観覧車の声
酷くこの状況に絶望しながらも、前を向いて歩き出した剛。
俺達もその剛に勇気を貰い、再び歩き始めた。
今度の目的地は観覧車だ。
「ここが次の場所か」
「あぁ、中から助けてって声が聞えて来る噂がある」
噂の内容を説明するのはさっきまで尚がやってくれていたが
もうあいつはいない、だからメモ帳を拾った俺が内容を説明した。
「他の噂に比べると、随分と古典的な噂やな」
確かにそうだ、ジェットコースターの噂はここ以外聞いたことも無い噂
アクアツリーの噂もそうだし、メリーゴーランドの噂もあまり他では聞かない内容だった。
だが、ミラーハウスとこの噂は聞くことがある様な噂だ。
あと1つの城の中に拷問部屋があるって噂も割と良く聞きそうだし。
「そう言う噂の方がなんかヤバいかもしれない、警戒は今まで通りだぞ」
「そうですね、使い古されている噂だからこそ幽霊が強くなりやすいかも知れませんし」
「わかっとる」
使い古されてる噂の方が幽霊って強くなるのか、なんか聞いたことがある気がするが怖いな。
だからこそ今まで通り、もしくは今まで以上に警戒した方が良いかもしれない。
何もないだろうと思ったのに、恐ろしい体験をする・・・・それはついさっき経験したばかりだ。
「じゃあ、さっさとここのキーワードを探すぞ」
俺達はゆっくりと観覧車の方へ移動を始めた。
「助けて」
「え!?」
だが、俺達が観覧車の近くまで移動し、観覧車の出入り口の正面に立った時
何処からか助けてと言う小さな女の声が聞えてきた。
「な、なんだ!? 何処から聞えた!?」
「知らんわ!」
「たかだか声だろ!? 怯えるな!」
今まで散々な目に遭ってきたからか、剛の奴はその声を聞いたとしても怯まなかった。
だが、守はその声に過剰なほどに反応し、周囲をキョロキョロと素早く見渡している。
その行動のせいか、あいつはある物に気が付いてしまったらしい。
「あ、あれ! あれを見ろ!」
「あれ? っな」
「これは!」
守が指を指した場所には一番下に降りている観覧車のカゴから真っ赤な血が滴り落ちていた。
その真っ赤な血は絶えず止まること無く、勢いよく地面に向って落ちている。
まるでついさっき、誰かがそこで殺されたかのように。
それだけでも異常な光景だが、何故かこの大量の血は真っ暗な空間だというのに妙にハッキリ見える
懐中電灯を照らしているわけでもない、それなのにその血は綺麗にハッキリと全部が見えてしまう。
「なんで、どうなってるんだよ」
「い、勢いが更に増えてきてる!」
ただでさえ勢いが良かった血の量は止まる気配は無く、むしろドンドン増え始めてきていた。
勢いがより加速した大量の血は地面を這い、ゆっくりと広がり始めてきている。
俺達が立っている場所にまで浸食してくる勢いで。
「助けて」
俺達が硬直していると、再び小さな声が聞えてきた。
更にその声を合図に今度は観覧車が動き始める。
大量に血が滴り落ちていたカゴはゆっくりと俺達から離れていったが
かなり離れた状態でも関係無しに血の滝を流している。
明らかに人が流せる血の量を超えている。
いくら人間が今、その場所で殺されていたとしてもここまで血が流れない。
それ位の血を流せるとすれば・・・・そこで何人もの人が殺されていないと無理だろう。
「・・・・う、うぉぉぉ! 今のうちだ! 今のうちにキーワードを探すぞ!」
こんな状況だろうと怯まずに剛はキーワードを探すために観覧車に近寄り始めた。
「嫌だ! 近寄りたくない!」
「守! ここに来て駄々をこねてどうするんだ!」
「お前も見ただろう!? あの異常な光景! あんなの見て・・・・動けるわけがない!」
守は剛の説得にも耳を貸さず、ただただその場で駄々をこねた。
剛はそんな惨めなこいつの姿を見て、明らかな怒りの表情を見せたが
俺にはむしろ守の方が正常なのだと分かっている。
こんな理解不能の状況に何度も何度も直面して友を失ったって言うのに
それでも前に進む方が普通の人間には困難だからだ。
「だったらそこで動かないで待ってろ! 幸平! 行くぞ!」
剛がそんな情けない守に呆れたのか、説得することもせず、俺と一緒に観覧車の捜索に向おうとした。
「じゃあ、幸子さん、あなたはここで」
「止めろ! 置いてかないでくれ!」
守は更に駄々をこね始める、俺達に置いていかれるのが嫌らしい。
でも、幸子さんだって一緒にいるのに、どうして嫌なのだろうか。
もしかしたら、幸子さんは頼りないとでも思っているのか?
