋骨隆々とした褐色肌の男にかわる。

 それは明らかに軍人といった服装をしていた。

 おそらく、相当に強い。さらに気配が強くなった。


 だが彼女は怯まない。


「いいね、(たぎ)ってきた」


 井上勇美はいっそ凄絶な笑みを浮かべ、大悪魔に向き直る。

 そして同じように右正拳を繰り出した。

 カウンターを画策すつレギオン。

 戦闘経験すらもトレースするのか、だが、その一撃は勇美の額でピタリと止まった。

 井上勇美の練られた気炎の前に、勢いを殺してしまったのだ。


 釧灘大和は気づいた。気炎を集中している。

 今まで攻撃の際に右こぶしに集中させるといった使い方しかしていなかった井上勇美がである。



 ここで時間を巻き戻そう。

 かつて、大和が百鬼夜行と対峙していた同時刻、名古屋にて。

 警察署が持つ道場の一室にて、井上雄大の監視のもと、内閣情報調査室所属の斎藤香澄と、一介の中学生である井上勇美が対峙していた。


 何度かの攻防の後、勇美は女性を前に倒れ伏していた。

 香澄は勇美より5センチほど背が低い。

 にも拘わらず、馬力が違う。

 何度気炎を激突させても押し負けてしまう。

 それを五度も繰り返す内に、勇美はすでに立つことができないでいた。


「立ちなさい、井上勇美。あなたと私では、気炎の量にそこまで差はありません。むしろ単純な威力で言えばあなたが上です」

「嘘だ……」


 それでも闘志は失わず、勇美は立ち上がる。

「あなたはただ出力しているだけです。まだ気づきませんか」


 ただ出力している。


 その言葉にピンときたのか、勇美の目の色が変わる。

「紫炎を、集中させる」

 まき散らすイメージから、収斂(しゅうれん)するイメージへと、気炎の形を変えている。

 紫炎が色濃く、圧縮される。

 まるで発光するかのように。


「正解です。では」

 銀の炎を纏わせ、攻撃する香澄。

 おなじような威力の激突。

 衝撃は拮抗し、ビリビリと体を震わせる。

「では次、その気炎の手中を連続攻撃に乗せなさい」

「押忍!」



 空手の連続攻撃に気炎の集中。

 体格の不利をものともせず、勇美は攻撃を続ける。

 いくら人格をトレースしたとしても、それが達人となればなるほど、心技体のちぐはぐさが浮き彫りになる。

 大悪魔のスペックに人間の操作技術では耐えられない。

 ゆえに攻撃が出遅れる。井上勇美の攻撃だけが通る。

 そして井上勇美の攻撃が通るたび、大悪魔から霧のような人型が溢れてくる。

 それも何千何万という単位で、悪魔の体から離れていく。

 夏の夜空の花火のように、駆逐艦から空に放出されていく。

 

 そこでレギオンは形態をもとに変えた。

 状況の不利を悟ったか。

「これは忌々しい力だから、使いたくなかったが」

 瞬間レーザーのようなものが放たれ、反射的に勇美は(かわ)す。

 レギオンは神殺しの少女、シェイミーの姿に戻っていた。

「神殺しの力か」

 勇美は、目を凝らす。

 気炎をレーザービームのように放つ霊能力。

 白い炎が舞い上がる。

 勇美は呼応するように紫の炎を舞いあげる。


 決着の時は、近い。

 

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