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神殺しは銃で死ぬ  作者: 尾根末彦
第6章 百鬼夜行
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父親

 いつの間にか、奈落や天界そのものだったこの世界は、平穏に戻っていた。


 崩壊していたはずの山も元通り。


 これは神界から人界へ戻って来たことを指す。


 酒呑童子の首を見つめ、釧灘大和は暫くその首を見ていた。


 伝承に曰く、源頼光に首を斬られた酒呑童子は、首だけで飛び上がり頼光に襲い掛かったという。


 だから当然のこととして、酒呑童子は死んでいない。


「いやー、負けた負けた!」


 酒呑童子は首がないのにどう発声しているのか、大きな声でゲラゲラと笑った。


 まるで憑き物が落ちたような声だった。


 大和は刀を収め、酒呑童子に近づく。


 酒呑童子は首だけでふわふわと浮き上がり、大和を見つめた。


「いやあ、いい剣技だったぜ。……名前何て言ったっけ」


「名乗ってなかったな。釧灘大和」


「大和国から取ってんのか、良い名だ」


 きわめて友好的な世間話に、釧灘大和の毒気もしぼむ。


「お前、遠距離から大外道(おおほかつみち)を振り回し続ければどうとでもなったんじゃないか?」


 大和は思った。井上勇美と違って、自分は防御力が低い。


 ゆえに遠距離攻撃に徹されていたら決め手に欠け、いずれ力尽きていただろう。


「……鬼に横道はねえ」


 そう言って酒呑童子は首を浮かせてそっぽを向いた。


 それはかつて源頼光に言ったセリフ。


 毒を盛られて騙し討ちされ、怨嗟の中で叫んだセリフ。


 まさかこんなに穏やか気持ちで告げるとは思わなかった。

 

「安心しろよ。俺は全力で戦った。そしてお前が勝った。この結果はそれだけさ」


 そもそも同じ条件ということなら喉元を突かれた時点で本来なら終わっている。


 ゆえにこれは、この上なく尋常な勝負だった。


「誇れよ。お前さんは真正面から俺を乗り越えた。

 平安最強の剣士すら騙し討ちでしか倒せなかった俺をな」


 そう言うと、酒呑童子は晴れやかな笑顔に戻った。


 あまりの天真爛漫な笑顔に、大和の戦闘意欲もしぼんでしまう。


 すぐさま気を取り直し鬼に選択肢を与える。


「おとなしく封印されるか、このまま介錯されるか、選べ」


「優しいねえ。殺す気でかかってれば、消滅させられたのに」


 その言葉に、釧灘大和の表情が変わる。


「お前、俺の刀がどういう性質か分かるのか?」


「ああ? 俺の大外道と一緒でその刀は死の具現だろ。だから、お前が殺す気なら俺は成すすべなく死んでたはずだ」


 あっけらかんとした答えに、大和の表情が曇る。


 それはあまりに、人の身からは外れた力だ。


 それが自分の権能なのだろうか。


「お前の心の中に歯止めがあるんだろ。それが悪いもんじゃねえんだろうが、無自覚だと死ぬし無駄に殺すぞ? 気をつけな」


 歯止め。

 大和は井上勇美のことを思い浮かべ、何故か悪い気分ではなかった。


「成程、助かった。謎が解けたようだ」


 大和はそう言うと、深々と頭を下げる。


 今の今まで殺し合いをしていた相手の謝礼に、酒呑童子はおかしくなって笑った。


「ああ、お前を見込んで頼みがあるんだが、聞いてくれるか」

「まあ、出来ることなら」


 そして言われた言葉に、大和は少し考え、頷いた。



「父さん! 大和が!」

「こちらも手が離せん!」


 道長はその黄金の十字槍で、遠呂智はその拳で打ち合い、周りの地形を掘削していく。


 だが、戦況は道長が有利だった。


 力の大部分を剣の創造に使った遠呂智と、五体満足の道長では道長の方が有利。


 それでも戦いの決着がつかないのは、遠呂智が時間稼ぎに専念しているからだ。


「風雅! 酒呑童子は!」

「今大和が戦って、え!?」


 その瞬間、酒呑童子の気配が消えた。


 突然の状況の変化に遠呂智も道長も手を止める。


「大和君が勝ったのか」


 道長は油断せずに遠呂智を見やる。


 目の前の男の胸中いくばかりか。


 出方が分からず攻めあぐねる道長と風雅。


 遠呂智はただ茫洋と立ち尽くすのみ。


 膠着した状況となること数分後、釧灘大和は降りてきた。


 手に神剣を持ち、傍らに酒呑童子の首を連れて。


「よう、風雅。勝ったぞ」

「いやー、負けた負けた! おう陰陽師の小僧。お前も中々見どころあったぜ!」

 

