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神殺しは銃で死ぬ  作者: 尾根末彦
第1章 悪魔フルフル
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日本最弱の神殺し

 『名古屋市内で三件の強盗強姦殺人の容疑がかかっている、葛西征爾被告が昨夜、重傷で運ばれたとの発表があり──』


 テレビの音声が流れる病院のベッドの上、上半身を起こして座る大人びた美少年。名前は釧灘大和(くしなだやまと)

 椅子の上、調書をとる刑事、190センチを超える巨漢。名前は井上雄大(いのうえたかひろ)


 大和は申し訳なさそうに雄大を見つめる。

 雄大は腕を組んで大和を見つめている。

「お前ね。相手ナイフ持ちで全国指名手配の殺人鬼だよ。もみ消せないよコレ」

「はい、すいません」

「俺や君の師匠は、君達みたいな神殺しを守るために政府に雇われてるわけよ。こんな危ないことされたら立つ瀬がないの」

「はい、すいません」


 消沈する大和。

 自分が無茶したことなどわかっているのだろう。

 少年が落ち込む姿を見て、これ以上責めることは雄大にはできなかった。


「……たく。ほら、入ってきてください」


 病室へと入ってきたのは、あのマンションで襲われていた女性だった。

 女性は大和に近づくと、しっかりと抱きしめた。

 そのまま女性はすすりなきながら、ありがとうありがとうと繰り返す。 

 大和は戸惑ったような顔で刑事を見た後、ただ固まっていた。



 女性が去った後、雄大は大和に向き直った。


「ま、とりあえず、あの人は口裏を合わせてくれるから、君はマスコミに会っても何も言うなよ」

「わかりました」

「あと、妹を持つ身として。よくやった」

「……じゃあ何で怒られたんですか?」


 大和は口を尖らせて言う。


「不法侵入するからだよ」

「わざとじゃなかったんですって」


 雄大がどうしたもんかねと呟いていると、病室のドアがまた開いた。入ってきたのは少女だった。

 紫の炎を纏っていた少女。名は井上勇美(いさみ)


 中学二年生にして170センチ強の長身、スラリと伸びた手足、中性的で甘いマスク。

 何より燃えるような瞳の力強さ。

 その少女はつかつかと少年に歩み寄り、彼の襟をつかんだ。


「あんた頭イカレてんの?」

「……昔から」


 勇美の剣幕に、大和は目を反らす。


「直せ。ただちにだ」

「勇美、おちつけ」


 従兄である雄大が抑えるが、勇美は意に介さない。


「なんで再度突っ込んだ? あんたがいかなくても良かっただろ?」


 勇美の正論に、大和は動ずることなく言い返す。


「時間をかけてたら、あの人が殺されてたかもしれない」

「あんただって死んでたかもしんないだろ」

「あの人だって死んだら死んじゃうんだぞ」


 言葉の応酬の後、大和は静かな瞳で、見据える。

 黒曜石と炎が見つめ合う。


「あんたも死んだら死んじゃうだろ?」

「俺が強盗位に殺されたら逆にビックリだろ」


 大和は自信を持って胸を張る。


「そりゃそうか。でもあんた入院してんじゃん」

「あれは蛇にやられたんだ」

「あんなザコにか……」


 勇美はため息を吐きながら、仕方ないという風に落ち着く。

 どのみち理屈ではこの男は止まらないのだろう、と勇美は観念した。


「あんた、本当にピーキーな性能だね」

「何せ、日本でも最弱の神殺しだからね」


 勇美の直言に、大和は苦笑で返す。


「ま、アンタは防御力がないからね。あんなザコな悪魔に吹き飛ばされているようじゃまだまだ」

「……反論のしようがないよ」

「あのお化け蛇は精々中級の下ってところかな。あんたこれで名前有(ネームド)の上級悪魔なんかに出会ったら即死よ即死」

「上級ね……。その時は、日本で一番才能がある神殺しである君を頼ろうか」

「おうおう、泣きながら来な。たおしてやっから」


 軽口を叩きながら、二人はしばし見つめ合い、どちらともなく笑い合った。


「いちゃついてんなお前ら」

 雄大はニコニコと二人を見つめる。

 大和と勇美は雄大に一度目線を向けたあと、二人そろって肩をすくめた。

 剣幕は霧散し、勇美は椅子に座り、大和は電気ケトルでココアを3人分入れた。


「しっかし、あんな美人に抱き着かれて、嬉しかったんじゃないの?」


 勇美がからかうように言う。


「……今まで命の危険があった女の人が、震えながら恐怖で泣いているのに、嬉しいとかおもったら最低だろ?」

「……ふうん、そっか」


 勇美は何か思うところがあるのか、少年の葛藤は流されてしまった。

 彼女の文句はそれっきりで、黙ってココアに口をつけた。


「あと、君に比べれば、そこまでではないだろう」


 美人という点であれば、大和は勇美の方がふさわしいと思っている。

 可愛いという感情を隠さぬように、大和はいいのける。


「ありがと、あんたも顔は格好いいよ」


 勇美はその言葉に、黒曜石の瞳を見つめ返しながら言う。

 しばし笑いあい、視線を重ねた。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 二人の間に漂う甘い雰囲気に、27歳の刑事、井上雄大はポツリとつぶやく。


