対龍
悲鳴がどんどん遠くなってるのを茫然と二人は見やる。
あわや食われそうになるのを、炎の鳥が寸でのところで掴み拾い上げた。
「青龍を連れてこれば良かった! ちょっとタンマタンマタンマ!」
なおも龍は風雅に喰いかかろうとする。
本気で危なそうなので、大和や勇美も炎を上げて動いた。
斬撃を龍に当てようと振りかかる。
だが、強力な外皮によって弾かれる。
勇美も紫炎を巻き上げるが、まるでこたえた様子がない。
「井上、飛ばしてくれ」
そう大和が言うと、勇美は頷き手を組んで下にやった。
そこに足をかけて飛び上がる。
すると弾丸のように彼は飛び上がり、瞬く間に山よりもさらに巨大な龍の頭と同じ高さに辿り着く。
日本刀において、というか数多の武器において、強力な外皮を貫きやすいのは刺突である。
ゆえに大和も自身の黒い炎により具現化した日本刀を縦に構え、刺突を行う。
そしてその一撃は龍の顎を貫いた。
(このまま振りぬいて三枚に降ろしてやろう)
大和が殺意を込め力を入れた時、襟をつままれ、空中に投げ出される。
刀は自然と抜けてしまう。
「何のつもりだ、岩倉」
大和の襟をつまんだのは、ほかならぬ炎の鳥である。
炎の鳥は、ひょいと大和を背中に放り投げられる。
その体は燃え盛っているはずなのに不思議と熱くない。
風雅は落ち着けという風に両手で抑えるジェスチャーをする。
「待って待って! 君本気で殺そうとしただろ! それはちょっと待ってくれ!」
「ダメなのか?」
風雅は本気で焦っているが、大和は平素の通りである。
「こいつはこの地方を守ってる水神だ! 君加賀に来てから魔物とかに襲われた?」
「いや、夜じゃないからではないのか」
「魔物ってのは強い神格のいる所では発生しないんだ! 神のおわす地には穢れから生ずる魔物は現れない! まあこれは陰陽師的な解釈なんだけど」
「つまりあいつはアシダカグモみたいなもんで倒すとゴキブリが湧くよと」
「うーん! 言い方!
それに、こいつは千数百年にわたってこの地に存在していた水神だ! 倒したらこの地方にどんな災いが起きるかわからない!」
アマテラスめ、やっぱり嘘を教えやがったな。と大和は一人ごちた。
「じゃあどうする?」
「こいつが暴れまわる原因があるはずだ! それを取り除こうとさっきこいつと話をしようと思ったんだけど!」
「こいつが暴れまわって聞けないと。じゃあ無力化すればいいんだな」
そう話をしている間に、龍の口からエネルギーが沸き起こる。
「うおおお! 朱雀! 急速旋回!」
炎の鳥が言われた通り高速で移動する。エネルギーが閃光となって放たれる。雨雲が突き抜け、晴天が見える。
「当たったってどうってことないだろ」
「霊能者の常識で物を考えないでくれ! 君は良くても俺は当たったら死んじゃうよ!」
「そうか」
大和は炎の鳥から身を乗り出し、勇美に向かって叫ぶ。
「井上! やっぱり殺すと不味いらしい! 無力化できるか!?」
「やってみる!」
そう叫ぶと井上勇美が空手の構えを取る。
瞑想し、息吹を行う。
息吹とは特殊な呼吸法により、全身の気の流れを整えるものである。
呼応するように紫炎もまた巨大な形をとり、全身に纏っていく。
その巨大な力の波動が、龍の意識を向けさせる。
気が紛れた隙に大和もまた朱雀の上で瞑想を行う。
「え? 何してんの?」
「黙ってろ」
気の起こりを読み、相手の動きを読む。
武道諸派に同様の思想はあるが、大和が修める日本古武道水地流ではそれを「気闘」と呼ぶ。
戦闘は動作が始まる前に、気の起こりの読み合いから始まっている。
「龍の腹の辺りに、淀みのようなものがあるな」
