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神殺しは銃で死ぬ  作者: 尾根末彦
第1章 悪魔フルフル
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なくしたものは数えないようにする。けど覚えてる

 小学校4年生の頃、夜寝ていたら物音がして、ドタンバタンって音がして。

 俺は目をこすりながら、でもただごとでないと思って。両親の寝室から、怒号が聞こえて。

 走ってキッチンに駆け込んで、包丁を持って、寝室に戻って。


 男が二人いた、俺は男に飛び乗って、首元に思いっきり突き刺した。

 あとの一人はナイフを持っていた。

 男がナイフを振りかぶった手を、切り付け、武器を取りこぼした男に俺は跨り、何度も、何度も、何度も刺した。


 男が動かなくなって、俺はまず母さんをさがした。

 母さんはショックを受けたようで、部屋の隅で膝を抱えて放心していた。

 次に父さんを見た。父さんを触る。脈はなかった。寝室の電話で119番をした。

 父さんが死んでしまうと思った。まだ助かると思った。


 次に、母さんを助け起こそうとした。

 だが、母さんは俺の手を弾くと、喉首に掴みかかってきた。


「あんたのせいで! お父さんは! こないで! この人殺し!」


 あの日から、俺は母さんに会えていない。





 車の中だ。

 釧灘大和(くしなだやまと)は過去の記憶を辿っていた意識を無理やり覚醒させた。

 隣にいるのは、井上勇美である。

 彼女のすらりとした手と足が、ロープで縛られている。


(運転しているのはあの強い男、あと二人が両脇にいる。


 3人だけ? あと3人は置いていったのか。別の車か?)

