神楽
大和が音もなく近づき、首をはねようとする。
だが、大悪魔は防いだ。
斬られたはずの右腕で。
ハッとした時には蹴りが吸い込まれていた。
たまらず刀の柄で蹴撃を防いだが、衝撃を殺しきれずたたらを踏む。
地響きが大和の周囲を揺らす。
瞬間、井上勇美の貫き手が胴体を貫く。
だが、胸に開いた大穴も瞬時にふさがってしまう。
「不死身か?」
「さあ、どうかな?」
ありえなくもない可能性に、ルシファーは意地の悪い笑みを浮かべる。
「なら、死ぬまで斬ってやるよ」
「聞けー! 釧灘くん! 井上さん!」
風雅の声が上空から響く。
「そいつは! 龍脈から塔を経由して無限にエネルギーを受け取っている!
龍脈! 塔! 本体! 三つ同時に対処しないと殺すことができないんだ!」
「分かった! 龍脈が尽きるまで斬りまくればいいんだな!」
大和が脳みそまで筋肉でできているかのような発言をする。
「加賀一帯を死の国にする気か! そうじゃなくて! 今から俺とみくちゃんが龍脈の方を何とかする!
それまで僕らを守ってそいつを止めてくれ!」
大悪魔が顔を顰める。
「そう聞いて俺が好きにさせると思うか」
ルシファーが天に手をかざし発光させると、塔の中から悪魔が次々と出現し、空を殺到する。
「ほら来た! 助けてー!!」
大和と勇美が目くばせをしあう。
勇美は空に飛びあがり、頭上に飛ぶ悪魔に乗ると、次々と紫炎を噴き上げ打ち落としていく。
大悪魔と大和は剣撃を激突させる。
だが、大悪魔は相打ち狙いで攻撃をし、大和がそれを躱す。
瞬間、静寂が包む。
「君に歌うよ、加賀にまします水地の神よ」
その音が届いた瞬間、明らかに悪魔の力の総量が減った。
ルシファーは目を見開いて風雅を睨む。
「あの少年! 陰陽岩倉玲陽の忘れ形見か!」
聞きなれない人名に大和が思わず尋ね返す。
「あ! 何だって!?」
風雅の歌声が響く度、大悪魔への龍脈からの供給が途絶えていく。
否、本来の支配者である加賀国乃水分神に戻っていく。
風雅の歌は世界を変質させている。
世界を異界と化し、異界を意のままに操る。
歌に祈りを乗せ、神と力を合わせることによって。
「至りて沈む湖の奥で、ただ慈悲深く我らを見守る。
あり方睦まじく、あり方儚げならん」
ルシファーの動揺が大きくなる。
「やはり人と神を繋ぐ者か! ここで出会えたのは幸運だ! 一挙に殺す!」
「何が何だかわからねえが! させねえよ!」
翼を生やし飛び上がろうとする悪魔の両肩を削いでいく。
「風よ舞え水よ降れ。この手に届く全てのものに恵の雨をもたらせ」
風雅の足元から気流が逆立ち、水分神に青白い光が纏う。
「千々震わせ八百万凍てつかせ、辰の神の威をみせよ! 水分の神よ」
そして、水分神の体が少女の姿から成人の、神秘なる女性の姿となって再臨する。
「天羽々斬をもって! 明けの明星を弾いて落とせ!」
そして風雅がエレクトリックギターを構え、曲調をゴスペルからハードロック調のものへと変える。
その時、水分の神の姿が本来の龍のものへと青白い光とともに変貌する。
瞬間莫大なエネルギーが龍の口に集まっていく。
水流が激流となって、大地から吸収されていく。
まるでこの土地そのものがルシファーに反抗するように。
「その程度か!」
ルシファーはその威力さえも脆弱とでも断ずるかの如く、鼻で笑いながら障壁を展開する。
だが、それはルシファーに向けて放たれたものではなかった。
それはいつの間にか肉薄していた井上勇美の右腕に収束する。
「魔法効果付与!?」
「西洋魔術ではそう言うのか?」
