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僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
一年生編
4/142

第4話 食事2

 人間界では世界規模で有名だというそのファーストフード店で、

 リーフェルトは人間三人とテーブルを囲み雑談を楽しむ。


 陽人が勧めてくれたハンバーガーはなかなか美味しくて、

 すぐに自分の中で、日本に来て気に入った料理の一つとなった。



「え! ガーシェル君、ハンバーガー食べたことなかったの?」

「俺最近ガーシェルと学校行ってんじゃん。

 話聞いてたらこいつ、結構いい家柄育ちみたいでさ。食べる物にも厳しいっていうか」

「あ……じゃあ、ごめんね? こんなところに誘って」

「ううん、いいよ。

 家を離れてこういうものを食べたりするの、夢だったし。これだって、すごく好きだし。

 日本は食べ物が美味しくていいね!」



 両手でハンバーガーを持ちながら、向かい合った席で申し訳なさそうな小夜ににっこりと笑う。


 家のことなど、陽人に話したことなどない。

 だから彼が自分の家柄など知っているはずはなく、きっと咄嗟の嘘だったのだろうけれど、

 故郷では買い食いなど、食べる物を厳しく制限されていたのは本当のことだった。



 使用人に囲まれいちいち干渉される生活が窮屈で、なんとか家の者を説き伏せ一人暮らしの許可を獲得したリーフェルトにとって、

 今クラスメートに囲まれジャンクフードを食べているこの状態は、大袈裟だが、正に『夢が叶った』といっていい。



「そういえばこのお店、商品を持って帰れるんだよね? ついでに今日の夜ご飯にしようかな」

「……夜ご飯って。お前、今日の昼食も学校のパンじゃなかったっけ」

「? そうだけど」

「待て、ガーシェル」



 眼鏡の中心をくい、と上げて隣の陽人との会話に口を挟んだのは、斜め前の席に座る辰弥。



「君、確か一人暮らしだったな。普段夜は何を食べているんだ」

「外食したり、お店で買ったりしてるけど」

「自炊は。自分で作ったりしないのか」

「……えっと。僕、料理とかしたことないから、よくわからなくて」

「……君。死ぬぞ」

「……えっ」



 眉をしかめて呆れるような辰弥の言い草。


 少したじろいだが、冗談で言っているのだろうとすぐにリーフェルトは考えて、

 「それくらいじゃ死んだりしないよ」と笑い飛ばしてしまう。


 ところが―――傍で話を聞いていた小夜や陽人も辰弥同様微妙な顔つきになるなり、



「ガーシェル君。

 いつもお母さんに作ってもらってる私が言うのもなんだけど、それは良くないと思う……」

「それで三年間って、卒業するより先に病気になっちまうだろ。

 確かに美味いのはわかるんだけど、その分塩分とかすっげえ多いんだぜ」

「……え―――えっと」

「油もな。若いからといって油断していたら身体が持たないぞ。

 成長期である今のうちにバランス良く食べていないと、縦に伸びるどころか肥える一方だ。

 遺伝の関係もあるが、最低でも男子なら身長170は欲しいだろう?」



 まさか生活習慣を揃って駄目だしされるという、予想していなかったこの流れ。

 思わず口を噤み、三人の顔をまじまじ見つめる。


 特に小夜や陽人に関しては真剣に自分を心配しているように見えて、それがじわじわとリーフェルトの不安を煽っていく。




 ……そんなに??