 大和はそうやって現状把握をしていると、すぐに顔面に拳が飛んできた。


「くそ、ふざけやがってこのガキ」

「おい、やめろ。死んじまうから」

「いいじゃねえか。どのみち天使様に生贄にすんだろこいつを!」

「だからそれまで殺したらまずいんだろ? 良く分かんないけど」

「ふん。糞!」


「……」


 釧灘大和は勇美を見た。まだ意識は戻っていない。

 食われるなら、自分だ。自分を食ってもらって、勇美が倒す。それしかない。


「なあ、あんたら」

「あ!?」

「俺たぶん血を吹いてぶっ倒れるからさ。そしたら、井上の縄を解いてくれ。じゃないとあんたらも死ぬよ」


 大和のあっけらかんとした物言いに、男が怪訝な顔をする。


「何言ってんだ。てめえ」


 釧灘大和の知覚範囲で、上級悪魔と思しき気配が高速で接近していた。

 接敵まであと数秒だろう。視界に、悪魔がやってくる。

 それは雷をまとった蛇だった。


 それはまっすぐに勇美に突っ込んでいき、大和はタイミングを見計らって勇美の上に飛び乗った。

 電流が、釧灘大和を襲う。


「ぐがあああああああ!!!」


 それでも釧灘は、袖口に仕込んでいた小型のカッターを出しており、何とか腕を自由にできた。

 体から噴出した黒い炎で刀を作り出し、蛇を切り付ける。

 だが、ビクともしない。そのまま、大和の体は蛇に咥えられ振り回され、車内に縦横にたたきつけられる。


「井上を! 解放してくれ!!」


 だが、男達は膝を折って祈り始めた。

 男達にはただ、大和が一人でに跳ね回ったようにしか見えず、電撃も知覚することはない。


「こいつらは人に幸せなんて与えない! 絶対だ! 絶対にひどいことになる!」


 そう叫んだところで、釧灘大和の体は後部ガラスを突き破った。



 何だここは? 高速道路か? なんとか車にしがみつきながら釧灘大和は考える。

 上空を見た、瞳に映ったのはエリマキトカゲの飾りめいた羽。

 中央にある美貌の男の顔。頭には鹿の角をはやし、尾は雷を纏った蛇。


「フルフルか? まさか?」


 26の軍団を率いる地獄の大伯爵を想像するが、即座に首を横にふる。

 仮にゴエディアに謳われる存在であれば、釧灘大和は今の一撃でこの世から消滅していただろう。

 だが、上級悪魔並みの戦闘力であることに違いはない。


 悪魔はまた振りかぶって尻尾の蛇を襲わせる。


「井上! 起きてくれ!」


 その蛇は、井上勇美を襲う。

 だが、この場では大和と悪魔しか知覚できなかった所であるが、その時紫の炎が勇美の体から噴き出した。


「今起きた! 何だこいつ!」

「わかんない! 多分上級悪魔だ!」

名有り(ネームド)か!? くそ! 解いてくれ!」

「だから袖口にカッター位仕込んどけって!」

「次からそうする!」


 釧灘大和は何とか体制を立て直し、黒い刀を振る。黒炎が鞭のように飛び出し、悪魔を傷つける。


「雑魚とは違うな。ビクともしない」


 悪魔から力を得た異能者であれば数キロ先でも昏倒させる威力だろうが、大本の力を持つ悪魔には直に切り付けねばならないだろう。

 悪魔は蛇の尻尾を振りかぶり、勇美を狙う。


 大和はカッターナイフを勇美に投げつけたあと、ボンネットに飛び乗り、蛇の尻尾に飛びついた。


 隣の車線を走る乗用車の後部座席。

 小学生の女の子が窓の外を見ていた。

 無論少女には、悪魔の姿は見えず、必死にしがみついている大和が自分で飛んでいるように見える。


「お母さん。お兄ちゃん空飛んでるよ」

「へえ、凄いわね」


 母親は助手席で化粧を直していたので聞いていなかった。

 けれど少女は気にせず、じっと見ていた。  

 大和は電流の痛みに耐えながらも、背中によじ登った。


 そのまま背中を突き刺そうとするが、悪魔は急降下してとなりの車にぶつかる。

 悪魔は車をすり抜け、大和はそのボンネットに吹き飛ばされながらもしがみつく。

 衝撃で女の子は車内で悲鳴を上げ、母親も父親も不審に思ったようだが、大和はそんなことを知る余裕もない。


 そのまま悪魔は車に近づいて行った。大和はチラリと電光板をみた。


「数キロ先検問!? 間に合うか?」


 おそらく雄大さんが配備をしてくれたのだろう。このまま時間を稼げば、いや、だが、悪魔はまた勇美の乗る車に向かっている。


「……やるしかないか」


 大和は猫のように体を丸めジャンプし、飛び込んで、悪魔に刀を突き刺した。

 悪魔がけたたましい音を立てて、叫ぶ。

 悪魔は蛇の尾から一層大きな音を立て、雷撃を見舞おうとする。

 だが、その蛇を掴んだ者がいる。


「井上!」

「なめんなっての!」


 井上勇美は宙返りしながら悪魔の背中に飛び乗ると尻尾を思いっきり引っ張った。

 紫電をもろともせず、ロデオのように進路を取りそのまま、悪魔はコースを変えた。

 釧灘大和と井上勇美を比較したとき、二人の最も大きな違いは防御力。


 大和は悪魔の攻撃が直撃すればダメージを受けるけれど、勇美は紫の炎を全身に纏わせ、高い防御力を得ている。

 纏えばほとんど万能の防御性能を得るのだ。

 その強力さで、日本で最も強大な才能を持つ神殺しであるといわれる。

 悪魔は高速道路から、ビル街に進路を変えた。


「釧灘! 受け身取れよ!」


 勇美の紫炎は、攻撃にも転用される。


「師曰く、空手とは自身の真下への打撃を想定した、唯一の格闘技である!」


 打撃は悪魔の肉体を貫き、二人はビルの屋上へたたきつけられた。

 ごろごろと、ボールのように転がり、静止した。

 大和は跳ね上がるように起きて、勇美に駆け寄る。

 井上はうめくように立ち上がり、少年はホッと息を吐いた。


「井上……君もイカれてるな」

「あんたに言われたくないよ」


 そうして二人で笑いあおうとするが、羽音が邪魔をした。


「ああ、まだ生き残ってたか」

「とっとと逃げればいいのに」


 雷電の悪魔は、敵対的な表情で彼らを見つめた。

 紫電が迸る。けれど、二人に怯んだ様子はない。


「人型だけど、何かしゃべんないのか?」

「この大きさなら、人語位話せそうだが。まさか……」


 悪魔がけたたましい叫びを放ち、二人に襲い掛かった。

 井上勇美は舞うように空手の構えをとる。


「チェスト!」


 神殺しにとって、この程度の悪魔なら、本来戦いにすらならない。

 数キロ先の異能者を刈り取ったように、数メートル上空の敵を正拳突きでもって打倒した。

 悪魔の胴体に風穴が空き、そのまま跡形もなく消え失せた。


「ったく、何だいこいつは。確かに強いけど、頭は異常に悪かったね」

「そうだな、まるで、何かに命じられたような」


(本来であれば、これほど強力な悪魔ならもっと狡猾に攻めてくるものだが、このとおりだ。

 あの状況なら、いったん退いて体制を立て直すなりしそうなものだが)


 そう大和が考えていると、勇美は肩をポンポンと叩いた。

 まあいい、彼女も自分も、生きている。

 そのことをまずは、喜ぼう。


「ま、とりあえず降りるか、さて」


 その時、銃声が響いた。そして悲鳴。




「おい、あんた、どうすんだよ」

「もう一旦逃げようぜ。もうすぐに警察来るしよ」


 男達は、大和を昏倒させた大男に尋ねる。


「最初っからこうするべきだった」

「あ、何が?」


 そのまま、男は懐から何かを取り出す。

 パンという乾いた音とともに、男達は倒れ伏した。


「初めから、殺しておけばよかったんだな。躊躇していた」


 倒れ伏す男達、悲鳴を上げる通行人、彼らを気にすることなく、大男はビルへ入っていった。



「ま、まずくない?」


 勇美は下をみながら大和の手を握る。

 ここは9階建てのオフィスビル。オフィスはほとんど締まっているようだ。


「とにかく屋上から中に入ろう。ここじゃあ逃げ場がない」


 そういって降りようとするも、屋上のカギを開けようとする。


「おい、まさか」

「しまってる」


 勇美は泣きそうな顔で大和を見た。

 大和は震える手を強く握った。

 



 神をも殺せる少年少女も、銃には勝てない。

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