彼女が手刀による一撃をルシファーに叩き込む。
「こういうのは力を合わせるって言うんだよ!」
瞬間、水流が弾け、紫色に輝く大瀑布が悪魔を塔ごと吹き飛ばす。
だが、悪魔は原型を保っていた。
しかし、瓦礫の上を跳ねながら自分に向かってくる釧灘大和に気づかない。
「貴様ら! 貴様らああああああ!!」
「お前を……斬る!」
そして、釧灘大和がその隙を逃すばずもなく、
その首を斬り落とした。
翌日、あの大雨が嘘のような快晴の空の下、あの湖畔で、大和達は集まっていた。
「寂しいのお、もう行ってしまうのか?」
「ああ、学校あるので」
大和の返答に、龍神は唇を尖らせる。
その姿は少女の姿から成長し、まさに絶世の美女といった所で、そんな顔をされるとむずかゆい。
「勇美。お前の健勝を祈っているよ」
そう言ってみくちゃんは勇美を抱きしめる。
勇美は顔を紅くするも、観念したように背中に腕を回す。
「風雅よ、お主の神楽は見事じゃったぞ。これからも精進するがよい」
「ああ、みくちゃんもお元気で。また定期的に見に来るよ」
そう言うと、風雅は大和達に向き直る。
「政府から追加で報酬が出ることになったから、また送金するよ」
「え! 金はいいよ!」
「これは正当な報酬だ。受け取ってくれ」
なおも二人は言い寄るも、風雅は断固としてこの点は譲らなかった。
プロとしての矜持があるのだろう。
そしてかしこまったように一つ咳払いをする。
「今回は本当に助かった。ありがとう大和、勇美さん」
その言葉に、二人は顔を見合わせる。
「ああ、助かった! 風雅!」
「また会おう! 風雅君!」
「おう! また何か魔術とかで分からないことがあったら聞いてくれ!」
そう言うと湿っぽくなった空気を避けるように、風雅は朱雀を召喚し、飛び乗った。
「じゃあな! 皆! 今度は京都に来てくれよ! 案内するよ!」
「ああ! 必ず!」
「アンタもいつでも名古屋に来ていいからね!」
言葉を交わすと、風雅の姿は瞬く間に小さくなった。
そして、大和達も車に乗り込む。
「釧灘、ちょっと落ち着いたら、話がある」
少しして、勇美が大和に話しかける。
その様は少し緊張しているが、不安はない。
「ああ、俺もだ」
そう言うと、二人は顔を見合わせ、どちらともなく笑いあった。
「あ、おい、見ろ」
「ん? ……おお!!」
しばらく走ると、空を高く龍が舞っているのが見えた。
まるで虹の橋を渡るように、煌びやかに飛んでいた。
アメリカ合衆国、某州。
高級ホテルの最上階。
紫色の蛇を撫でながら、金の瞳の悪魔は葡萄酒をあおりながらピザを食べていた。
「この国のメシは量が多くていいな」
ルシファーは分体を多数世界各地に放ちながら、企てを進めていた。
日本の加賀国での騒ぎも多数進めている計画の一つにすぎない。
ゆえに分体の消滅も全く、気にも留めていなかった。
その瞬間までは。
「いつッ!」
その叫びに蛇が何事かと見やる。
ルシファーの白い首筋に傷がついていた。
つーっと血が滴ってくる。
分体の記憶を精査し、ルシファーの表情が変わる。
楽し気に、楽し気に、にやりと笑った。
まるで世界の悪意を凝縮したような瞳が、細まる。
「そうか、お前がそうか! 釧灘大和!」
そう叫ぶと、ルシファーはフルフルに笑いかける。
「運がいいなお前は、死んでいたぞ!?」
蛇はその瞳を細める。
気にも留めず、部屋の中には悪魔の哄笑が響いていた。
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