確かに女の子だし、それにここで出会って、まだ殆ど経ってない女の子だ。
そんな女の子と2人っきりってのもそれはそれで怖いのかも知れない。
「・・・・ち、何処まで駄々こねやがる・・・・もう言い! 幸平、俺が行ってくる
お前はそこで守の馬鹿のお守りでもしてろ!」
「あ、あぁ」
恐怖に打ち震えている魔物を見かねてか、剛は俺を守の近くで待たせ
自分1人で観覧車の方に歩いて行った。
絶対にあいつも怖いだろうに、それでも怯える守の為に1人で向うなんて。
「すまん、剛、幸平・・・・俺が情けないから」
「そう思うなら大人しく付いてきて欲しいもんだな! だが、ビビりのクソ野郎と一緒にいても
むしろ足を引っ張りそうだ、だからそこで大人しく待ってやがれ」
あいつは不器用ながらも俺達の事を思ってくれているのだろう。
・・・・これはあいつなりの優しさ、あいつはかなりの友達思いだからな。
「じゃあ、待ってろよ、絶対に動くな」
剛は俺達に絶対に動くなと釘を刺し、自分は1人で観覧車の捜索に向った。
「助けて」
だが、剛が観覧車に近寄ると、何処からか再び助けを求める声が聞えてくると
観覧車が次のカゴが出入り口まで移動してきていた。
そのカゴからも血が流れ出し、今度はそれだけでなくカゴの扉が開く。
「な!」
扉が開くと、そこには左腕が1本だけ入っていた。
辺りは真っ暗で、俺達も懐中電灯でそこを照らした訳でも無い。
だと言うのに、その扉が開いたとき、妙に明るく見えてしまい
そこに入っているのが左手だと言う事を理解してしまう。
ずっと垂れ続けている血と同じ様にだ。
「助けて」
声が聞えると、扉が開いたまま再び観覧車が動き出す。
今度はさっきよりも速く次のカゴが出入り口の方にまで移動を始めた。
「なんだよ、なんなんだよ!」
混乱する俺達をよそに、観覧車は動き続け出入り口にまで移動して来てしまった。
カゴが出入り口にやってくると、やはり大量の血が滴り落ち始め
誰も触っていないのに、さっきと同じ様にカゴが開いてしまった。
そこには右腕が落ちている。
「助けて」
さっきよりも大きく聞えた助けを呼ぶ声、その声のすぐ後にやはりカゴが動く。
これは不味い・・・・明らかに全部のカゴに何か入っている!
「あ、あぁ」
限界に来ている守は完全に腰を抜かしており、動くことも出来ずに止まっている。
俺は声をあげる事が出来ないほどに恐怖しており、同じ様に固まっている。
このままここにいたら不味い、それは本能的に察している。
それなのに体が地面と一体化しているかのように動かない。
「ひ!」
次のカゴが到着してしまった、今度は今までのカゴよりもすごい勢いで血が噴き出し
ゆっくりとカゴの扉が開き、その中身をさらけ出した。
そこに入っていたのは両足だった、だがその両足に違和感を覚えた。
右の足は毛が一切生えていない女の様な足なのに対し
左の足は妙に毛深く、明らかに男の足だった。
「助けて」
更に大きな助けを求める声の後、やはり観覧車が動き出し
すぐに次のカゴが俺達の目の前にまで移動してきた。
さっき以上に大量の血を吹き出し、扉が開くと
そこには大きな胴体が落ちていた。
「助けて!」
「うぐ!」
俺達の鼓膜が破れるかと思うほどの大きな声、その声で、俺達は反射的に耳を押さえていた。
さっきまで体が動かなかったというのに、耳をふさぐという行動はすぐに出来た。
そして、その行動をしたお陰か、さっきまで地面と一体化していたかのような足も動かせる様になった。
これなら逃げ出すことが出来る、だがまだ剛がいるんだ!
「た、剛! 急いで戻ってこい!」
声も出るようになっていた俺はすぐに剛に戻ってくるように大声で叫んだ。
「待てよ! あと少し、あと少しで見えるんだ!」
だが、剛は必死に見付けた物を理解しようとしているせいで
俺達の方に戻ってこない! もうキーワードは後回しで良いのに!
今は急いで戻ってこないと、明らかにヤバい!
「こ、幸平・・・・あ・・・・れ」
守から異常な程に怯えている声が聞えてきた。
俺はすぐに守の方を見て、視線の先を見てみた。
その視線の先にあったのは、カゴ・・・・扉が開いたカゴだった。
その中には・・・・頭が転がっている、目玉は無くなっており
どう考えても周りは見えていない、明らかに死んだ人間の物だ。
「助けて」
だが、あの首はそんな状況でも口を動かし、助けを呼ぶ声を発している。
小さな擦れた声・・・・あの場所から発せられているとすれば
絶対に聞えるわけがないほどの明らかに擦れた声。
「あ・・・・あぁ」
明らかな不自然さを覚え、周りを少し見渡す。
そこにはいくつもの生首が転がっており、全部例外なく目玉がない。
その沢山の首達の口が同時に動く。
「助けて」
その言葉を発すると同時に俺は感じるはずも無い視線を全方位から感じてしまった。
目玉はない、だけど明らかに俺の方を見ている・・・・駄目だ、今度こそもう駄目だ。
足は再び動かなくなっており、異常な恐怖で声を発することも出来なくなっていた。
そんな時、馬鹿でかい声が聞えてきた。
「分かったぞ! 「め」だ! これがここのキーワードだ!」
剛の声だ、だが剛の叫び声が聞えてくると、周りの生首達の動きが急変した。
さっきまで目玉がなかったように見えていたのに、いきなり目玉が見開き
一斉に声がした方向、つまり剛の方を見た後、凄い速度で飛んで言ってしまった。
「なんだ!? なんだよ! 止めろ!」
剛の絶叫が俺達の方にまで聞えてきた。
「剛! あ、あぐ、うわぁぁぁぁ!」
その状況に恐怖した守が一目散に逃げだした。
俺も無意識に近いままその場から走り出してしまった。
「助けて! 助けて! 誰でも言い! 助けてくれよ!」
背中から聞えてくる、剛の助けを求める声を聞えないふりをしたまま
俺は必死にその場から逃げだした・・・・もう、どうする事も出来なかったから。
「助けて! 助けて!!」
俺達は必死に逃げ出した、剛の助けてと言う叫び声が聞えなくなるまで、必死に。