「……え、何どういう状況」


 風雅は茫然と言葉を吐く。


「首を刎ねてもこの通りなんだ。封印とやらをしてくれるか」

「いや、うん、できるけど……」


 あまりにも泰然自若とした大和の態度にどういう扱いをすればいいのか分からない。

 心配をすればいいのか喜べばいいのか。


 酒呑童子の首はふよふよと遠呂智の前に浮かび、告げる。


「親父。色々やってくれたようだが悪い。負けちまったわ」


 親父。


 その言葉に大和は訳も分からず風雅を見る。


「確かに酒呑童子は八岐大蛇の息子だっていう説話もあったな」


 風雅は興味深げに二者を見比べる。

 顔立ち自体は似てなくもない。といった所か。


「それから剣も無駄にしちまった。いやあ、そこの餓鬼に完敗だったぜ」

「……そうか」


 遠呂智は大和を見つめる。


 風雅は身を竦めたが、大和はただ見つめ返しただけだ。


 そこに敵意も悪意もない。


 ゆえに警戒する必要もない。


 ただ、遠呂智は満足そうに笑うだけ。


「満足だったか、息子よ」


「おお、アンタの息子として恥じることない戦いができた。

 だからまあ、いいわ」


 酒呑童子は首だけになってもあっけらかんとしていた。


 それに大和も風雅も何とも言えない心情になる。


 かつて平安の京を震撼させた大妖怪。


 蓋を開ければ、憎み切れない性格をしていた。


 殺し合った大和も食われかけた風雅も、酒呑童子を憎む気持ちはなくなっていた。


「ならば私も去るとしよう」


 そう言うと、遠呂智の体が崩れていく。

 存在することをやめ、ただ神界へと消える。

 それが神の死。

 自分の存在を認識することを止めれば、神が死ぬのか。


「いいのか、まだ話さなくて」


 父親なんだろ。

 そう言おうとした大和を窘めるように遠呂智は言う。


「ただ、一目会ってみようと思っただけだ。目的は達した。

 私は元々敗れた身。生きあがいても醜いだけだ」


 人には人の、怪物には怪物の、神となったものには神となったものの矜持がある。


 ただ、騙し討ちをされ、怨嗟の中封印された息子に救いを、そう思っただけだった。


 そしてその目的は達成された。大和によって。


 消えるという段になって、遠呂智は大和達に声をかける。


「都にすぐに戻るがいい」


 遠呂智はそう言って消えた。


「……何だ、どういう意味だ?」


「早く朱雀を出せ風雅。宝蔵が危ない」


 道長は意図を察したようで、風雅に命じた。


「ああ、急いだ方がよさそうだ」


 真剣な大和に風雅の目が細まる。

 


 百鬼夜行はまだ終わりではない。




 京都の宝蔵は血だまりに沈んでいた。


 屈強な陰陽師達、敷かれた封印、悉く打ち破られている。


「……おや、もう片付けたのか」


 言葉を発したのは、金髪の悪魔だった。


「ルシファー。お前の企てだったのか」


 大和は努めて冷静にルシファーに黒刀を突きつける。

 だが、ルシファーは肩を竦めるのみ。


「うーん、京都の警備を薄くするためにヤマタノオロチをけしかけたんだが、意外と使えなかったな」


 その言葉に大和のこめかみに青筋が浮かぶ。


「てめえはここで仕留める」


 大和の刀の意匠に、ルシファーの瞳が好奇に歪む。


「何だ、自覚したのか。以前より存在の格が上がっている。面白い面白い。ガキってのはすぐ成長するからな」


「確かにな、若者というのは眩しく思うよ」


 同意という風に道長は槍を構える。


「ふむ、間に合われたか、致し方ない」


 そう言ってルシファーが魔術を行使しようとした。

 一閃、何かがルシファーの胴体を両断した。

 思わず目を瞠る大悪魔。


「何の真似だ。酒呑童子」


 首だけになった酒呑童子が、大外道を口に咥え、ルシファーを斬り裂いたのだ。

 カランと剣を落とした酒呑童子がルシファーを睨む。


「親父を唆しやがって、気に食わねえから死ねや」


 そう吐き捨てて、酒呑童子はふわふわと大和の近くに浮かぶ。


「それに、親父の剣でだれも斬れねえなんざ恰好付かねえからな。存分に苦しめ」


 酒呑童子はそう言ってルシファーを睨みつけた。


「……この恩知らずが、まあいい。それもまた、楽しい」


 そう言うとルシファーは消え失せた。

 静寂に戻り、酒呑童子は息を吐く。


「さあ、事は済んだ。煮るなり焼くなり好きにしろい」


 首だけで器用にふんぞり返って言う鬼に風雅はため息をつく。


「……何かコイツ、嫌いになれねえわ」


 風雅のそんな呟きが、血なまぐさい宝蔵に響いた。



 翌朝。京都の新幹線ホーム。


「本当にいいのか? 観光とか、せめて一日くらい」

「いや、学校あるから。まだ火曜だしな」


 引き留める風雅をやんわりと制し、大和は名古屋へ戻ろうとする。


「道長さんありがとうございます。勉強になりました」


 道長は大和を見据えて言う。


「まずは水地流を極めて見ろ。それが結局は、君の神殺しとしての力も磨くことになる」


 日本最強の神殺しはそう言って、大和の頭をポンポンと撫でる。


「……ルシファーの動きが活発になっている。いずれ東京の内閣調査室に召集されることになるだろう」


 内閣調査室は日本の諜報機関であり、神殺しの指揮も実質的にしている。


「その時までにはもっと強くなっていますよ」

「楽しみにしている。……風雅とも仲良くしてやってくれ」

「やめてよ父さん」


 そう言いつつも、悪い気はしてなさそうだ。


「大和、また助けられたな。この恩は必ず返すよ」

「気にするな、今度は名古屋に来るといい」


 語り合っていると、新幹線が出ようとする。


 手を振って別れ、岩倉親子の姿が遠くなる。


 その光景を見やり、ふと遠呂智と酒呑童子の姿が思い出される。


 そして、かつて父と呼んだ人の姿も。


「父親……か」


 大和は青い空を見た。


 過去は拭えないが、未来に進むことはできる。


 ただ、今は早く、勇美と師匠に会いたかった。

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