「え、最近の中学生怖」


 自分が中学生の頃を思い出すが、そこまで素直に異性を褒めただろうか。

 思い出しつつも、彼は、従妹とその同級生がにこやかに話す姿を見つめていた。


 ちなみに釧灘大和と井上勇美は、付き合っていない。

 今日のお見舞いはそれで済み、雄大と勇美は自身のアパートに帰っていった。





 金曜日早朝。

 



 朝ののどかな公園で、井上勇美はジャージ姿で走っていた。

 少女の腰には紐が巻き付けられ、その先にはタイヤが結ばれている。

 ダッシュする。数歩程で止まる。一拍置く。ダッシュする。


 タイヤ引きトレーニングで一番負荷がかかるのが、スタートの時である。

 静止した状態から、重いタイヤを足の力で引っ張ることで、脚力と瞬発力の強化につながる。


 そうして走っていたところで、風切り音が聞こえてきた。

 勇美は痛みに頭を押さえながら聞こえてくる音の方へ向かった。


 釧灘大和が、木刀を素振りしていた。

 勇美は剣に詳しくないが、一個一個の動作を確かめるように、丁寧に素振りしているのが分かる。


「おはよう、あんた、病院は?」

「おはよう、昨日で退院した」

「医者が退院していいって言ったんだな?」


「……当然だろ」


 大和の目が泳いだのを、勇美は見逃さなかった。


「何? 今の間」


 勇美がにらみつけると、大和は観念して白状した。


「一日入院した方がいいとは言われたが、断った。」


 ここで休むと、今朝もニュースでやっていた、七階のビルに無断侵入し強盗を倒した中学生、は大和のことだと繋がって思われてしまうだろう。


 だから、彼は医者に無理を言って退院してきた。

 勇美はため息をつき、仕方のないものを見るような目で大和の方を向く。

 大和はそんな視線を振り切るように素振りを再開した。


 風切り音がまた繰り返される。

 大和はまったく振りかぶっていない。

 木刀をまるで鞘に納めている状態のように持ち、そこから袈裟斬りの太刀を放つ。


 力の入りようがないように思えるのに、十分な威力を持つその剣。

 その演武を感心したように見つめながら、勇美はタイヤを持ち上げ、木に吊るす。


 自身の胸の高さに吊るしたタイヤにタオルを巻き付け、そこに拳を合わせ、精神を統一する。


 正拳突き。


 ドスンという音とともに、タイヤがふらふらと揺れる。

 そのまま数秒、姿勢を微調整するように正し、もう一撃。

 それから三十分ほどの間、風切り音と炸裂音が公園に響いた。

 




