お嬢様と昼食
お昼休み、それは至福の時間である
誰にも邪魔されず、作法も気にせず、一流のシェフが作ったお弁当という宝石を、人気の少ない森のテラスの一角で思う存分独り占め出来るのだ。この幸福は、寝起きのベッドの中に勝るとも劣らない
筈なのに、どうしてここにいる?ハンサムボーイ
「えっと、迷惑だったかな?」
「迷惑な訳ないだろ。こっちが誘ったんだ、堂々と食べとけ」
「むぅ」
「は、ははは」
苦笑いしてる場合じゃないぞ、ハンサムボーイ。無理矢理連れて来られた事に、もっと文句言ってもいいんだぞ、むしろこの中で一番地位が低いのに、何故か一番偉そうな兄様を懲らしめてくれ。
「お前も朝食に嫌いな料理が出たからって、何時までも膨れてんな」
「そんな理由じゃないよ!?」
何を言っとるんですか兄様は。大体この私に嫌いな食べ物なぞあろう筈がございませんですわ。
おい、まてハンサムボーイ。何故、納得が言ったような顔で手を打ち付けている?
「ちなみに、嫌いな食べ物って何なのかな?」
「うん?子供のころは」
「お兄ちゃん!!」
突然大声を出したからだろうか、ビクッとハンサムボーイの肩が跳ねた気がしたが。まぁ、今はそんな事はどうでもいい。恐らく真っ赤になっている顔で、私にとっての禁句を言おうとしてる兄様を精一杯睨み付ける。
嫌いな食べ物、それすなわち私にとっての恥なのだ
「へいへい、この話は後日」
「言わないでよ!!」
「冗談だって。そんなカリカリすんなよ、これでも食べとけ」
目の前にスッと出されたのは、綺麗に切り揃えられたサンドイッチ。挟んである具のせいだろうか?芳醇な香りが辺りに散りばめられている。
しかし私は、美味しそうなサンドイッチ一つで気分を変える様な軽い女ではないのだ
「食後のデザートに海外から取り寄せた洋菓子が」
「さぁ、速くお食事にしましょう」
デザートには勝てなかったよ。女の子ですから
「その、やっぱり僕はお邪魔かい?」
「これからお嬢様と一生食事が出来なくなるのがよろしければ、帰ってもいいですよ?」
「ここで、いただくとしよう」
何やら兄様とハンサムボーイがコソコソ話しているが、今はそれどころではない。悪いがお食事タイムだ
「ハムハム、おいひぃ」
サンドイッチを掴み、一口齧ると直ぐに挟んである様々な具材が口内を幸せで満たしてくれる。これぞ、サンドイッチの究極系なのではないのだろうか?
「ほれレモンティーだ、お嬢様」
そして、三口目に狙い済ましたかの様に差し出される良く冷えたレモンティー。完璧、まさに完璧だよ兄様。褒美にこの私直々にお礼を言って差し上げましょう。
「あいがと」
「んん?」
ゴクン
「ありがとうございました」
「よろしい」
口の中の物は飲み込んでから話しましょう。常識ですわよ
「あれ?食べないの?」
何故かマジマジと私の事を見てくるハンサムボーイ。お腹が空いてないのだろうか?いや、そんな事はあるまい。
……ははーんわかっちゃったもんね
「このサンドイッチが欲しいんでしょ?タダでは上げないよ、貴方のお弁当のおかずと交換してあげる」
「こっ!?」
あたふたしている所を見るに、やはり図星か。しかしハンサムボーイよ、貴方の貴重なあたふたシーンなんてどうでも良いのです。速くお弁当の中身を見せなさい
「お前って実は全部わかってやってるんじゃないだろうな」
「え、何が?」
木漏れ日が少しだけ覗く森の中。兄様の言葉なぞあっという間に記憶の彼方に追いやった私は、交換として差し出されたロールキャベツにかぶり付くのであった。