「俺が作り方教えてやるから、毎日外食とか惣菜とか、そういうのはやめとけ。

 今夜食べるもんもそういうのしか浮かばないってなら、この後俺の家に来たっていい」

「それがいいよ、ガーシェル君! 陽人君、いつも自分のご飯作ってるし。

 ほら、いつもお弁当持ってきてるでしょう? あれだって陽人君が自分で毎朝早起きして作ってるんだよ」

「あ……いや。全部じゃないけどな。前の日多めに作って詰め込んでるだけのときもあるし」

「でもすごいと思う、陽人君も辰弥も。二人ともご両親が共働きだから、仕方ないかもだけど。

 私たまに落ち込むもん。女としてどうなんだろうって」

「簡単だって。やろうと思えばできるって、小夜も」

「元々器用だからそんなことが言えるの! 陽人君も辰弥も女子力分けてよ。あり余り過ぎだよ!」



 拗ねた風にそっぽを向き、苦笑している陽人に頬を膨らませた小夜の隣で、

 「どうでもいいけど」と辰弥は流れを遮り



「陽人。出る分は貰っておけよ。食費だってタダじゃないんだからな」

「……夕食くらい別に、大した出費じゃないだろ。俺の好意なんだし」

「誰が働いて得た金なんだそれは」

「……そりゃあ、まあ……親だけど」

「払えよガーシェル。最低でも五百円くらいはな」

「―――えっと……」



 金銭的なことは自分にとって大した問題ではないので、リーフェルトにとってそれは別に構わないのだが。



「……うーん」

「遠慮すんなって。来いよ、うちに」

「……」



 確かに陽人は自分にとても親切にしてくれている。

 その気持ちすべてが偽りではないことくらい、短い間だがわかる。


 しかしまだ、完全に陽人のことを信用しているわけではない。



 猜疑心の塊のようで醜く見えるだろうが、とはいえこれは至極当然だと自分に言い聞かせ納得させる。

 何故なら、自分の命がかかっているのだから。



「うーん……」



 だが―――これから三年、今まで通りの生活を送っていくわけにもいかないなら、やむを得ないのか。


 敵意さえ見せなければ、陽人が自分を攻撃することはない、と思うが。



 いやいや。万が一ということもある。魔としての屈辱もプライドも投げ打って無防備に退魔師の家にホイホイと転がり込むのはどうだろう。


 いやいやいや。一時の不快や不信感より、これからの生活が大事なのではないだろうか。

 そういうことなら、学ぶならできるだけ早い方が……今夜食べるものだって全然頭に浮かばないし。



(……うぅううううう……)