龍の持つ巨大なエネルギーではなく、もっと悍ましい負のエネルギー。
悪魔の力を、龍の中腹に感じる。
それは井上勇美も感じ取ったらしい。
「神武不殺」の性質を持つ井上勇美の空中後ろ回し蹴りが、淀みに正確に叩き込まれる。
だが、淀みは一瞬掻き消えたかと思うと、すぐにまた悍ましいカタチに戻ってしまう。
「穢れが戻ってしまっている!」
「何だありゃあ、どういうことだ」
大和の疑問に風雅が答える。
「おそらく、呪いの本体は別にあるってことだ!」
「? どういうことだ?」
「呪いってのは、本体と作用する場所が別にある! その穢れを生んでいるのが別のどこかにある」
「心当たりはあるか?」
「これだけの水神を祟れる呪いだ。相当の規模でないとできないし、呪いっていっても距離によって減衰するからここからそう遠くない場所に穢れの塊があるはず!」
風雅の説明に大和はさらに知覚範囲を広げる。
すると確かに、山の頂上辺りに怪物の気配を感じた。
フルフルやガープといった大悪魔というよりも、普段襲ってくる怪物のような気配だ。
「頂上に行ってくる。岩倉は井上とこの龍を防いでいてくれ」
そう言うと、大和は朱雀の上から飛び立ち、頂上に走っていった。その速度は音速を越えている。
「かあ、神殺しって化け物ばっかだなあ。あれで最下位かよ」
そう言うと、風雅は奇妙な幾何学模様の書かれた札を取り出し、口にふくむ。
「白虎! 井上さんを援護!」
叫ぶと、札から六芒星の模様が浮き上がり、中から白い虎が出てきた。
そして、地に降り立つと井上勇美を背に乗せ、湖の周りを高速で移動しはじめた。
「おうサンキュー! 岩倉君!」
そして、彼女は紫の炎を巻き上げ、正拳突きを放つ、紫炎が龍を覆うが、一向に堪えた様子がない。
だが、それでいい。空中にいる風雅から注意をそらすのが目的だからだ。
龍のブレスを回し受けで弾きながら、井上は大和が状況を打開するのを待った。
大和が頂上に辿り着くと、化け物の気配を感じた。
それは、骸骨のような形をした女である。
首元から、延々と赤子の霊が溢れ、叫び声をあげている。
常人が見れば発狂するような姿でも、大和にとってみれば日常の産物である。
すたすたと近づき、音もなく首を狩る。
すぐに女の霊は雲散霧消した。
「これでいいのか?」
大和は疑問に思いつつも、辺りを見渡す。
どこか整備された区画に、社らしきものがある。
それが壊されていた。
いや、壊されていただけではない。
スペースに方陣が描かれている。
描かれた魔法陣の材料は緑色の液体で、一目でこの世のものではないと分かる。
大和は一切の逡巡なく、日本刀を地面に突き立てた。
瞬間、パキリと音を立て、何かが崩れていった。
(これで、呪いの方は何とかなったか)
そう判断すると、来た時と同じような高速で駆けて行った。
「おー、釧灘。大丈夫だったか?」
井上勇美がぶんぶんと腕を振る。大和は軽く会釈して答えた。
見ると、湖よりもさらに巨大な龍はぐったりと湖畔に寝そべっている。
「で、岩倉はまた歌ってるのか」
「ああ、何でもあいつの歌には精霊とか神に力を与えるらしい」
まるでゲームの吟遊詩人のようだと大和と勇美は思った。
「センキュー!」
指を突き立てると、不思議な光が龍を包んだ。
そして龍は、するすると縮んでいき、人型の形を取る。
見目麗しい青色の形をした少女だった。
年齢としては12歳前後で、静謐な印象を与える。
その姿を見て、大和と勇美は風雅の方をじっと見る。
風雅は二人の方を見て、尋ねる。
「……どうして女の子になったの?」
「「知るかよ!」」
二人同時にツッコんだ。