「おはよう、今朝のニュースってお前か? クシヤマ」


 同じクラスの海原優斗(かいばらゆうと)ににこやかに話しかけられる。大和の心はいきなりくじけそうになった。

 折角無理して退院したのに、全く意味がない。


「違うよ。だったら入院してるはずだろ?」

「でもお前なら無理やり退院しそうじゃん」


 まるで見てきたように真実を言うクラスメイトに、冷や汗を垂らす。 

「イサミン~こんな頭おかしいのやめときなよ! 頭クシヤマなんだから!」


 金髪のウェーブがかった髪を後ろに束ねた美少女、赤羽陽美香(あかばねひみか)が勇美に抱き着きながら言う。


「ほっとけ。あと、別に井上と俺は付き合ってない」

「そうそう、私と釧灘は、ただのご近所さんだよ」

 そんな会話を繰り広げる中で、こんこんとドアを叩く音がして、クラスに別の人間が入ってくる。

 名札から隣の隣のクラスだなと大和は思った。

「おい、釧灘大和はいるか」

「あれ、佐島(さじま)じゃん? どうしたの」

 誰? という大和の問いに勇美は「空手道場の同級生」と答える。


「お前を倒せば、十万円か。チョロそうだな」

「……ケンカか」

 剣呑な声を出す大和。

 なにかに気づいた勇美が立ち上がった大和の手を叩いた。

 彼の手からコンパスが、甲高い音を立てて落ちた。


 瞬間、「え?」となる一同。

 大和は不満げに勇美を見るが、勇美は険を含んだ声で言う。

「ケンカは素手!」

「どういうこと?」

 海原は陽美香に聞く。

「大和は、イサミンが習ってる空手道場で十万円の賞金がかかってるから」

「何で?」

「いや、イサミンと仲がいいからよ。イサミンってファンが多いから。

 まあクシヤマが五回くらい叩きのめしたから最近は無かったけど」

「本人の意向を無視するなよ……」

 勇美は陽美香の解説に呆れたように言う。

 だが、大和は動じず言う。

「で、ケンカか? それとも平和的に腕相撲くらいにしとくか」


 佐島と呼ばれた男子生徒は大和を見下ろす。

 危ない目だった。

 こういう手合いとケンカはするなと道場主にも言われている。

 そうして佐島は、頭一つ分位低い大和を見定める。

 単純な力比べなら勝てる。

「腕相撲で」


 すぐに机が移動され、辺りに男子生徒のギャラリーが溢れる。

 それを女子生徒達は呆れた目で見つめる。

 唯一女子の中で乗り気な勇美は大和と佐島の手を掴む、すると二人の顔が赤くなる。

 それに気づかず、勇美は楽し気に手を離した。

「れでぃー! ごー!」

 ピクリとも動かない両者。

 だが、佐島の顔は限界まで紅潮しているのに対し、大和は呑気に勇美に言う。

「そこ、どいてくれ。危ない」

 大和は、勇美がため息をつきつつも離れるまで待った。

 瞬間力を解放する。

 大和に腕を思いっきり倒された佐島は体ごと吹き飛ばされ、投げ出される。

 歓声がクラス中を満たす。


 佐島は呆然と大和を見る。

 学生服の上からでは分かりにくかったが、凄まじく鍛えられた体だった。

 佐島は悄然と頭を下げ、去って行った。

 大和はにぎやかになる周りを置いておき、勇美の手の感触を思い出していた。

「クシヤマ気持ち悪い」

 そう呟いた陽美香を無視して。


 また、日常が始まる。



 市の中心街、アイドルの化粧品広告が載るビルの屋上に男が立っていた。

 男の周囲の空気が、雷雲が現れたようにパチパチと鳴る。

 空気を震わす衝撃が辺りに響き、まさに轟いた。

 ビルの広告が落ち、悲鳴が響いた。

 幸いにも人通りが少なく、死者はでなかった。


 だが、それはただ、幸運なだっただけだろう。

 その男は自分の、未だ紫電が迸る腕を嬉しそうに見つめていた。



 悪魔や神は人を見染め、超常の力を与えることがある。

 悪魔が人間を知識や能力で誘惑するイメージは、聖書や伝承で形作られているし、各地の神話にも神や精霊が人に力を与えるエピソードは数多い。


 そうやって神や悪魔、あるいは何か大きなものから力を与えられた人間を「異能者」と総称する。

 異能者はその力でもって、しばしば人間では持て余す大きな力をふるう。

 欧州に点在する魔術協会、あるいは京都の陰陽師、教会の聖騎士団などもアプローチは異なるが異能者と呼ばれる。


 そんな彼らにはある絶対のルールがある。


「霊能者の近くで能力を使ってはならない」




「クシヤマ! 野球やろうぜ」

「今掃除中だろ」


 海原が大和をサボりに付き合わせようとするが、そういって釧灘は掃除を続ける。


 そこで、ピクリと勇美と大和が反応した。

 数キロ先、かすかながら力を感じる。

 勇美はすっと海原の前に立つ。


「いい加減、真面目に掃除しな」


 目の前の男に告げながら、少女は拳を握り逆手に構える。


「え、イサミンちょっと待って、ごめんてごめんて」

「いや、聞かない」


 勇美の右腕が、回転しながら海原に向かっていく、空手の正拳突きだ。

 大和は見えていた、彼女の体から紫色の炎が上がり、拳の先から塊となって飛んで行った所を。




 男は屋上で衝撃を受け、その場に倒れ伏した。白目を剥いているものの、外傷はない。

 霊能者は、その戦闘能力もそうだが、その知覚能力が何よりもおそろしい。

 最弱の神殺しである釧灘大和さえ、その知覚範囲は10km以上に及び、その範囲で異能の力が振るわれればすぐに分かる。



「あんた昔っからそうだよね。真面目にやんなさい」

「いてて、分かったよ」


 勇美にとってはあくまで手加減した拳である。

 それは実世界だけでは、という話で、異能者相手であれば数キロ先だろうと昏倒をまのがれない拳であった。

 大和は勇美だけに分かるような声量で呟く。


「ナイスホームラン」

「あはは」


 だが、二人の表情には少しの寂しさがみてとれる。

 日常は穏やかだが、またトラブルになりそうだ。



 大和達のいる学校から十数キロ離れた上空、大和と勇美の感知圏外に、その悪魔は浮いていた。

 エリマキトカゲめいた飾りの中央、美貌の男、ただしその色彩は毒々しい紫、下半身は蜂のようなとっくり型で針の代わりに纏うは紫の電流。


 雷雲を名乗るその悪魔は、フルフル。


 巨大な力の権化は、彼らを伺うように飛んでいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 話の展開や設定、序盤から戦闘シーンで入る勢いがとてもよかったと感じました。 [気になる点] 三人称視点においての説明文や情景文の少なさから少し淡々としすぎかなと思いました。「勢いはありまし…
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