 俯いて黙り込み、一人困り果てているリーフェルトに、

 その時一つの長いため息が、四人に囲まれているテーブルに落とされた。














 開かれた扉の先の玄関は、他人の家だからなのか、それとも一軒家だからか、

 なんとも殺風景にリーフェルトの目に映る。



「……お邪魔します」



 靴を脱いで上がるとすぐに踵を返し、脱いだものを揃える。


 しゃがみ込んだ自分の頭の上から、

 辰弥が鍵を閉める音がやけに大きく、沈黙の中響き渡った。




 ―――ここは辰弥の家。


 陽人ではなく、何故か彼の世話になることになってしまった。




「まず、手を洗ってうがい」

「……えっ」

「基本だ。外から帰ってきたら、手を洗ってうがいをする」

「あっ、はい……」



 洗面所に先に入り、辰弥がやることを横で見て記憶し、

 自分の番になるなりそれをこなす。



「君、包丁を握ったことは?」



 ハンカチで濡れた口を拭っていると、

 変わらぬ淡白な調子で尋ねてくる。



「……いや、まったく」

「そうか、なら今日は隣で見ているといい。

 まずは下ごしらえをしよう」



 台所とテーブルが置かれた部屋に案内され、シンクの角のほうに立たされる。


 てきぱきと必要な道具や野菜を並べてから、辰弥は早速料理を開始した。



「何を作るの?」

「煮魚と味噌汁と、あと適当だな」

「魚……味噌……」



 思えばきちんとした手作りの日本料理は初めてだ。


 一体どんなものなのだろうかと、想像もつかない気持ちでとりあえず見守ることにした。





 暫くして、寄りかからんばかりに身を乗り出して見入ってくるリーフェルトに、

 辰弥は途中で手を止めてから「近すぎだ」と短くぼやく。



「あ、ごめん―――」

「……バランスを崩してこけたりしたら、危ないから。少し離れていろ」

「うん」



 素直に彼から少し離れて、その手つきを静かに見守った。



















 白米、メインの煮魚と、味噌汁、サラダ、あと小さな副食が二つ。


 自分の前に並べられた食事を物珍しくまじまじと見つめるリーフェルトの前で、

 テーブルを挟み、辰弥が手を合わせて「いただきます」と呟く。



「……いただきます」



 辰弥を真似して、自分もその台詞を口にしてみる。


 思えば陽人も小夜も、ハンバーガーを食べに行った時食べる前に同じことを言っていたので、

 きっと人間界の作法なのだろう。



 リーフェルトは辰弥が食事を口に運び出したのを確認して、早速煮魚に箸を伸ばした。



「……! 美味しい」

「口に合うか?」

「うん。お店で買って持ち帰ったお寿司も美味しかったけど、これもすごく美味しい」

「そうか。でも少しずつ食べろよ。

 骨はあらかじめ取り除いておいたが、小骨がところどころ残っているかもしれない。

 もし硬いものがあったら無理して飲み込まず口から出せ」

「わかった。……あっ」



 ふと思い出して、食卓から顔を上げ壁にかけてある時計を見上げる。


 しまった―――この時間、すっかり忘れていた。



「ごめん。ちょっとテレビ見ていい?」

「……構わないが」

「ありがとう。リモコン借りるね」



 心持ち少し急ぎながら、辰弥の家のテレビを付けるリーフェルト。


 しかしチャンネルを変えた後、

 想像していたものとはまったく違う映像が目に飛び込んで、「あれ」と首を捻って疑問符を飛ばす。



「このチャンネルじゃなかったっけ―――」

「……見たいものでもあるのか?」

「うん。でも今日、やってないみたい」



 念の為他のチャンネルも見てみるが、期待していたものはまったく映らず、がっかりと肩を落とす。



「何が見たかったんだ」

「鈴木動物園」

「ぶふっ」



 何か噴き出すような音が聞こえて振り返れば、辰弥が冷たい茶の入ったグラスを片手に、口許を抑えて他所を向いている。


 喉に詰まらせたりでもしたのかと思い心配してみれば、

 彼はクールにかぶりを振って、何回か咳払いした。



「……動物が好きなのか」

「一番好きなのは鳥なんだけどね」

「そうか。まあ、この人間世界を楽しんでいるようで、何よりだ」



 期待する番組が見られないなら仕方ないと、リーフェルトはリモコンを操作しテレビの電源を消す。



 何せ折角作ってくれた食事だ。

 興味のない番組に見入ってわざわざ冷ます理由はない。温かいうちに食べたい。


 温かい味噌汁に箸の先を入れて小さなキノコを噛み砕き、そのままスープを飲み込んだ。




(―――あれっ)




「……『人間社会』……??」

「遅いぞ、反応が」




 先程の発言からたっぷり間を置いて、リーフェルトが驚いた顔で味噌汁から顔を上げたのに、

 辰弥は心底呆れた顔になる。




「先に言っておくが、食事に毒は入っていない。

 ずっと隣で見ていたのだから、それはわかるだろう」

「……まあ」

「陽人が退魔師だと君は知っているんだろう?

 そして僕は、陽人のパートナー。魔と人間の混血だ」

「! 混血……」

「人間社会の中で生まれ育ったので、魔としてはまだ半人前だけどね」



 眼鏡を外し、ゆっくり見開かれた辰弥の瞳。


 黒い瞳に青い光が灯り、人間ではない証拠をリーフェルトに見せつける。



「君は陽人を警戒していたようだから、僕の家に来てもらった。

 魔の力をひいている分、彼より僕の方が君の力になれるだろう」



 その言葉に、リーフェルトはようやく、放課後の辰弥の言動に納得する。


 陽人の家に世話になるか迷っていた自分に、辰弥が突如「自分の家ならどうだ」と提案してきた記憶が頭に蘇る。



 あの時はただ、辰弥がそんな提案をするような男子だと思っていなかったために意外だったが―――。



「……ごめん」



 陽人は陽人なりに自分に対し警戒心もあったのかもしれないが、それだけがすべてじゃない。


 それにどこか気付いているからこそ、自分が陽人を信じ切っていないことを見抜かれて、

 気まずいような、後ろめたい気持ちになる。


 しかし辰弥は



「仕方がないさ。いつ自分の敵になってもおかしくないような奴に甘えろなんて、無理な話さ。

 しかも君は単身で、味方もいない。知らない世界で、さぞ心寂しいだろう」

「……」

「疑いたいなら心ゆくまで疑えばいい。

 陽人だってそろそろ見習いの肩書きを外していいくらいの退魔師だ。

 君の気持ちが理解できるくらい色々見てきているから、君がどんな感情を抱いていたって気にしないさ。

 放課後入った店の時のように、お節介が過ぎて距離が近すぎるなら直接言ってもいいだろう。

 ―――ただあいつはあいつなりに、退魔師として長く戦っていけるやり方を自分なりに探っているのさ。非情になりきれないからな」



 彼の話に耳を傾けてから、リーフェルトは食卓に目を落とし、暫し考える。


 陽人とこの先どう付き合っていきたいのか、それは未だによくわからない。

 良い奴なのだろうとは、思うけれども。




「勿論それは、僕に対しても同じことだ。

 何を信じようと疑おうと、君の心は君だけのものだ。素直にしていればいい」

「……うん。ありがとう」






 食後。


 片づけを少し手伝ってから、リーフェルトは家に帰った。



 別れ際、お礼にと差し出した一万円札はどれだけ粘っても最後まで受け取ってもらえず、

 結局財布の中からは五百円玉だけが一枚消えた。














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